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異世界に行ける可能性は微粒子レベルで存在している  作者: Lemuria


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誰も居ないはず

【称号】

二条院優介:ギルティ

京山緑:託された者

竜堂晃:優介狙い

 不意に、部屋の扉がノックされた。

 優介と緑が同時にそちらへ目を向ける。突然響いたその音で、部屋の空気が一変した。


「……優介さん、いる?」


 ドア越しに聞こえてきたのは、晃の優しげな声だった。


 優介は眉をひそめながら、ドアを少しだけ開けて、半身を乗り出して返す。


「……ここ、芹香の部屋だぞ。なんで俺がいるって知ってるんだ?」


「さっき、緑ちゃんと一緒に入ってくのが見えたからさ。ゆみさん探してるんだけど、知らない?」


 その名前が出た瞬間、優介と緑が顔を見合わせた。


 緑が小さく首をかしげながら言う。


「ゆみお姉ちゃんなら、さっきまで部屋にいたよ?」


「でも、部屋には鍵がかかってて誰もいないみたいだったよ? だから、こっちに一緒にいるのかと思ったんだ」


「そもそも、なんの用だ?」


「遊戯室に小説あるじゃない? ゆみさんと一緒に読んでてさ。読み終わったから、返そうかと思ってね」


 こともなげに言いながら、晃は軽い調子で付け加える。


 隣で緑が何かを考え込むような顔で、ちらりと優介を見る。


 その視線に、優介もわずかにうなずいた。


「わかった。俺たちも探そう。」



 芹香の催眠を解いたあと二人して部屋を出る。


「ちょっと気になることがあるんだけど。」


「なんだ?」


「晃さん、芹香ちゃんの部屋に私と優介一緒に入るの見たって言ってたわよね? 私が来たのって、優介が入ってからしばらく経ってからよ?


 廊下を並んで歩きながら、緑がふと口にした。


「そうだな……でも、嘘をついてる感じはしなかった。言い間違いか、勘違いか──そんなとこじゃないか?」


 優介が首を傾げながら答える。


「……そう、なのかしら。まあ、優介が何も思わなかったなら、私の気にしすぎだと思うけど」


 言葉を区切るように、緑はため息をついた。


 二人は無言のまましばらく歩き続ける。静まり返った館内に、靴音だけが控えめに響く。


「……ゆみさんの催眠は解いてあるから、出歩いていても不思議ではないんだけど」


「それにしても、遅いな。そろそろ誰かに見かけられてもいい頃だが……」


「次は遊戯室ね。本を読んでたって言ってたし、ここに来てるかもしれない」


 緑が軽く頷きながら扉を開ける。中は薄暗く、人気がない。


 二人でゆっくりと室内に足を踏み入れる。優介はテーブルまわりを、緑はソファの裏や壁際を見て回った。


 ──そのとき。


「おい、これ……見ろ」


 低い声で、優介が手を差し出す。


 彼の掌には、小さな金属の鍵。そのプレートには、はっきりと**「11」**の数字が刻まれていた。


「……十一番の鍵。ゆみさんの部屋よね?」


 緑が眉を寄せる。


「なんで、こんなところに落ちてるの……?」


 優介の表情がわずかに引き締まる。


「わからない……だが、嫌な予感がする」


 言葉を交わす間も惜しい。


「行きましょう」


 緑の声と同時に、二人は踵を返して走り出した。


 廊下に、二組の足音が緊迫したリズムで鳴り響く。


 十一番の部屋──ゆみの部屋の前に到着すると、優介はためらいもなくドアを叩いた。


「ゆみさん! いるか!」


 返事は、ない。


 まるで声が届かなかったみたいに、音だけが空中に散って、消えた。


 鼓膜が、じんじんする。静かすぎて、自分の呼吸すらうるさい。


「……鍵がここにある以上、中には誰もいないはずだ」



 優介が自分自身に言い聞かせるように呟いた。



 ──違う。



 わかってる。そんな理屈じゃ、この胸のざわつきは収まらない。



 優介は唇を引き結び、ドアノブに指をかけた。



 指先が冷える。



 手汗で滑る感覚。だけど握り直す余裕もない。もう、一度触れたら、戻れない気がして。



 誰もいないはずだ。



 そう言い聞かせる。



 心の中で、何度も、何度も繰り返す。



 誰もいないーー誰も、いない。



 ……でも、違う。



 願ってる。



 居ないでくれ。



 頼むから、何もいないでくれ。居るわけがないんだ。()()()()()()()()()()()




 居るわけない。居るわけない。イルワケナイーー




 祈るように、覚悟するように、ノブをゆっくりと──ほんのわずかずつ、回す。




 キィ、と扉が軋む音がした瞬間、背筋をひやりとした風が這い上がった。




 部屋の空気が、動いた。




 開きかけた隙間から、冷たい気配が漏れ出す。




 指先から肘へ、肩へ、喉元へと、硬直が伝染する。




 目を逸らしたくなる。開けたくなんてない。




 けど──もう止まらない。




 扉が、ゆっくりと、重たく開いていく。




 優介は一歩、足を踏み入れた。




 そして──




 そこには








 ベッドの傍で崩れるように倒れ込んだ、天ヶ瀬ゆみの姿があった。







 目を閉じ、肌は血の気を失い、首には……はっきりとロープの痕。


 それだけで、全てを悟るには十分だった。


 緑が小さく息を飲み、ぬいぐるみを強く抱きしめる。


 優介の喉が、乾いた音を立てた。


 死んでる。


 頭ではそう理解できているのに、体は現実を受け入れようとしなかった。


 優介は、ぎこちない動きで膝をついた。


 ゆっくりと、指先を喉元へ伸ばす。


 触れた肌は、冷たい。


 脈を探る。

 だが、そこに波はなかった。


 呼吸も、鼓動も、体温さえも──


 すでに、何も。


 優介の手が止まる。


 ほんの一瞬、強く目を閉じて、それから小さく首を振った。


「……ダメだ」


 その言葉に緑が顔を伏せた。

 ぬいぐるみの耳にぎゅっと顔を押し付ける。


「……ゆみお姉ちゃん……」


 小さな肩がかすかに揺れ、拳が震えるように握りしめられる。

 堪えていた感情が、じわじわと滲み出していく。


「私は……覚悟してた。ゆみお姉ちゃんを……見捨てる覚悟を……してた」


 ぽつりぽつりとこぼれる言葉。

 それは誰に向けたものでもなく、自分自身に突きつける懺悔のようだった。


「そんな私に……涙なんて、流す資格ないのに……」


 震える声がかすれていく。

 けれど、その手はぬいぐるみを放さず、必死にすがっていた。


「……でも……でも……っ」


 言葉が詰まり、緑はそっと顔を上げた。

 優介を見つめ、目元にかすかな涙の光をにじませながら、か細く言う。


「……ごめん、優介……ちょっとだけ、背中……貸して……」


 そのまま、優介の背中に、そっと額を押しあてる。

 堰を切ったように、小さな声がこぼれた。


「ゆみお姉ちゃん……っ……!」


 声にならない嗚咽が、ぬいぐるみに染み込んでいく。


【獲得称号】

なし

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