第二章:鋼鉄の義手と精霊の眼
険しい岩山が連なる高地に、巨大な洞窟を利用した工房が構えられていた。周囲の道は驚くほど整備され、ひっきりなしに荷馬車が行き交う。
ここはドワーフの技術者バレルが主を勤める、精霊工学の最前線。特に「詠唱石」の精錬技術は世界一と謳われ、その予約は三年先まで埋まるほどの大盛況を誇っていた。
工房内は、日が落ちてもなお熱気に包まれている。若き技術者たちが火花を散らし、金属を打つ音が響く。
「いやあ、親方! やっと今日の分が落ち着きましたね」
バレルの右腕である青年ロンが、煤だらけの額を拭いながら声をかけた。
「ああ、皆よく頑張ってくれた。助かるよ」
バレルが工房を見回していると、ロンがふと隅を指差した。
「そう言えば親方。あれ、何すか? さっきから気になってたんですけど」
そこには、異常なまでの量の銃弾が山積みになっていた。
「戦争でもおっぱじめるんですか?」
「わははは! そうかもしれんな。……あれは、俺の大事な友達に送るんだ」
「友達に!? ……あんな量の銃弾を受け取る友達って、一体何者なんすか」
「気になるか。……そうだな、お前には話しておこうか」
二人は工房の片隅にあるテーブルに腰を下ろした。バレルは遠い目をして語り始める。
「その昔……ドラゴン王が不慮の事故で亡くなり、王座が空席になった。当時の宮廷魔術師が実権を握り、一時的に国を治めていたんだが、奴には裏があってな……」
バレルは声を低めた。
「ドラゴンの王族にのみ伝わる『精霊降臨』の秘術。その管理を任されていた宮廷魔術師は、あろうことか王妃の腹の中にいた王子に、その秘術を施したんだ」
「赤ん坊に、秘術を?」
「そうだ。その王子は『精霊の目』を持って生まれた。赤子が初めて目を開いた瞬間、強烈な閃光が走り、窓を突き破って向かいの山一つを吹き飛ばしたと言われている。それ以来、その子は強力な精霊封じの眼帯なしでは生きられなくなった」
ロンは言葉を失った。「宮廷魔術師は、一体何のためにそんな真似を……」
「伝説の兵器『精霊戦車』を造るためだ。古のロンカ帝国が世界を支配したというあの化け物には、精霊の目が必要だった。俺の師匠であり宮廷工学士だったプロメ様は、それをドラゴン王に告発しようとしたんだが……」
バレルの拳が震える。
「王は急死し、実権を握った宮廷魔術師に師匠は処刑された。俺も殺される寸前だったが、当時、魔剣との戦いで片腕を失う大怪我を負っていたにもかかわらず、王子が俺を逃がしてくれたんだ」
「その王子ってのが……」
「ああ。俺の親友だ」
バレルは立ち上がり、積み上がった銃弾の山を愛おしそうに撫でた。
「あの日、旅立つ彼に俺が贈ったのが、失った腕の代わりとなる鋼鉄の義手だ。仕込み銃の仕掛けを施した、特製のな。……この弾丸は、奴の命を繋ぐためのものだよ」
「……そんなことがあったなんて。親方、最後に一つだけ。その宮廷魔術師はどうなったんです?」
「王子に救われた後、俺は魔法教会へ逃げ込み、奴の悪行を全て告発した。教会の呼びかけで聖輝軍が結成され、その大将だったリクセンという御仁が宮廷魔術師を討った……と聞いているがね」
バレルはそれ以上語らず、ロンの背を叩いた。
「さあ、戸締りは大丈夫か! もう閉めるぞ!」
「はい! ばっちりです、親方!」
工房の明かりが一つ、また一つと消えていく。
かつて王子の人生を奪った宮廷魔術師、そして彼が遺した魔剣と黒本。その因縁の先にいる親友を想い、バレルは夜の闇を見つめていた。




