カウントダウン
【称号】
二条院優介:託す者
京山緑:託された者
最後の部屋は、明らかに他とは異なる異質な佇まいをしていた。
扉は館内で唯一の両開き式スライドドア。カードキーの差込口はなく、代わりに据え付けられているのは無機質な電子端末だった。
その表面には、円形のくぼみがひとつ――白金貨と寸分違わぬサイズで刻まれている。
この館において、もっとも「機械的」で、「近未来的」な雰囲気を纏ったドアだった。
その前に立ち尽くし、二人はしばらく無言で眺めていた。
「……これ、一枚だからって、一人しか通っちゃダメってわけじゃないよな?」
「そんな甘い話を、勝算だなんて思ってないでしょうね?」
「一応、試してはみるが……まあ、可能性は低いとは思ってる」
優介の言葉に、緑はふう、とわずかに溜息をつくと、手に持っていた白金貨を電子端末のくぼみにそっとはめ込んだ。
ピッ。
電子音と共に、内部から何かが読み取られるような気配が走る。続けて、低く重い機械音。
スライドドアが静かに左右に開きはじめた。
「……開いたわね」
「やっぱり白金貨には、ICチップ的なものが内蔵されてたってことか」
「入りましょう」
短く言って、緑が先に足を踏み入れる。優介も続いた。
中は、想像以上に狭かった。六畳ほどの空間。
壁は灰色のパネルで覆われ、無機質な光が上部から差し込んでいる。
正面には大きなモニター。そして、その前には小さな操作端末らしき機器がひとつ、据え付けられていた。
「……これ、なんだ?」
優介が操作端末に近づき、眉をひそめる。
それは、見たことのない形状をしていた。
台座は滑らかな白磁のような素材でできており、手のひらを載せるようにわずかに凹んだ凹型のプレートが中央に埋め込まれている。
表面には微細な亀裂のような模様が広がっており、それが淡く青白い光を放っていた。
「……手を置くようになってるみたいね」
緑がそっと覗き込みながら言った。
「これ、指紋、静脈認証装置か。」
凹型プレートの縁には、極小のレンズ群が幾何学模様のように並んでおり、そのすぐ上には、瞳の高さに合わせた半球状のガラス体が浮かぶように設置されている。
目を近づけると、虹色にきらめく光の粒子が内部を走り抜けていくのが見えた。
「これは…虹彩認証か」
まるで人体の“存在”そのものを照合するような構造だった。
それは、ただのセキュリティというよりも、“扉の向こうに進む資格”を問いかける儀式のようにも思えた。
「……緑、試してみてくれ」
優介が促すと、緑はわずかに躊躇した。だが、すぐに覚悟を決めたように、静かに歩み寄り、装置の前に立つ。
手を、プレートの上にそっと重ねる。
視線を上げ、虹彩スキャナの中心に目を合わせた。
「……始まった」
淡い光が一気に強まり、プレートの下から走査線のような光が指と手の甲を撫でていく。
同時に、虹彩スキャナのリングが淡く回転し始め、機械音が短く鳴った。
やがて、モニターが起動する。
黒背景に、白いアルファベットが無機質に並んだ。
⸻
> ERROR: ACCESS DENIED
> AUTHORIZATION WINDOW CLOSED
> COUNTDOWN: 38:41:22
⸻
カウントは1秒ずつ、静かに減っている。
「……これは……」
優介が画面を見つめ、低く呟く。
「エラー……っぽいな。つまり、まだ登録できないってことか」
「生体データの登録を拒否された……って解釈で良さそうね」
緑が、操作台から手を離しながら言う。
「もしかして、これは白金貨に“所有者情報”を書き込む装置なんじゃないか?」
「データの書き込み……」
緑は再び画面に目を向け、カウントを確認する。
「38時間後……つまり、明日の24時以降ってことかしら」
優介の目が鋭く細められた。
「それって……ここに来た初日から数えて、ちょうど7日目の終わり、ってことじゃないか?」
「……そういうことなのかもしれないわね」
言葉の余韻が、灰色の壁に吸い込まれていった。
淡々と進むカウントダウンだけが、静かに、確実に時間の流れを告げていた。
白金貨を端末から外すと、機械が静かに作動音を立て、スライドドアが自動的に閉まった。
パネルのランプが赤く点滅し、再び白金貨が設置されるまで開かない構造であることを示していた。
二人は無言のまま部屋を出て、優介の部屋へと戻った。
⸻
「……明日の夜、ね」
緑がベッドの端に腰を下ろし、ぽつりと呟く。
「それまで、どうすればいいのかしら……」
「脱出の見込みができたんだ。喜んでればいいんじゃないか?」
冗談めかして言った優介に、緑はすぐに顔をしかめた。
「そんなわけないって、わかるでしょ?」
語気に、刺すような鋭さが宿っていた。
「これ、最悪のシステムよ。誰が考えたのかしら……」
緑は完成した白金貨を見つめながら、静かに続ける。
「片方を持ってる人は、もう片方を必ず誰かから“もらわないと”いけないのよ?この話、黙っていれば半貨はずっと金庫の中。でも、正直に話したら、今度は自分のを奪われるかもしれない」
優介は頷いた。
「……俺も、情報統制はするべきだと思う。全員に知れ渡ったら、恐慌状態になるかもしれない」
優介の言葉に、緑が小さく頷く。
「それに……誰が“自分の反対側”を持っているかも重要ね。やっぱり、芹香ちゃんには催眠をかけるべきだわ」
「……まあ、そうだろうな。その方が都合がいいのは確かだ」
「今から手分けしましょう。私はゆみさんのところに行って、半貨を確認してくる。優介は芹香ちゃんの方をお願い」
「わかった」
言葉を交わすと、二人はそれぞれの目的地へと歩き出した。
【獲得称号】
なし




