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異世界に行ける可能性は微粒子レベルで存在している  作者: Lemuria


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白金貨

【称号】

二条院優介:医学とは 

京山緑:ホラー映画苦手

 ふたりは食堂を後にし、無言のまま廊下を歩いた。

 先ほどの“七番の部屋”とは別の意味で、小江の部屋にも不穏な予感があった。

 そこに遺体はない。けれど、そこにあった“存在”は、もうこの世にいないのだ。


 扉の前で足を止める。


 部屋番号は【2】。


 何の変哲もないドアが、やけに重く感じられた。

 だが、緑は一言も発せず、回収していた鍵を鍵穴に差し込む。


 カチリと、小さく音を立てて錠が外れる。


「開けるわよ」


 緑がそう言って扉を押すと、ドアは静かに、しかし僅かにきしみを含んだ音を立てて開いた。


 中は薄暗く、まるで部屋ごと沈黙しているようだった。


 誰もいないはずの空間に、一歩踏み入れた瞬間、かすかに空気の“層”が変わるのを感じる。

 生温く、しかしどこか乾いた気配。小江の痕跡――それだけが、まだそこにあった。


「……なんだろう。誰もいないのに、まだいるみたいな気がするわ」


 緑がぽつりと呟いた。


 部屋は整っていた。ベッドはきちんと直され、机の上もほとんど物が置かれていない。

 むしろ、それがかえって“不自然”だった。


「……片付けてたのか?」


「かもね。普段から几帳面だったのかもしれないけど、ここまで何もないと逆に不気味」


 緑はそう言いながら、部屋を一通り見渡すと、机の傍に近づき、しゃがみ込んだ。

 引き出しに手をかけ、慎重に開ける。鍵はかかっていなかった。


 中には数枚の白紙、そしてその下に――何かがあった。


「……優介。ちょっと、これ」


 呼ばれて近づくと、緑は引き出しの奥から、慎重に一枚の紙切れと、小さな何かを取り出していた。


 メモ用紙には、たった一文だけ、丸みを帯びた柔らかな筆跡で書かれていた。


『金庫の奥よ、優介くん』


 その隣には――

 銀貨に似ているが、見たことのない色合いの貨幣の“半分”が置かれていた。


「……これは」


 優介は言葉を失ったまま、それを見つめる。

 確かに銀貨より少し大きいサイズと重さだが、色味はやや白っぽく、断面には窪みがある。ちょうど、真ん中からきれいに“半分”にされたような。


「……見たことない貨幣だな。館内で流通してる銀貨や金貨とは違う。……これはなんだ?」


「それにしても」


 緑が、ぽつりと呟いた。


「なんで小江さんって、こんなに優介のこと気にかけてたのかしら」


 優介は答えなかった。


 ただ、手の中に収めたその“半貨”と、小江の筆跡だけが、まだ温もりを帯びて残っているようで、胸の奥がじくりと痛んだ。


「……金庫、開けてみるか」


 優介が言い、緑が頷いた。


 引き出しの奥に収まっていた鍵を差し込み、カチリと回す。重たい扉が、鈍い音を立てて開いた。


 中には、ケースに入った数枚のコインが並んでいた。


 金貨――ゼロ。

 銀貨――二十六枚。

 銅貨――四枚。


「……これ、銅貨が少なすぎるな」


 優介は眉をひそめた。


「金貨がゼロってことは、やっぱり二枚使って箱を開けたんだろう。銀貨の枚数は……まあ、平均的ってところか」


 手元のコインを見つめながら、静かに思考を巡らせる。


「……この銀貨も、できれば手をつけずにおいたほうがいいか」


 そう呟くと、緑がそれに応じるように言った。


「そうね。亡くなった人の銀貨に手をつけるのは、本当に最終手段にしたいわ。……誰かを殺せば銀貨が増えるなんていう発想自体、あってはならないもの」


 優介は無言で頷いた。


 コインをそっと取り出し、さらに金庫の奥を覗き込む。暗く、何も見えないように見えたが――


「……どういうことだ?」


 つぶやくと、緑が身を乗り出して代わった。


「見せて。……何も……あっ!」


 声を上げた彼女の指が、金庫の奥の一部をそっとなぞる。


「暗いし、わかりにくいけど、奥の壁、一部だけ質感が違うわ。塗装が違うのか、材質が違うのか……」


 優介も覗き込む。


「……本当だな。見た目は同じに見えるけど、触ってみると違う……」


 慎重に指先で押してみる。

