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ブラック ブック  作者: さだきち
追憶の切先と次元の迷路

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第四章:差し伸べる手と決意の眼差し


空が白み始め、夜と朝が溶け合う夜明け前。

静寂に沈む路地裏で、エルムの脳内に震えるような怒声が響き渡った。


『エルム! 起きろ!』


「う……ん、なんだ……?」

もぞもぞと身体を動かし、眠い目をこするエルム。しかし、魔剣の切迫した気配が彼を完全に覚醒させた。

『誰か来る! 逃げろ、今すぐだ!』


魔剣がこれほど焦った様子で話しかけてくるのは珍しい。

(……こいつにとって苦手な奴が近づいているのか?)

エルムの脳裏に、ある考えがよぎった。このまま逃げずに時を待てば、近づいてくる何者かがこの忌まわしい魔剣を始末してくれるのではないか。それは彼にとって望んでもない好都合に思えた。


だが、魔剣の次の一言がその迷いを断ち切った。

『その女は置いていけ。おそらく、そいつを追ってきた者たちだ』


「――っ!」

その言葉で状況は一変した。エルムは隣で眠るサヤを激しく揺り動かした。

「サヤ! サヤ、起きて!」

「ん……あ、エルム……? どうしたの……?」

「逃げるよ。行こう!」

エルムの低く、切実な声に、サヤは弾かれたように起き上がった。彼女は盲目ゆえの鋭敏な感覚で周囲を「読む」。

(……黒装束の連中……! でも、なんでエルムが気づいたの?)


疑問を挟む余地はなかった。二人は路地裏から、人目に付かない入り組んだ細道を縫うように走り、夜明けの港町を脱出した。


---


その直後、二人がいた路地裏に、建物の上から音もなく黒装束の男たちが降り立った。

「……いない! どこへ消えた?」

「まさか、気づかれたのか? そんなはずは……」

「次元刀を使ったか」

一人が周囲の空気を深く吸い込むが、首を横に振った。

「いや、使えば別の土地の空気が混ざるはずだ。それがないということは、まだ近くにいる! 手分けして探すぞ!」


「はっ!」

追手たちは再び影のように建物の上へと姿を消した。


---


朝日が昇り始め、澄んだ空気が街道を包む。

懸命に走っていたエルムの足が鈍り、やがて彼は肩で息をしながら立ち止まった。


「エルム、どうしたの? なんで追手が来るって分かったの?」

問いかけるサヤに、エルムは俯いたまま、絞り出すような声で答えた。

「わからない……。実は、僕は……この剣に呪われているんだ。……ヴァルガス。この剣から、その名前を何度か聞いた。こいつは、その人のところに帰りたがっているんだ」


その名を聞いた瞬間、サヤの表情が劇的に変わった。彼女は目が見えないはずなのに、正確にエルムの正面へと詰め寄った。

「ヴァルガス……!? いま、ヴァルガスって言ったのね!?」

「えっ、何……? 知ってる人なの?」


あまりの剣幕に戸惑うエルム。サヤは、エルムが持っている「剣」の正体までは分からなかったが、運命の糸が絡まり合ったことを本能で悟り、思い詰めたような顔をした。

「ごめんなさい……」

「謝らなくていいよ。このまま、別の場所へ逃げる?」

エルムが優しく問いかける。だが、サヤの答えは彼の予想を遥かに裏切るものだった。


「ううん、そうじゃないの……。私も……そのヴァルガスのところへ行きたいの」


エルムは絶句した。この禍々しい魔剣が求めている場所に、サヤもまた向かおうとしている。

あまりの偶然、いや「運命さだめ」の残酷さに、エルムは混乱して立ち尽くした。


「私のことを……信じてくれる?」

サヤが「キリコ」を抜き放ち、虚空を鮮やかに切り裂いた。

現れた空間の裂け目の向こうには、見たこともない異郷の地が広がっている。サヤはその裂け目の中へと一歩踏み出し、振り返った。

「お願い……」


エルムは、その未知なる闇に一瞬たじろいだが、意を決して彼女の差し伸べた手を取るように、裂け目へと飛び込んだ。

二人の姿が消えると同時に、空間の歪みは静かに閉じ、街道には何事もなかったかのような静寂が戻った。


エルムの腕の中で、魔剣は密かにほくそ笑んでいた。

(ヴァルガス様のもとへ行けるなら、手段など何でもいい。この鈍いガキに運ばれるより、この女を利用した方がはるかに早い……)


魔剣の冷酷な意思が、エルムの神経をかすめる。

(もしこの女が邪魔になったその時は……このエルムの手で殺させればいいだけのことだ……)


少年と少女の束の間の平穏は、今、魔術師ヴァルガスが待つ禁忌の領域へと、急速に加速し始めていた。


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