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ブラック ブック  作者: さだきち
残響の境界、狂乱の十字架

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33/61

第二章:一億分の一の相剋、奈落への疾走


カイエンは、一切の揺らぎを排した無駄のない動きで、獲物を追い詰める獣のようにじりじりと間合いを詰めていく。対するサヤは、その場に根を張ったかのように足を止め、音を聴き、気配を読み、全神経を研ぎ澄ませていた。


そして、一瞬の閃光。

「シュキイイイン!」

鼓膜を突き刺すような高音の金属音が、静寂の草原に響き渡った。


「え……なんで!?」

サヤの心に混乱が走る。壱の太刀は一撃必殺。放てば、相手は何をされたかもわからぬまま首を落とされているはずだった。

気配だけでなく運命をも読み、一億分の一の勝利を掴み取る。落下する巨岩も、鋼鉄も、魔物の黒鱗も断ち切る絶対の刃。それが、防がれた。


カイエンはその一撃を剣で受け止め、大きく肩で息をしていた。未だかつて経験したことのない、凄まじい精神力と体力の磨耗。

一億分の一の確率を止めるものは、同じく一億分の一の確率で放たれた一撃。

「攻撃は最大の防御なり」——究極の物理攻撃は、究極の物理攻撃によってのみ相殺されることが、この一瞬で証明されたのだ。


「キン! カキン! シュキン!」

火花を散らしながら刃が交差する。それはもはや攻防と呼べる生易しいものではなかった。

僅かでも集中力が途切れたら即、死に直結する。カイエンもサヤも、己の全存在を賭した初めての経験に身を投じていた。


サヤの頬から汗が滴り落ち、全身が汗でびっしょりと濡れる。肩で大きく息をし、今にも膝を突きそうなほど疲弊していくのが目に見えてわかった。

「このままだと、サヤが死んじゃうよ……」

離れた場所で見守るエルムの腕に、力がこもる。抱きしめていたのは、あの禍々しい魔剣だ。


『ふふふ……女が死ぬぞ? 柄を握れ……そうだ、握るんだ!』

エルムの脳内に、魔剣の邪悪な誘惑が響き渡る。

導かれるように、エルムの手が魔剣の柄へと伸びた。そして——エルムは魔剣を握りしめた。


「アハハハハハ! ヒャハ! ウヒャヒャ!」

エルムの口から、笑いとも絶叫とも取れぬ狂った声が響き渡った。

「何だ!? 」

カイエンとサヤが、その異変に気を取られた瞬間。


エルムが、風のような速さでカイエンへと突進した。

「ガッキィン!」

カイエンは咄嗟にレプリカで受けたが、あまりの衝撃に木の葉のように吹き飛ばされた。

「ぐぐぐ……魔剣か……!」

何とか立ち上がり、レプリカを構え直す。しかし、エルムはもはや人間ではなかった。

「ギン! ガン! ガィン!」

獣のような凄まじい猛攻。カイエンは冷静に刃を捌き、エルムが次の攻撃のために溜めを作った刹那、その隙に「壱の太刀」を叩き込んだ。


「キィン!!」

間一髪、サヤの刀が割り込み、エルムへの直撃を防ぐ。

カイエンのレプリカとサヤの刀が重なり合った、その中心へ、エルムが猛烈な勢いで突っ込んできた。

「しまっ……!」

二人の剣士は、凄まじい衝撃波を受けて吹き飛ばされた。サヤは柵に叩きつけられ、骨が砕ける音と共に血反吐を吐いた。

「ぐはっ!」


エルムはそのまま、人間を超越したスピードで柵を飛び越え、寺院の外へと駆け抜けていった。闇の中、魔剣を抱えた少年の姿が瞬く間に遠ざかる。


「ごほっ、がはっ……!」

カイエンがようやく立ち上がった頃には、エルムの姿はどこにもなかった。

「チィッ!」

カイエンがサヤを捕らえようと目を向ける。だが、サヤもまた満身創痍の体でよろよろと立ち上がり、最後の力を振り絞って空間を切り裂いた。


「ま、待て!」

カイエンが駆け出すが、無情にも空間の裂け目は吸い込まれるように閉じていく。

「くっそおおおぉぉぉ!」

目標をすべて失ったカイエンの無念の絶叫が、暗闇の草原に虚しく響き渡った。


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