 ほんのわずかに“スライド”する感触があるが、引いても押しても、まったく開く気配はない。


「……うーん、なんだこれ。動きそうなのに開かない……ロックでもかかってるのか?」


「普通に使ってる分には気づかないわね。私たちの部屋の金庫にも、同じような構造があるかもしれない」


「……見てみるか」


 二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。


 そのまま部屋を後にし、足早に優介の部屋へと向かう。



 薄暗い空間。扉が閉まる音が、やけに重く感じる。


 優介は部屋に入るなりすぐ、金庫の前にしゃがみ込み、慣れた手つきで鍵を回す。カチリと音を立てて金属の扉が開いた。


 中には、整然とコインが収められていた。


「……金貨一枚、銀貨二十三枚、銅貨九枚」


 ひとつずつ丁寧に取り出し、指先で数える。派手な出費もなければ、節約しすぎてもいない。

 まあ、こんなもんだろと、優介は内心で納得する。


 隣で覗き込んでいた緑も、枚数を確認したようだったが、特に何か言うでもなく静かに頷いただけだった。


「……で、こっちが本命か」


 優介は金庫の奥へと視線を向ける。


 ……あった。


 奥の壁の一部。触れると、明らかに他とは違う素材の感触が返ってくる。


 その瞬間――


 《ピッ。》


 電子音が短く鳴り、


 《カチャ。》


 わずかに機械音が続いた。すると、壁の一部が“スライド”して、静かに横へと開いた。


「……開いた……?」


 優介が目を見開く。


 今の、まさか……。


「これ…指紋認証か。金庫の奥のスライド扉そのものが、認証装置になってる仕組みかもしれない」


 驚きを隠せないまま、開いた小さな隠しスペースを覗き込む。


 中には、透明のプラスチック製ケースがひとつ、ぴたりと収められていた。


「これは……」


 ケースの中にあったのは、見覚えのある形。


「……小江の部屋で見た“半貨”の、もう半分だな」


 優介がそう呟くと、隣の緑が手を伸ばす。


「見せて」


 彼女がケース越しに両方の“半貨”を見比べ、そっと並べてみせる。


「……本当ね。真ん中の凹凸、これ、ぴったり組み合わさるようになってる」


 カチッ。


 磁石に引かれるように、二つの半貨は吸い寄せられ、ぴたりと合わさる。完璧な円形を描くその姿は、もはやただの銀貨には見えなかった。


「大きな銀貨……いえ、白金貨とでも呼ぶべきかしらね」


 銀貨とは少し違う高級感漂う輝きを持つコインに、

 緑が小さく息を呑む。


「……これ、何に使うんだ?」


 優介が眉をひそめると、緑は即答した。


「わからないけど……でも、“あれ”しかないわよね」


「“あれ”?」


「え、真っ先に思いつかない? 開かない扉のうちの一つ――端末に、円形の窪みがあったでしょ?」


「ん……? そういえば、まだ一ヶ所、ちゃんと見てない部屋があったような……」


 その瞬間、緑がぽかんとした顔でこちらを見た。


「……ちょっと待って。あなた、六日目にもなって、まだ足を運んでない場所があるの?」


「いや、言われるまで完全に忘れてて……」


「信じられない……! どういう神経してるのよ。よくそれで平気で過ごせるわね?」


 呆れを通り越して感心しているような顔だ。


「私なんて、館の探索は朝晩の日課よ? 何か変化がないか、確認しないと落ち着いて眠れやしないもの」


「……俺、お前が相棒で良かったよ。」


「私、今ならあなたに何しても許される気がするわ。……待ってなさい、穢れを払ってあげるから」


 茶化すような優介の一言に、完全に怒った緑がぬいぐるみからスタンガンを取り出す。


「ちょ、待て待て待て! わかった、悪かったって! 反省する、反省してます、以降気をつけます!」


 慌てて両手を上げ、頭を下げた優介。その頭に、スタンガンの角が容赦なく振り下ろされる。


 バコッ。


「いってぇっ……!」


「これで許してあげる私の度量に感謝しなさい」


 ふんっと鼻を鳴らし、そっぽを向く緑。


 頭をさすりながら、優介は言う。


「まあ…使う当てがあるのはわかったけど、とりあえず緑の半貨の確認が先か?」


「そうね、近寄りたくないなんて言ってられないし、私の部屋に行きましょう。」


 そう言って二人は優介の部屋を後にした。

【獲得称号】

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