第四章:戦雲の予兆、裏切りの封書
「シュタインベルグ王国は、隣国リングベル王国に対し宣戦を布告する。明日をもって国交を断絶し、二十日後、進軍を開始する」
その声明は、大陸全土に激震を走らせた。
シュタインベルグ軍の司令部では、巨漢のグリーバル将軍が机を叩き、怒鳴り声を上げていた。
「ジゼの野郎め! 五万などという大軍を寄こすから、補給の準備に手間取って宣戦布告から二十日も空くのだ! 奇襲の機会をドブに捨ておって!」
「まあまあ、将軍……。正直なところ、今回の戦は楽勝ですよ。我が国の五万だけでも、リングベルの一万など蹂躙できる」
副官が宥めるが、グリーバルの苛立ちは収まらない。
「分かっている! 王がカベナルとの同盟を決めた以上、従う他ない。だが、平原を下るだけの児戯にこれほどの兵力は過剰だ。この戦を片付けてからゆっくり同盟とやらを祝えばよかったものを……」
「リングベルも援軍を要請しているようですが……まあ、カベナルとの連合軍十万の前では、砂利も同然でしょうな」
グリーバルは鼻を鳴らし、地図上のリングベルを塗りつぶすように指を置いた。
その頃、宣戦布告を受けたリングベルの城下町からは、かつての華やかさが消え失せていた。
入国者は途絶え、家財道具を積んだ馬車で町を去る人々が列をなす。お洒落な石畳の街並みは、ひっそりと冷たい静寂に包まれていた。
そんな中、閉鎖間際のカフェで優雅に紅茶を嗜む、場違いなほど美しい赤いドレスの女性がいた。イゾルデである。
「埃まみれのプロバンスの工房には、もう何も残ってなかったわ。でも……出荷記録は生きていた。ピーティンの近くにある鉱山の跡地……そこだと言ったわよね? ゴドリック」
給仕に扮したゴドリックが、ボロボロの台帳を広げて確認する。
「ええ、ランドリエ。ピーティンのすぐ近くですね。しかし、なぜあんな寂れた場所に製品を送ったのか……」
「私が知るわけないじゃない。でも、だからこそお宝が眠っているのよ。長年誰にも見つからず、熟成された最高の瓶がね」
イゾルデは不機嫌そうにカップを置いた。
「まったく、こんな時に戦争なんてどうかしてるわ。おちおち移動もできないじゃない」
「まあまあ……ヴェネリア王国からの援軍が来ます。リングベルの一万に、ヴェネリアの五万が加われば、シュタインベルグの五万など押し返せますよ」
「そうじゃないと困るわ。一刻も早くピーティンに向かいたいんだから……」
そこへ、遠くから血相を変えて駆けてくる男がいた。
「奥方ぁ~! ヴェネリアから伝言です!!」
バルドが差し出した封書を、イゾルデはひったくるように受け取った。
読み進めるうちに、彼女の陶器のような肌はみるみるうちに蒼白になっていく。
「シュタインベルグとカベナルが、同盟を結んだ……?」
震える声で彼女が漏らした。
「カベナルの参戦により、連合軍は十万。これに対し、ヴェネリアは自国の防衛を優先……五万の援軍派遣を、断念する……ですって……!?」
イゾルデは震える手で封書をゴドリックに渡した。目を通したゴドリックが、天を仰ぐ。
「あちゃあ……最悪ですね」
「どうすんのよ! リングベルの王様には、援軍が来るから大丈夫だって大口叩いちゃったじゃない!」
絶望的な状況に、バルドが小声で提案した。
「……ここらで、ズラかりますか?」
希望を失ったリングベル王国の上に、重く黒い暗雲が立ち込め、嵐の予感が大地を震わせていた。




