第三章:破戒の拳と再生の光
「あーったくよう! やってらんねえよ!」
深い山道を、四人の粗野な男たちが歩いていた。
「金貨三枚ポッチとはな。いい身なりをしてたから期待したってのに、これじゃあ酒代にもなりゃしねえ」
「へへっ、まあ文句言うな。ここは人目もつかねえし、カモを狩るには最高の場所だぜ」
ゴロツキたちが毒づきながら角を曲がったその時、向こうからふらふらと杖をついて歩いてくる一人の少女の姿が見えた。
「……おい。誰か来たぜ」
少女は目元を布で覆い、衣服は泥と血にまみれている。その足取りはおぼつかなく、今にも倒れそうなほど消耗していた。本来、天才的な剣士であるサヤだが、魔剣に侵されたエルムとの戦いで負った傷は、常人なら立ち上がることすら不可能なほどに深い。
「へっへっへ。おい!」
男の一人が、無抵抗なサヤを無造作に蹴り飛ばした。
「あ……っ」
力なく地面に崩れ落ちるサヤ。
「ろくなもん持ってなさそうだな……。ん? この杖、細工が綺麗じゃねえか。売れそうだ」
男がサヤの杖——次元刀——を奪い取る。
「ああ……それは……返して……」
サヤが震える手を伸ばすが、ゴロツキは鼻で笑い、彼女の顔を非情に蹴り上げた。
「ぐあっ!」
「しょぼいけど、これだけは貰っといてやるわ」
「お前ら。……何をやっている?」
静かだが、底冷えするような声が山道に響いた。
そこに立っていたのは、一人の修道士だった。ボロボロの修道服を纏い、首には奇妙な護符を下げた男——マルコである。
「ああん? なんだよ、あんちゃん。説教か?」
ゴロツキたちがへらへらと笑いながらマルコを取り囲む。
「痛い目に遭う前に、荷物を置いて立ち去りな。見逃してやるからよ」
マルコは倒れたサヤを一瞥し、深く息を吐いた。
「そうか……なるほど。救いようがない、ということか」
「なーにが『なるほど』だ、この野郎!」
一人がマルコの胸ぐらを掴みかかろうとした、その瞬間だった。
マルコはパシッと、羽虫でも払うように男の手を跳ね上げた。
瞬時に腰を落として懐へ鋭く踏み込み、掌底を男の腹に撃ち込む。
「ぐはっ!」
拳による「点」の破壊ではない。手のひらを通じ、内臓へ直接衝撃を浸透させる「浸透勁」。男は血反吐を吐いて沈んだ。
「この野郎!」「やっちまえ!」
残りの三人が一斉に襲いかかる。マルコは飛んできた前蹴りを片手で受け止め、そのまま肘を振り下ろして男の膝を粉砕した。
「ぎゃあああ!」
崩れ落ちる男の鳩尾に肘を叩き込み、背後から殴りかかる拳を半身でかわす。
足を踏んで逃げ場を奪い、振り返りざまに肘で鼻っ柱を叩き潰した。
「ぶっ!」
仰け反り、がら空きになった喉元に鋭い手刀が突き刺さる。
最後の一人が腰を抜かしかけたところへ、マルコは弾丸のような踏み込みを見せた。
腹部を掌で打ち、背中を当てて体勢を崩させると、無防備になった背骨に両の掌を叩きつける。
「バキッ」という嫌な音が山に響き、四人のゴロツキは、わずか数十秒のうちに物言わぬ肉塊へと変わった。
マルコは静かに息を整え、落ちていた次元刀を拾い上げると、サヤにそっと手渡した。
「大丈夫かい? え……君、目が見えないのか」
「あ……あの、私、ごめんなさい……ご迷惑を……」
「いけない! ひどい怪我じゃないか。ちょっと見せて……」
マルコはサヤの肩にそっと手をかざした。
「《キュアオール》」
静かな呪文と共に、彼の手が暖かい、黄金色の光を帯びる。
「え……?」
サヤは驚愕した。骨折していた箇所の痛みが消え、砕けた骨が繋がり、乾ききっていた体力と疲労がみるみるうちに回復していく。
「なに、これ……?」
「君、お名前は?」
「……サヤ、です」
「サヤさんか。いい名前だね。僕はマルコ。よろしくね」
マルコは優しく微笑み、地面に座り込んでいたサヤに手を差し伸べた。
サヤはその大きな手を握り、力強く立ち上がる。
「この先に少し大きな町があってね。もしよければ、ご一緒しませんか?」
「あ……はい!」
聖職者の名を捨てた破戒僧と、光を失った剣士。
二人の影は、夕闇が迫る深い山道を、一歩ずつ確かな足取りで進み始めた。




