第四章:継承される鉄の意志
その日も朝から、岩山の工房はいつもと変わらぬ活気に満ちていた。しかし、その中心に、いつもあるはずの豪快な笑い声と、巨躯を揺らして歩く主の姿はなかった。
「あれ? ロンさん、親方はどうしちゃったんですかね? いないなんて珍しい」
若手の一人が不思議そうに首を傾げた。
「さあな……。工具の買い出しにでも行ってるんじゃないか」
「買い出し? 足りない工具なんてありましたっけ?」
「いいから、気にするな。そのうちひょっこり現れるさ。それより手を動かせ! 今日も忙しいぞ!」
ロンはつきなれない嘘をつき、必死にその場を取り繕った。内心の動揺を隠すように、彼は誰よりも激しく鎚を振るった。
「魔法教会の者だ! 全員、作業を止めろ!」
昼過ぎ、静寂を切り裂くような怒声とともに、オズワルド率いる執行官たちが工房に踏み込んできた。オズワルドの手には、教会の威光を示す封書が握られている。
「……来やがったな」
ロンは小さく呟き、煤に汚れた顔で彼らの前に立った。
「一体、どうしたんです? オズワルドさん」
「おう、ロンか。……バレルはどこだ?」
「さあ……。今朝から見てないですね」
「ふん、少し中を見させてもらうぞ」
オズワルドが手招きすると、執行官たちが手際よく工房を調べ始めた。しばらくして戻ってきた部下たちが、包囲を狭めるようにロンを取り囲む。
「バレルは逃げたのか?」
オズワルドの鋭い問いに、ロンは無言を貫いた。
「……まあいい」
オズワルドは懐から、あのミレーナ湖で没収した高純度の詠唱石を取り出した。
「これは、ここで作られたものか?」
「……俺たちに、そんな技術はねえよ」
「まあ……お前らにはな。お前の腕じゃ、せいぜい純度七十%が関の山か」
「何だと! この野郎!」
工房の仲間たちが執行官に詰め寄るが、ロンがそれを力強く制止した。「待て、やめろ!」
「どうしますか、オズワルドさん」
部下の問いに、オズワルドは鼻を鳴らし、肩の力を抜いた。
「……正直、この工房がなくなると魔法教会にとっても痛手だ。良かったな、作業を再開していい。この工房の運営継続を認める」
オズワルドはロンの肩をぽんと叩いた。その目は「うまくやれ」と言っているようでもあった。
執行官たちが去り、静まり返った工房。仲間たちの不満が爆発した。
「なんなんですか、あの魔法教会の奴らは! ムカつきますね!」
「そうですよ、ロンさん……。あれ? ロンさん?」
ロンはうつむいたまま、しばらく動かなかった。やがて意を決したように顔を上げ、仲間たちの顔を一人ずつ見回した。
「みんな、聞いてくれ。……親方は、もうこの工房には戻らない。本当にすまん!」
ロンは深く、深く頭を下げた。呆気にとられる仲間たちを前に、彼は声を絞り出す。
「親方を逃がしたのは俺だ。……だが、俺はこの工房を潰したくない。ここは親方が命を懸けて守った場所だ。嫌なら無理強いはしない。去る奴がいても責めない。……残りたい奴だけ、残ってくれ」
沈黙が流れた。だが、出て行こうとする者は一人もいなかった。
「やりましょう」
一人の若手が言った。
「そうだ、ここは俺たちが守るんだ!」
「いつか、旅立った親方に俺たちの活躍が届くように……。親方の工房として、今以上に盛り上げてやりましょうよ!」
「みんな……」
ロンの目に、熱いものがこみ上げる。
「おう! やるぞ!!」
一体となった声が、洞窟の壁に反響した。
各々が持ち場に戻る中、一人が隅にある「銃弾の山」を指差した。
「ロンさん、これはどうしましょう」
「……それはそのままにしておいてくれ。親方に代わって、俺が親友に届ける。教会から届くはずの『書状』と一緒に、な」
ロンは親友に宛てられた弾丸を見つめ、決意を新たにした。
「親方……見ててくれよな」
再び響き始めた、金属を打ち鳴らす音。それはかつてないほど力強く、熱気を帯びていた。主を失ってもなお、鉄の意志は若き職人たちの手によって、赤々と燃え続けていた。




