第二章:再会の凶刃、あるいは消えゆく残影
リングベル王国の城下町は、旅人たちの心を解きほぐすような気品に満ちていた。
洒落た石造りの建物が並び、行き交う人々は華やかな装いに身を包む。路地からは焼きたてのパンや香草の匂いが漂い、平和を絵に描いたような賑わいを見せていた。
「素敵な町ね……」
サヤの呟きに、隣を歩くマルコが驚いたように目を丸くする。
「わかるのかい?」
「ええ、風の流れや人々の声の弾みで、何となく。ここはとても……穏やかだわ」
「そうか。そういうものか」
当てもなく歩く二人は、占い師の助言に従い、さらなる賢者が住むという街に向かうため、とりあえずポルタの町を目指していた。だが、大通りの中ほどで、サヤが弾かれたように足を止めた。
「……どうしたの?」
サヤは返事もせず、微かな空気の震えに全神経を集中させている。その表情が、驚愕と歓喜、そして深い悲しみに染まった。
「エルム……エルムがいる!」
「おい、サヤ!」
突然人混みを割って駆け出したサヤを、マルコが慌てて追った。
視線の先には、しなやかな体躯と息を呑むような美貌を持つ、黒いドレスの貴婦人がいた。彼女は深くフードを被った一人の子供を連れ、背後には五人の男たちを従えている。
「エルム!!」
サヤの絶叫が響いた。
連れられていた少年が、ふいに振り返る。フードの隙間から覗いたのは、間違いなくあのエルムの顔だった。だが、その瞳にはかつての輝きはなく、虚無的な闇が宿っている。
貴婦人——カミラは冷ややかな微笑を浮かべると、エルムの頭を優しく、だが力強く押さえつけた。彼女の顎がくいっと動くと同時に、従者の男たちが二人を阻むように立ち塞がる。
「なんだ? こいつら……」
マルコが構えた瞬間、男たちの肌が不気味に黒ずみ、服を引き裂いて鋭い爪が伸びた。
「下がって! 私に任せて!」
サヤが叫ぶ。マルコは素手だ。魔物と化した五人の狂気的な速度に対し、肉体だけで挑むのはあまりに危険だった。
「ぐぎゃああ!」
凄まじい踏み込みで襲いかかる魔物の腕を、サヤが逆手に取った刀で鮮やかに切り捨てる。だが、別の二体がマルコを左右から挟み、十本の爪が彼の心臓を狙って突き出された。
「しまっ……! マルコ!」
サヤの悲鳴が重なる。だが——。
「ガッキィン!」
火花が散った。マルコを貫くはずの爪が、その胸元数センチで完全に止まっていた。
「……おっと。そう簡単に死ぬわけにはいかないんでね」
いつの間にかマルコの両手には、吸い込まれるような黒銀の輝きを放つ二本の短剣が握られていた。
すぐさまサヤが二体の首を跳ね、もう一体へ向かう。マルコは短剣で爪を弾き飛ばすと、深く腰を落として、宙に浮いた二体の腹部へ同時に掌底を叩き込んだ。衝撃が内臓を揺らし、魔物が後方へと吹き飛ぶ。
サヤへ迫る別の爪も、彼女自身が冷静に斬り伏せた。
マルコは手にした短剣を電光石火の勢いで投擲した。一本が魔物の腹を貫き、もう一本が別の魔物の肩を深く抉る。
「クソっ!」
肩に刺さった短剣を引き抜こうとした魔物が目を見開く。その指が触れる直前、短剣は霧のように「消えた」のだ。
「なに……!?」
次の瞬間、マルコの手の中には再び同じ短剣が現れていた。投げる、消える、戻る。その一連の動作に淀みはない。
二度目の投擲。一本が魔物の額を真っ向から貫通し、もう一本が首元を抉り取る。
五体の魔物は、わずか数分のうちに死骸へと変わった。
「思ったより強いわね。でも、あの程度……。いや、今は『この子』が優先ね」
遠ざかる人混みの向こうで、カミラが馬車乗り場へと辿り着くのが見えた。彼女たちは手際よくシュタインベルグ行きの馬車へ乗り込み、すぐさま発車させる。
「待って!!」
血の海を飛び越え、サヤとマルコも後続の馬車に飛び乗った。
「あの馬車を追いかけてください! 早く!」
御者が驚きながらも鞭を振るう。
こうして、二台の馬車は運命の激突へと向けて、シュタインベルグへの道を疾走し始めた。




