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ブラック ブック  作者: さだきち
霊体の理、あるいは友への誓い

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第一章:静寂の友、あるいは次元の約束


カミラとエルムを乗せた馬車が、砂埃を上げてシュタインベルグの停車場に滑り込んだ。

扉が開くや否や、待ち構えていた数人の男たちが影のように駆け寄り、二人を促す。彼らは周囲を警戒しながら、迷いのない足取りで街の奥、さらにその先へと足早に消えていった。


「待って……!」

少し遅れて到着した馬車から、サヤとマルコが飛び出す。マルコが手早く御者に料金を支払う間に、サヤは研ぎ澄まされた感覚で大気を探った。

「あっちよ!」

微かな音、わずかな気配の揺らぎ。それを頼りに二人は路地裏へと滑り込む。薄暗い通りを抜けた開けた場所で、遠ざかるカミラたちの背中が一瞬だけ視界をよぎった。


だが、追いかけようとしたその瞬間、頭上から冷たい殺気が降り注いだ。

「――!」

六人の黒い影が、音もなく二人の周囲を包囲する。人目のない路地裏、黒装束に身を包んだ男たちの中心で、一人の男が低く声を上げた。

「サヤ……。次元刀を返してもらうぞ」

「……頭領」

サヤが短く呟く。


間髪入れず、男たちがマルコに襲いかかった。マルコは鋭い拳を繰り出すが、その拳が届く寸前、男たちの姿が霧のようにかき消える。捉えどころのない「影足」の歩法。翻弄されるマルコの隙を突き、一瞬だけ現れる切っ先が今度はサヤの喉元を狙う。

「……っ!」

キン、キン、と硬質な金属音が響く。サヤは冷静にそのすべてを捌いてみせた。かつて同じ里で修行し、苦楽を共にした「友」たち。その気配を知っているサヤには、彼らを切り伏せる術はあった。だが、彼女の刀がそれを拒んでいた。


「やめなさい!」

路地に鋭く、高い少女の声が響き渡った。

「コ……コトネ!?」

サヤが驚愕の声を上げる。その声に呼応するように、六人の黒装束がサヤから離れ、頭領の背後へと集まった。

「何の真似だ、コトネ。貴様、リクセン様の使いか」

「その通り。使いで参ったわ」

コトネは凛とした表情で頭領を見据え、言い放った。

「その刀はサヤにくれてやる。……御屋形様は、そう仰いました」


「何を馬鹿な! そんな戯言、聞き入れられん!」

頭領が激昂した瞬間、サヤがその場に崩れるようにひれ伏した。三つ指を突き、冷たい地面に額を擦りつける。

「お待ちください! お願いです……私は、あの魔術師を斬りたいのです! 必ず、必ずキリコはお返しいたします! それまで……どうか、なにとぞ!」

「サヤは返すと言っている。……どうなさる、頭領。御屋形様の命に背くつもり?」

コトネの言葉が刃のように頭領に迫る。


沈黙。やがて、頭領は忌々しげに刀を収めた。

「……ふん。リクセン様がそこまで仰るなら仕方あるまい。だがサヤ、次元刀が戻らぬ時は地獄の底まで追い詰める。覚悟しておけ」

「……感謝いたします」

「しばらくは様子を見るとしよう。行くぞ」

合図とともに、頭領と六人の影は、かき消えるようにその場から消滅した。


静寂が戻った路地で、サヤはゆっくりと顔を上げた。

「コトネ……」

「サヤ……」

コトネは穏やかな、昔と変わらぬ優しい微笑みを浮かべていた。

「コトネ!!」

サヤは堪らず駆け寄り、親友に抱きついた。堰を切ったように頬を涙が伝う。コトネもまた、愛おしそうにサヤを抱きしめ返した。その目からも、温かい涙が溢れていた。


「サヤ……生きていてくれて、本当に良かった。御屋形様が刀を預けると言ったのは本当だよ。でもね、一番の願いは、サヤに自分の人生を生きてほしいということなの」

「自分の人生……。でも私には、今はまだ魔術師を斬ることしか考えられない。ごめんなさい、コトネ……許してくれる?」

「許すだなんて。それがサヤの望みなら、私は心から応援するわ。必ず、生きて静寂の里へ戻ってきて。キリコは、その時に返してくれればいい。約束だよ」

「……ありがとう、コトネ」


「じゃあ、元気でね」

コトネは最後にもう一度強くサヤの手を握ると、風に溶けるように姿を消した。


しばらく立ち尽くしていたサヤの隣に、マルコがゆっくりと歩み寄った。

「……友達かい?」

「うん。私のかけがえのない、友達」

サヤは涙を拭った。

「どうしようか。あいつら、街の外に向かったみたいだけど」

「おそらく、そうでしょうね。気配がもう届かないほど遠くへ……」

「よし、俺たちも行くか」

マルコが力強く前を向く。サヤは申し訳なさそうに眉を下げた。

「マルコ……ごめんね。また巻き込んじゃって」

「ははは! 何を今さら。俺が一緒に行かせてくれって頼んだんだ。それに、今度は『君を生きて帰す』って約束も増えたからな」


「一緒に行こう、サヤ」

マルコの真っ直ぐな言葉に、サヤは力強く頷いた。

二人は決意を新たに、カミラとエルムの影を追って、シュタインベルグの街を後にした。


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