第二章:晩餐への招待状
連れてこられたのは、町で唯一まともな外観を保っているホテルだった。
「あの部屋を借りるよ」
連れの男が受付の女性に告げると、彼女は退屈そうに爪を眺めたまま、「好きにしなよ」と素っ気なく答えた。
部屋に入り椅子に座るなり、男はテーブルの上に分厚い資料を広げた。
「……確かに昨今は、アルカディア製の魔法電池の普及が進み、石炭の需要も減少しております。それは認めましょう」
男は独り言のように語り出し、カイエンは手渡された資料を無造作にめくった。
「ここの炭鉱を閉鎖する。それが教会の決定でしたよね。ですが、待ってください。三枚目の資料を」
男の声に熱がこもる。
「私は地質学者なのです。そのページを見てください……詠唱石の原石です。そう、そこだ!」
指し示された図面には、地層の奥深くに眠る蒼い鉱脈の推定図が描かれていた。
「石炭は取れなくても、詠唱石の鉱山としてなら継続できる。どうですか、監査官殿? 閉鎖の決定を覆すに足る価値があるはずだ」
カイエンは資料と男の顔を交互に眺め、ようやく状況を理解した。教会は石炭に見切りをつけて炭鉱を潰そうとしており、この学者は鉱山を守るために「監査官」へ縋ろうとしているのだ。
「……領主の話を聞きたいのだが」
カイエンの問いに、学者の顔が急に曇った。
「何かあったのか?」
「領主は……その。あまり、協力的ではないのです。それどころか、最近は屋敷に引きこもって、町の政にも関心を示さない」
「では、領主に会いに行こう」
「えっ?」学者が驚愕に目を見開く。「あ、会ってくれるのですか?」
「一緒に領主に直談判だ。その方が早い」
正直なところ、監査の話などカイエンには知ったことではなかった。だが、彼がこの町に来た本来の目的は領主にある。この地質学者の話に乗って、監査官の振りをし続けることが、領主の懐に飛び込む最短の道だと判断したのだ。
「さあ、行きましょう!」
学者は希望に満ちた表情で受付に駆け寄り、馬車の手配を急がせた。
ほどなくして宿屋の前に馬車が止まり、二人は揺れる車内に乗り込んだ。
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到着した領主の館は、炭鉱町の荒んだ景色から浮き上がるほどに荘厳だった。
衛兵が無言で重い鉄扉を開く。カイエンと学者がロビーへ足を踏み入れると、奥から一人の男が歩み寄ってきた。
「ようこそおいでくださいました。魔法教会の監査官殿」
領主は顔に貼り付けたような笑みを浮かべて挨拶した。だが、カイエンは挨拶を返す代わりに、周囲を取り囲む武装した兵たちの数に目をやった。
「炭鉱の町の領主にしては、物々しい警備だな」
その言葉を合図にしたかのように、領主がパチンと指を鳴らした。
「わわっ、何をするんですか! やめてください!」
突然、衛兵たちが地質学者の男を背後から取り押さえた。学者は抵抗する間もなく、引きずられるようにして奥の部屋へと連れ去られていく。
「どうぞ、こちらへ。監査官殿」
領主は学者のことなど最初から存在しなかったかのように、にこやかにカイエンを食堂へと促した。
通された食堂のテーブルには、炭鉱町の貧しさとは無縁の豪華な食事と、血のように赤いワインが並んでいた。領主は最奥の席に腰を下ろすと、カイエンに正面を指し示した。
「さあ、そこに掛けて」
言われるままに椅子に座ったカイエンを、領主の蛇のような瞳が射抜く。
「ところで……魔法教会の方ですよね?」
領主がにやりと、口角を吊り上げた。その笑みには、相手の正体を見透かしたような卑屈な愉悦が混じっていた。
カイエンは逃げも隠しもせず、冷徹な声で答えた。
「討伐隊だ」
その回答を聞いた領主は、堪えきれないといった風に声を上げて笑い出し、おもむろにナイフを手に取って食事を始めた。




