第一章:交錯する刃、二つの魔剣
「ガラガラガッシャーン!!」
凄まじい衝撃音と地響きが寺院を揺らし、エルムとサヤは跳ねるように目を覚ました。
「な、何!? 何が起きてるの……」
静寂に包まれていたはずの礼拝堂の方から、何かが激しく破壊される音と、身の毛もよだつような獣の咆哮が聞こえてくる。
エルムは震える手でサヤの手を引き、足音を殺して廊下を進んだ。礼拝堂の扉が視界に入った瞬間、「ドカーン!」と爆発的な音を立てて、砕け散ったベンチの破片がドアを突き破り、二人のすぐ横をかすめていった。
「うわああ!」
思わず尻込みするエルム。だが、隣に立つサヤは冷静だった。わずかに開いたドアの隙間から、その気配を、そして音を読み取っている。
そこには、黒い外套を翻す隻腕の剣士と、漆黒の鱗に覆われた異形の魔物が、死闘を繰り広げる光景があった。鋭い爪と鋼の剣が交差するたび、闇の中に鮮烈な火花が散る。
「やばい、逃げなきゃ!」
エルムはサヤの肩を抱き、裏口へ向かって走り出した。だが、中庭へ抜けようとしたところでエルムは足を止めた。
「どうしたの? エルム」
「あの剣……置いていくのはまずい。きっと、あの化け物の狙いだ。取ってくるから、サヤは先に庭へ!」
エルムは決死の覚悟で、司祭の私室へと引き返した。迷路のような廊下を抜け、奥の部屋で見つけたのは、月光を吸い込んで禍々しく鎮座する、あの忌まわしい魔剣だった。エルムはそれを必死に抱え込むと、全速力で裏口へと急いだ。
その頃、礼拝堂ではカイエンが苦戦を強いられていた。
司祭が変貌した魔物の鱗は鋼よりも硬く、伸縮自在の腕が音速の軌道を描いてカイエンを追い詰める。
(こいつ、強いな……!)
伸びてくる爪を弾くので精一杯のカイエン。その時、魔物の脳内に鋭い「声」が響いた。
『ガキが裏口から魔剣を持って逃げるぞ……!』
魔剣からの思念を受け取った魔物は、カイエンを仕留めることよりも優先すべき目的を知った。魔物はカイエンに背を向け、窓を突き破って庭へと躍り出る。
「逃がすか!」
カイエンもまた、即座にその後を追った。
寺院の裏手で、逃げようとするエルムとサヤの前に、魔物が立ち塞がった。
「あ、ああ……」
司祭の面影など微塵もない化け物を前に、エルムの足がすくむ。背後からはカイエンが追いつき、ガチャリと義手の仕込み銃を展開した。
魔物の巨大な爪が、エルムの頭上から振り下ろされる。
「エルム、危ない!!」
ガッキィィン! シュイン!
金属音が響いた瞬間、魔物の指先から二本の爪が斬り飛ばされ、夜の空中に舞った。
「な……何!? そんな馬鹿な!」
魔物がうろたえる。エルムの前には、いつの間にかサヤが立っていた。彼女の指には、抜刀の残響が宿っている。
「あれは……まさか、『壱の太刀』か?」
カイエンの目が細められた。次元刀を盗み出し、空間を割って消えた少女。
その後ろで、魔剣を抱えたままエルムが震えている。
「……見つけたぜ、エルム。その剣を渡しな」
その瞬間、魔物が最後の手負いの猛攻を仕掛けた。だが、カイエンの放った仕込み銃の弾丸が魔物の動きを牽制し、その隙をサヤが逃さなかった。一閃。サヤの刃が、魔物の腕を根元から斬り飛ばす。
「ぐぎゃああああ!」
悲鳴を上げる暇もなかった。次の瞬間、魔物の頭部は胴体から滑り落ち、草原へと転がっていった。
静寂が戻った。だが、張り詰めた緊張はさらに増していく。
カイエンは仕込み銃の銃口を、魔物ではなくサヤへと向けた。
「空間の裂け目が塞がる前に、お前を仕留めることもできるんだぞ」
「やめろ! サヤを撃たせない!」
エルムがサヤを庇うように立ち塞がる。だが、サヤはそっとエルムの肩に手を置き、静かに首を振った。
「ごめん……私に任せて。エルム、下がって」
ゆっくりと前に出るサヤ。
カイエンは義手を収納し、腰のレプリカを構えた。
「え……? あ、あの剣は……一体……?」
エルムは息を呑んだ。カイエンが持つその剣は、自分が今抱えている「本物の魔剣」と寸分違わぬ形をしていたからだ。
月の下、本物の魔剣と偽物の魔剣が向かい合う。
サヤとカイエン。二人の天才的な剣士が、じりじりとその間合いを詰めていく。
一触即発。草原を揺らす風さえも、その緊張の糸に触れることを恐れて止まったかのようだった。




