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異世界に行ける可能性は微粒子レベルで存在している  作者: Lemuria


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救命行動

【称号】

二条院優介:緑の理解者

京山緑:行動力カンスト幼女

柊小江:魂が見える人

 

 言葉の余韻が残る。

 “魂が見える”――小江の声は、冗談のようにも、本心の告白のようにも響いていた。


 緑はというと、目をぱちぱちと瞬かせてから、子どもらしく身を乗り出す。


「すっごーーーい!そしたら、緑の魂とかも色々見えたりするの?」


「純粋ね、緑ちゃん。どこかのお兄さんは、全く信じてくれなかったのよ?」


「いや、だってお前……」


 優介が言いかけたところで、小江からは少し拗ねたような視線が、そして緑からはジトっとした視線が、同時に飛んできた。


 どう見ても分が悪いので優介は観念したように、口をつぐんだ。


 だが――その瞬間、不意に何かに気づいたように、優介の目がわずかに見開かれる。


(今……小江、なんて言った?)


 “誰が通ったか”とか、“どこで立ち止まったか”とかが見える――?


 優介は視線だけで、隣の緑を見た。

 緑もまた、目を見開いたまま固まっている。どうやら同じことを考えたらしい。


 小江の言う“気配”や“名残”が、仮に数十分程度しか残らないとしても――

 それが断定できるほど鮮明に見えるのだとしたら。


(……七番の部屋に、入った痕跡を見られていた可能性がある)


 優介が何かを言おうとした、その瞬間。

 飲み物を飲み干した小江が、唐突に口を開いた。


「でも――ちょっと、がっかりだったかな。優介くんは、まだそこだったんだね」


「……どういう意味だ?」


「ううん、こっちの話。優介くん、そんなんだと――」


 ふっと、声のトーンが変わる。小江は意味ありげに笑った。


「慧ちゃんに、会えないかもよ?」


 その一言に、優介の全身が凍りついた。

 ガタッ、と勢いよく椅子を蹴って立ち上がり、小江へと詰め寄る。


「……おい。やっぱりお前、何を知って――」


 小江の動きが、不意に止まった。


 口元に浮かんでいた笑みが、そのまま固まる。次の瞬間、足元がぐらりと揺れ、彼女の身体が傾ぐ。


 転びかけたわけではない。筋肉の力が抜けたような、意図のない崩れ方だった。


「……小江?」


 声をかけるより早く、小江は言葉を発しようとした。けれど、その唇から漏れたのは意味のない吐息。


 舌がもつれ、言葉にならない。目が虚空をさまよい、焦点が定まらない。


 額に滲んだ汗は冷たく、皮膚の血の気が急激に引いていく。まるで、体温そのものが底から抜け落ちているかのようだった。


 優介の背に、ひやりとした感覚が走る。


「おい!小江!」


 異常だ。明らかに。


 (これは――急性の中毒症状……!)


 優介は即座に判断を下し、動いた。


「緑、横になれる場所を探せ! できれば平らで、背中を安定させられるところ!」


「わ、わかったわ!」


 緑が急いで周囲のベンチに目を走らせる。優介はその間に小江の身体を支え、床に倒れ込ませないようゆっくりと座らせる。


「小江、聞こえるか? 返事ができるなら、何か――まばたきでもいい」


 反応は――ない。


 (意識レベルの低下、反応性の消失。呼吸は……浅い。脈拍は――不整)


 優介は額に手を当て、皮膚の温度と湿り気を確認する。


 (冷汗、チアノーゼなし……でもこの速度で崩れるのは、神経系の遮断。経口毒の可能性が高い)


「緑! 床に横にして、頭を少し横に傾ける。嘔吐するかもしれないから! あと、心臓より頭を下げろ!」


「わかった!」


 ベンチの横に膝をつき、緑が即座に指示通りに手伝う。


 優介はポケットからハンカチを取り出すと、口元を覆いながらもう一度呼びかけた。


「小江、いいか。吐き気があるなら吐いて構わない。喉に詰まらせないように、俺が支える」


 小江の瞳はわずかに揺れ、かすかに唇が動いたが、はっきりした言葉にはならなかった。


 (時間がない……!)


