第四章:凶兆の爪痕
ローゼンバーグの王城に辿り着いたカイエンが目にしたのは、峻厳たる古城の威容ではなく、異様な殺気と混乱に支配された光景だった。城門付近では武装した衛兵たちが走り回り、怒号と悲鳴が入り混じっている。
「何だお前は? 旅の者か?」
一人の衛兵が、険しい表情でカイエンを呼び止めた。
「今は国王が不在で、城内も慌ただしい。申し訳ないが、日を改めてくれ」
衛兵はそっけない態度でカイエンを追い返そうとするが、カイエンは無言で懐から一枚の身分証を提示した。
「魔法教会から来た」
「魔法教会……? わからんな。王の依頼か?」
衛兵は怪訝そうに首を傾げたが、教会の紋章の重みに気圧されたのか、語気を和らげた。
「……まあ、とにかく確認してくる。そこで動くなよ」
衛兵はそそくさと城内へと消えていった。
残されたカイエンは、周囲の様子を観察した。
城門の脇、少し離れた場所に「それ」はあった。無残に切り裂かれ、折り重なるように積み上げられた衛兵たちの死体。その数は二十から三十には達するだろうか。
「どこかの軍に攻め込まれたか……?」
呟くが、即座にそれを否定する。それだけの死体の山がありながら、敵軍の死骸どころか、その姿すら見当たらない。城内は一部を除いてさほど荒れておらず、嵐が過ぎ去った後のような不気味な静寂が漂っているだけだった。
しばらくして、立派な法衣を纏った評議会の高官と思われる男がやってきた。
「あなたが、魔法教会のお方ですか?」
「……ああ」
「王からは何も言伝を承っておりませんが……どのようなご用件で?」
「この城に、この剣があると聞いてな」
カイエンは静かに腰のレプリカを引き抜き、高官の目の前に突きつけた。
「こ、この剣は……ッ!」
高官の顔から一瞬で血の気が引いた。彼は恐怖に顔を歪め、よろよろと後ずさりする。
「何で貴様がそれを持っている! お前は何者だ!」
高官の叫びに応じるように、周囲の衛兵たちが一斉にカイエンを取り囲んだ。中には、物陰から弓を構える者もいる。
「待て。これはレプリカだ。本物はどこにある?」
カイエンの低い声が場を鎮めた。高官は激しく波打つ胸を押さえながら、震える声で尋ねた。
「……もしや、調査に来られたのですか?」
「ああ、そうだ」
カイエンは動じることなく平然と答えた。実のところ、これほどの惨劇が起きているとは想定外だったが、今は話を合わせておくのが得策だと判断した。
「それにしても動きが早すぎる……いや、さすが魔法教会と言うべきか」
高官は安堵と畏怖が混ざった溜息を吐くと、衛兵に目配せをした。促された衛兵が、苦渋に満ちた表情で説明を始める。
「下働きの者が倉庫の鍵を盗み出し、その剣を持ち出しました。あの剣を手にした者は化け物じみた力を得る……。いや、あれは、まさしく化け物でした」
衛兵の顔が恐怖で曇る。カイエンは死体の山を指さした。
「一人で、これをやったのか?」
衛兵は力なく、無言で頷いた。
並の戦士なら驚愕するような事実だが、カイエンはただ一言、「なるほどな」とだけ返した。
「よし、俺が探してきてやろう」
「しかし……」
衛兵が戸惑い、高官を仰ぎ見る。高官は重々しく頷いた。
「……わかった。その下働きというのは、エルムという少年です。返り血を浴び、血だらけの姿で城を飛び出していきました。……ものすごい強さです、気を付けてくだされ」
「どこへ行ったかわかるか?」
「ここからは、ローズタウンの方角へしか道は続いていないはずだが……あんたもその道から来たんだろう? 会わなかったのか?」
「いや、見ていない。町でもそんな異変はなかったな」
「すれ違いだったか……」
カイエンは独り言のように呟く。
「同行者は必要か?」
「要らない。これで探す」
カイエンは再びレプリカの剣を高く掲げて見せた。
「一体どこでそれを……」
「気にするな。邪魔したな、それじゃあ」
カイエンはレプリカを鮮やかに鞘に収めると、背を向けて門へと歩き出した。
混乱の極致にあるローゼンバーグ王城。その背後に立ち上る不穏な気配を感じながら、カイエンは再び孤独な追跡へと身を投じた。




