遺体の部屋にて
【称号】
二条院優介:セクハラたらし大魔神
京山緑:優介の理解者
七番の部屋の扉が、鈍い音を立てて開いた。
ひやりとした冷気。時間だけが取り残されたような、異様な静けさ。
死が留まる空間の重さが、皮膚にまとわりつくように感じられた。
他のどの部屋とも、まるで別の場所のようだった。湿気を帯びた重い気配が、足元から這い上がるようにまとわりついてくる。強く鼻を刺すような異臭。換気扇が回ってる分まだマシな方かもしれないが、それでも体の奥で本能が警鐘を鳴らす。
部屋の中は薄暗かった。窓のない無機質な部屋は、照明のスイッチを入れても、なぜか光は頼りなく、部屋の隅々まで届かない。ぼんやりと浮かぶ二つの膨らみ――毛布に包まれた、遺体。
小江の亡骸。そして、死後六日が経過した男の腐乱死体。
「……こっちね」
緑が静かに言って、小江の毛布のそばにしゃがみ込む。そっと、ポケットに手を差し入れ、鍵を探る。優介はそれを見守りながら、無意識にもう一方――男の遺体に目をやった。
毛布に包まれたそれは、丸まった岩のように無言のままだ。
「……あった」
緑が、小江のポケットから鍵を取り出す。金属の音が、やけに大きく響いた。
そのときだった。
――視界の端で、何かが“ずれた”。
ぴく。
ほんのわずか、男の毛布が、膨らんだように見えた。
「……いま」
喉がひゅっと詰まる。
「……う、そ……」
緑の声が震えている。目が、見開かれている。ありえない、ありえない、ありえない。けど――。
ぐ、ぐちゃ、がさ……ぐっ……。
何かが、毛布の下で“のたうって”いた。
緑が足を後ずさる。唇がわなわなと震え、顔面から血の気が引いていく。
目の前で、毛布の中から“何か”が這い出してきた。
ざっ……と、布が擦れる音。動いた。いや、“誰か”が、動いた。毛布が内側からめくれ、蒼白に変色した指が、這うように現れる。皮膚は腐り、肉は痩せ、爪の先は黒ずんでいた。
でも、動いていた。指が、腕が、ゆっくりと、引きつったように、まるで操られるように、持ち上がっていた。
「いやっ、いやっ、いやっ、いやあ……っ」
緑が、悲鳴のように息を漏らした。
「なんでっ……なんで、なんで、なんでっ!? 死んでたでしょ!? 腐ってたでしょ!? 死んでたの、死んでたのにっ……!」
理性が、理解を拒否している。
だってありえない。死体が動くわけがない。
心臓は止まっている。脳は腐っている。筋肉は分解し、神経はもう焼き切れているはずだ。
医学的にも、生物学的にも、絶対に動くはずがないのに。
「逃げるぞっ!」
優介の声も、掠れていた。喉が焼け、呼吸が苦しい。身体が勝手に硬直して、脚が動かない。けれど、目の前で「死んだはずの肉」が、確かに動いているのを見た。
心が警報を鳴らしている。違う、違う、違う。これは現実じゃない、でも現実だ。夢じゃない。目が見てる。脳が理解してる。でも心が理解を拒んでる。だってありえない。これは人間じゃない。いや、人間だった何かだ。
毛布がずるりとめくれ、醜く膨張した手が見えた。
内側から擦りつけられた血が、じわ、と滲み、腐った爪が床を引っ掻くように軋む。
「立てっ、緑!」
机の引き出しを力一杯開け、部屋の鍵を取り出した優介は、緑の腕を引っ掴み、強引に引き寄せてドアに向かって走る。
「嫌っ……来てる、来てるっ、音してる、うしろ、いやっ、いやあああああっ!!」
緑の叫びが爆発した。
背後で、ずるっ、ずるっ、と床を這う音がする。這いずる死体。迫る腐肉。臭いが強くなる。背中が粟立つ。理屈が吹き飛ぶ。
脳が、理性が、知識が、全ての回路が――“理解できない”と悲鳴を上げている。
「開けろ、開けろ……っ!」
扉を開け、飛び出す。光が見える。廊下の空気が異常なほど清潔に感じる。生の匂いがした。
優介が振り返り、全身の震えを押し殺しながら扉を閉め、鍵を差し込む。
がちり、と音がした瞬間、扉の向こうで――何かがぶつかったような音がした。
「っ……!」
緑は壁に背を押しつけ、肩で激しく呼吸していた。顔は蒼白、目は涙で濡れて、唇が何度も何かを言おうとして、言葉になっていなかった。
優介も、声が出なかった。
“死体が動いた”――それ以外の何ひとつ、説明できなかった。
【獲得称号】
なし




