炭酸水
「炭酸水苦手なんよな」
彼は私が炭酸水を飲んでいるといつもこう言ってくる。それに私が答えるわけでもないし、彼もさらに理由を述べたりすることもない。
彼、錦織恭平は私の一番の親友だ。小学校で出会い、中学、高校とずっと一緒のクラスだった。学校ではいつも二人でいたし、休日もどっちかの家にもはや挨拶もせずに上がり、挨拶もせずに帰る。失礼かと言われれば失礼かもしれないが、もはやどちらの家族も気にしていない。男子二人の小さな友情は長い長い時間をかけて本当に強く固くなっていったのである。
彼が関東の大学に進もうと思っていることを知ったのは、三年生になってすぐ、丁度半年ほど前であった。私はてっきり彼も一緒に地元の大学に進むと思っていた。これからもこの関係が続くと思っていた。彼は私が思っているほど、これから訪れる別れを悲しんでいるのだろうか。私がこんなにも不安でいることに気づいているのだろうか。私が彼に依存しているだけなのか。彼にとって私はただの友達だったのかな。悲しい。怖い。そんな気持ちが沸々と湧き上がってきた。でも、そんな姿を見せたくない。あと一年もあるのではないか。自分に言い聞かせた。
彼に向き合うのが怖い。そう感じるようになってから半年が経った。彼への接し方は変わっていない。でも、自分の心の底に大きな錘が居座っているのである。あと半年。この日常がどれほどのスピードで過ぎ去るのかはわからない。正直これまでの半年はあっという間だった。勉強も忙しくなったし、部活も引退まで走り抜けた。その中で彼と接する時間は癒しでもあり、だんだんと近づく別れを私にまざまざと見せつけるような残酷な時でもあった。漠然とした恐怖が私のことを包み込むのだ。
彼は私が持っているペットボトルを奪い取りキャップに手をかけた。ラベルに書かれた「強炭酸」という文字を見つめてから、彼は一気に中身を飲み干した。
「うん、やっぱ嫌いだわ」
彼は顔をしかめながら空になったペットボトルを渡してきた。ツッコミたいことが沢山あったが彼が先に口を開いた。
「もう少しだな」
彼の言葉に頷く。彼の部屋には目標達成と筆で書かれた紙が貼られている。まだ暑い九月。卒業まで半年を切った。窓から差し込む夕陽が二人を明るく照らす。
「また明日学校でな。」
「おう、また、な。」
ぎこちない挨拶で別れる。明日学校で会うのに、おおきな寂寥が私の足取りを重くする。彼が飲んだ炭酸水のペットボトルを見ながら彼の顔を思い浮かべる。
む。
「あいつらしいな」
一人で笑みを浮かべながら歩くスピードを速める。これは彼なりの私へのエールなのだろう。彼との友情はこんな別れで壊れるものじゃない。きっと、そうきっと大丈夫だ。彼からのエール。この不器用なエールを胸に私も頑張ろう。力強く歩く私を夕陽が眩しく照らしてくれていた。
月日はあっという間に流れ、受験も終わり、卒業式を迎えた。式はスムーズに進行され、昼前には終わり、みな、同級生との最後の時を楽しんでいた。三年間過ごした校舎を後にし、私は彼の家に向かう。彼の部屋に入ると彼はそっと微笑んだ。
「終わっちまったな。長いようで短い三年間だったな」
「ああ、恭平、お前とこうして一緒にいられてよかった」
「何だよ、恥ずかしいな。親友だろ。」
彼の口から聞いた「親友」という言葉が私の心を安堵させた。彼も私のことをそんな風に思ってくれていた。その事実を直接聞くことができ、ホッとすると同時に、この最高の親友との別れが刻一刻と迫っている。そう思うと私の心は締め付けられた。その瞬間、今まで押さえていたものが一気に込み上げてきた。もう、涙腺は崩壊した。温かいものが頬をつたった。彼の顔がぼやけて見える。
「何泣いてんだよ笑」
彼の声も震えている。私は彼を強く抱きしめた。
二人の青年の熱い涙はこれからも変わることのない友情の証であった。まだ冷たさの残る春風が彼らの思いを空高く運ぶように、この街を通り抜けていった。そう、永遠に続くであろう絆を乗せて。
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