第一章:次元の裂け目と追跡者
どこまでも広がる青い空を、一羽の鳥が悠然と舞っていた。その足には一通の書簡がしっかりと握られている。
鳥は山深く、人里離れた場所にひっそりと佇む小屋へと急降下し、玄関先にその封書を落とした。
小屋の中から一人の男が顔を出し、書簡を拾い上げる。中に入ると、もう一人の男が待っていた。
「えーと、なになに……ポルタの検問所が落ちた。だが『生命のしずく』は見つからず、か」
「何だって?」
声を上げた男に、書簡を読んだ男が短く告げる。
「また街に行かなきゃならねえな。レイドール様にこの件をお伝えしなきゃならん」
「またあの山を越えるのか。まあ、ちょうど食料の蓄えも尽きてきたところだ。ちょうどいいかもな」
「書簡を届けたら、またどこか適当な村でも襲うか」
二人の男は、淡々と略奪の計画を口にしながら、山越えの支度を始めた。
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ところ変わって、潮風が香る海の近くの港町。
石畳の道を、一人の少女が静かに歩いていた。
彼女はフード付きのマントを深く被り、その下にある瞳は光を映していない。盲目の少女、サヤだ。
彼女は赤みがかった美しい漆塗りの「杖」で、コンコンと地面を叩き、音の反響で周囲を確認しながら歩みを進める。
その様子を、屋根の上から見つめる影があった。黒装束で全身を覆った、リクセンの追手たちだ。
「いたぞ。あれか?」
「ああ、間違いない。サヤだ」
一人が飛び出そうとするのを、隣の男が鋭く制した。
「待て。もう少し距離が開くまで慎重に追うぞ」
「あんなガキ一人に慎重すぎやしませんか?」
「侮るな。彼女は『壱の太刀』の使い手だ」
「あんなガキが、あの伝説の……!?」
信じられないという顔をする部下に、男は低く、重い声で続けた。
「壱の太刀は気配だけではない。『運命』をも読むと言われている。気づかれるなと言ったはずだ」
「しかし、我々は『影足』の使い手。いつも通り気配を消せば……」
「俺は先へ回る。いいか、合図をしたら挟み撃ちだ」
言うが早いか、男は音もなくその場から姿を消した。
残された男は、半信半疑のままサヤの後を追った。
(……本当かよ。この完璧な隠密術が、あの盲目のガキに見えるっていうのか?)
やがて、前方の屋根からキラリと光る合図が送られた。視覚を失ったサヤには決して見えないはずの合図。それを機に、男たちは「影足」を使い、四方から彼女へ肉薄した。
だが、次の瞬間。
サヤの手の中で、赤い杖がその真の姿を現した。杖だと思われていたのは、その実、鞘まで朱に染められた抜き身の刀。
――断。
サヤが一閃を放つと、何もないはずの空間が鏡のように割れ、歪んだ裂け目が現れた。その向こう側には、港町とは全く異なる険しい「山道」の景色が広がっている。
サヤは迷いなくその亀裂へと飛び込んだ。
「なに!? 気づかれただと!?」
男たちが現場へ着いた時には、空間の裂け目はすでに閉じ、跡形もなく消えていた。
「この距離でも、届かぬか……」
「やはり、次元刀は厄介ですね」
悔しげに呟く部下を、上役の男が静かにたしなめた。
「……いや、次元刀があったからこそ、我々は今も生きていられるのかもしれぬぞ」
「それは、どういう意味で?」
「彼女には影足など通用せぬ。その気になれば、逃げるのではなく、我々全員の首をいつでも撥ねられたということだ」
沈黙が流れる。
「一旦戻って、頭領に報告だ」
「はっ!」
黒装束の男たちは、一瞬にして夜の闇へと溶け込むように姿を消した。




