序章:鋼鉄の残響
街の連絡所に漂う空気は、重苦しく淀んでいた。
張り出された「黒本党」の賞金首リストを眺める行列の中に、その男はいた。短髪の頭に黒い布を巻き、右目には漆黒の眼帯。周囲の喧騒を拒絶するかのような静寂を纏ったその男、カイエンの名が窓口から呼ばれた。
「カイエンさん、報酬の受け取りですね」
事務的な声に応じ、カイエンは窓口へ向かう。差し出された報酬の革袋が3つ、カウンターに置かれた。そのうちの一つがわずかに傾き、一発の銃弾がこぼれ落ちて、乾いた音を立てて転がった。
「お……落ちましたよ?」
後ろに並んでいた男が、弾丸の放つ奇妙な熱量に気圧されながらも、恐る恐るそれを拾い上げカイエンに手渡した。
カイエンは感情の読めない瞳でそれを受け取ると、
「どうも」
と短く一言だけ残し、背を向けた。その足取りには、目的を失わぬ者特有の迷いのなさが宿っていた。
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馬車の発着所には、炭鉱へと向かう屈強な男たちが集まっていた。
「早く乗れ! 時間がねえんだ!」
御者の怒鳴り声に促され、カイエンを含めた4人の男たちが狭い車内へと乗り込む。揺れる馬車の中、男たちは互いに口を利くこともなく、ただ自身のつるはしや荷物を握りしめていた。
その静寂を破ったのは、唐突な衝撃だった。
凄まじい轟音と共に馬車が大きく横転する。カイエン以外の男たちは無様に外へと放り出された。
「ひいいいっ!」
一人の男が悲鳴を上げ、倒れた馬車の傍らを見た。そこには、喉元を一本の矢で貫かれた御者の死体が転がっていた。
男が反射的に走り出した瞬間、どこからか冷徹な指示が飛ぶ。
「逃がすな」
放たれた矢は正確に男の背中を捉え、その命を地面へと縫い付けた。
現れたのは3人組の強盗だった。残された2人の炭鉱夫がつるはしを構え、死に物狂いで反撃を試みる。だが、リーダー格の男は鼻で笑うと、流れるような剣さばきでつるはしの一撃を弾き、一呼吸のうちに二人の胸を切り裂いた。
「けっ、惨めなもんだな」
リーダーが顎で倒れた馬車を指す。
「おい、幌の中を見てこい。まだ鼠が潜んでいるようだ」
手下の一人が剣を構え、もぞもぞと動く幌に顔を近づけた。
その時だった。
ズドン!
爆発的な音と共に、幌を突き破って鋭利な剣先が飛び出した。
「がっ……!?」
回避する間もなかった。剣先は手下の顔面を真っ向から貫き、男は叫ぶ暇もなく絶命した。
「何だぁっ!?」
もう一人の手下が弓を捨て、抜刀する。
引き裂かれた幌の中から、黒い眼帯の男――カイエンが、低く這い出るようにして姿を現した。
「野郎、死ねえ!」
男がまだ立ち上がりきっていないカイエンに斬りかかる。
だが、その白刃を受け止めたのは剣ではなかった。鈍い金属音を立てて、鋼鉄の義手が男の剣をガシッと掴み取ったのである。
義手の隙間から、リボルバーのような回転機構が覗く。
「な、何だこの腕は……!」
男が戦慄に顔を歪めた瞬間、カイエンは義手に込めた力で剣を乱暴に突き放した。バランスを崩し、無防備に晒された男の胴体。
カイエンの振るった刃が、鮮やかな一文字を空に描く。男は音もなく崩れ落ち、赤黒い液体が乾いた土に吸い込まれていった。
残されたのはリーダー格の男一人。彼は、部下が瞬時に屠られた光景に呆然と立ち尽くしていた。
カイエンは静かに、一歩ずつ歩み寄る。そして、右手に握ったレプリカの剣を男の鼻先に突きつけた。
「お前……この剣に見覚えがあるか?」
その声は低く、地を這うような冷たさを帯びていた。
リーダーの男は恐怖を塗りつぶすように怒声を上げた。
「知るかよ、そんななまくら! くたばれっ!」
死に物狂いの横なぎ。
だが、カイエンはそれを見ることさえせず、最小限の動きで弾き飛ばした。
直後、銀光が走る。
リーダーの首は、自分が何をされたのか理解する間もなく、宙を舞った。
静寂が戻った荒野。
カイエンは遠く、地平線に滲む街の灯りを見つめた。
「街は向こうか……」
倒れた馬車の残骸から、自身の報酬が入った革袋を回収する。
鋼鉄の指で革袋を握り直し、カイエンは再び、たった一人の旅路へと歩みを進めた。