 このままでは処置が追いつかない。だが、現場には医療機器も薬品もない。


 (……この状況でできるのは、呼吸の確保と体位保持。毒が何か特定できれば、対応の選択肢があるかもしれない)


「……緑!カードキーだ。これを持って、救護室まで行け」


 そう言って、優介はポケットからカードキーを取り出し、緑の手に押し込む。


「中にストレッチャーがあるはずだ。小江を運ぶ。できるだけ急げ」


「わかったっ!」


 緑は頷くと、全速力で廊下を駆けていった。カードキーを強く握りしめ、その小さな背中が遠ざかっていく。


 優介はその間、小江の体位を整える。呼吸が浅く、皮膚が冷たい。脈も弱い。毒物の可能性が高いが、種類が特定できなければ、救護室でも決定的な処置はできない。


 (せめて、延命だけでも……)


 数分後、ダダッと駆け戻ってきた足音に振り向くと、緑がストレッチャーを押して戻ってきた。

 その小さな腕で、必死に重いキャスターを押していた。


「お待たせっ!」


「よくやった。ここに寄せろ」


 優介は素早く小江の体を持ち上げ、緑と一緒にストレッチャーへ移す。緑は小さい体で一生懸命に、足を持ちあげストレッチャーの上に乗せている。

 再び冷えた肌が腕に触れ、その異常な感触に嫌な予感が強くなる。


「……小江、耐えろ。あと少しだ」


 そう言って優介は、ストレッチャーを押しながら廊下を駆け出した。



 救護室の扉が激しく開いた。


 小江の身体を抱きかかえたまま、優介は無言で中へと駆け込む。そのすぐあとを、息を切らせた緑がストレッチャーを押して追いかけてきた。


「そこに寝かせる! 緑、心電図モニター出せるか?」


「これ、たぶんそう!」


 緑が差し出したコンパクトなモニターを受け取り、優介は小江の服をまくり、胸元に電極パッドを手早く装着する。


 棚を荒らすように開き、ポータブル機器を取り出す。緑が電極パッドを手渡すと、優介は迷いなくシャツをめくり、電極を順に貼り付けていく。


 数秒の静寂。


 ビッ――という電子音とともに、波形が表示され始めた。だがそのラインはあまりに不規則で、まるで迷子のようにふらついていた。


「……徐脈。しかも不整。これは完全に循環器に影響が出てる……!」


 優介の声に焦燥がにじむ。彼の指は止まらず、酸素マスクをセットし、カニューレで呼吸気道を確保。酸素流量を最大に設定し、小江の顔にマスクを被せる。


「反応は? ――ない、開眼もなし、瞳孔……収縮なし、左右差……少しあり」


 彼女の手を取る。ひどく冷たい。指先の血が引いている。中心循環が破綻しかけている証拠だ。


「小江! 聞こえるか、俺だ、優介だ!」


 呼びかけに応じるように、小江のまぶたがわずかに動いた――ように見えた。


「……毒の特定ができれば、可能性はある……だが……っ」


 胃洗浄は不可能、活性炭もない、抗毒素など望むべくもない。あるのは、緊急キットに入っていた電解質輸液のみ。


「緑、注射器と輸液パック! 指示されたらここからこのラインに繋ぐんだ!」


「う、うん!」


 優介は迅速に点滴ラインを確保し、細い静脈に針を差し込んだ。緑の手元が震えていたが、それでも懸命に手順をこなしていく。


「小江、聞こえるなら、指を……一本でもいい、動かせるか?」


 しかし返事はなかった。かすかに動いていた胸部の上下動が、次第に鈍くなっていく。


 その瞬間――


 心電図の波形が跳ね、次いで警告音が鳴り響く。波が、一瞬だけ大きくうねったかと思うと――その後、音は平坦な線となり、途絶えた。


「……心停止」


 優介の手が止まる。


 数秒の空白。


「……心マッサージを始める。AEDは――ない。だがやるしかない」


 彼は胸骨の上に手を重ね、強く、一定のリズムで圧迫を開始した。骨の下で肉体が沈み、戻る。緑はショックで何も言えず、その光景をただ見つめていた。


 一分、二分、三分。


 その間、波形は一切の反応を見せなかった。


「……戻らない」


 優介の両手が、空中で止まる。


「心筋反応ゼロ、呼吸なし、瞳孔……完全固定。冷感持続。……臨界超過」


 言葉が、途切れる。


 彼は握っていた手をそっと離し、深く、息を吐いた。


「……時間切れだ」


 張り詰めていた空気が、まるで糸が切れたように、崩れ落ちた。


 静寂が、部屋を支配する。


 そこにいたはずの“小江”は、もうどこにもいなかった。

【獲得称号】

柊小江:真相に最も近かった少女 ← NEW

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