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異世界に行ける可能性は微粒子レベルで存在している  作者: Lemuria


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緑の過去

【称号】

二条院優介:禊済み

京山緑:禊対象

 緑の部屋。扉が閉まった瞬間、彼女はため息まじりにぼそりと漏らした。


「……あの人、やばいわね。

 今の話、実質的に“犯人見つけて殺す”って言ってたようなものでしょ?」


「俺にもそう聞こえたな。――少なくとも俺の目には悪意の類は一切見えなかった。」


 優介が肩をすくめながら応じると、緑は顔を顰め、長い髪を手で払いながら優介を横目で見る。


「あなたがそう言うなら、たぶんそうなんでしょうけど……それ、本気で意味わかんないわよ。

 私、クリスにバレたら“善意”で殺されるってこと? 誰がそんなの頼んだのよ。まだ目的がはっきりしてたぶん、あの中年男のほうがマシだったわよ。冗談じゃないわ」


 優介は心の中で「マシか?」と突っ込みそうになりながらも、両手を上げてなだめに入った。


「まあまあ。気持ちはわかるが、落ち着け。

 ただ、本当に気をつけろよ。お前が七番の部屋に鍵を戻すところ、クリスに見られてたらしい」


「……あの時の、ね。完全に迂闊だったわ。

 全く、なんで私ばっかこんな目に遭わなきゃいけないのかしら。

 ……前世でよっぽど悪いことしてたのね、私」


「穢れを溜めてたんじゃないか?」


 優介が口角を上げてそう言うと、緑はじとっとした目で睨み返しながら呟いた。


「……この場にいたら、全力で引っ叩いてやるのに」


 珍しく愚痴が止まらない緑を見て、しばらく眺めていたが、ふと優介の脳裏に疑問が浮かぶ。


「なあ、緑。お前、ここに来るまで何してたんだ?

 学校は?」


「学校?学校なんて私、行った事ないわ。」


 あまりにもあっさりと返されたその言葉に、優介はわずかに言葉を詰まらせた。


「……そうなのか? じゃあ、お前、今まで何してたんだ?」


「別に。なんでも良いでしょ?」


「まあ…言いたくないなら無理にとは言わないが」


 緑はじっと優介を見ていたが、ふと視線を外し床の一点を見つめる。


「面白い話じゃないわよ」


 ベッドに腰掛け、ゆいぐるみをギュッとにぎる。


「……聞かせてくれ」


 部屋の空気が、少しだけ変わった。時計の針の音が聞こえるほど、静かだった。


 そして緑は、まるで記録を読み上げるように語り出した。


「私、実の母親から虐待されてたの。ずっと」


 あまりに衝撃な内容に反して、緑の声はあまりにも淡々としている。


「私ね、一度見たり聞いたりしたことって、忘れないのよ」


「……生まれてから、ずっとってことか?」


「胎児期九ヶ月から、ね」


 優介は息を呑んだ。


「羊水の中でうっすらと聞こえてきた音とか、全部覚えてる。言葉を知らない頃はただの雑音だったけど、理解できるようになってから、思い出したら全部意味がわかったわ。」


 緑の目はまっすぐに優介を見ていた。


「……それが、気持ち悪かったみたいなの。知るはずのないことを知ってる。わかるはずのないことを理解してる。……でも、その先――他人がどう感じるかまでは、当時は考えられなかった」


「……」


「鎖で繋がれてたこともあったし、食事を与えられない日もあった。暴力も日常だったわ。……まあ、それだけのことよ」


「よく……今まで生きてられたな」


「何度も死にかけたけどね。でも、助けてくれた人がいたの。ナイフも、スタンガンも、その人からもらった」


 小さく、かすかに笑ったような気がした。


「現状を変えたければ、自分で切り開け。それが、あの人の――最期まで変わらなかった口癖だったわ」


「……」


「恩人ではあるけど、間違っても善人じゃないわね」


「切り開くって…」


 優介が何かを言いかけたその前に、緑が先んじて答える。


「そうよ。殺したの」


 その言葉だけで、部屋の空気が冷たく、張り詰める。


 けれど緑は一切表情を変えず、続けた。


「死体は、その人が処理してくれた。最低限、生きていけるお金も用意してくれた」


「……」


「鎖につながれた時、ずっとつけっぱなしになってたテレビと、一人になったあととにかく通った図書館の本。私の知識のほとんどはそれよ。だから、学校には行ってないわ。」


 最後の一言は、まるで終点を示すように静かだった。


 優介は言葉を失っていた。頭では理解できても、心がその重さに追いつけない。


 彼女の語ったそれは、悲劇とか、過酷とか、そんな手垢のついた言葉では到底収まりきらない。ただただ、あまりに“異常”だった。感情を殺した声の奥に隠れた、あまりに静かな狂気。十歳の少女が抱えていい重さではなかった。


 部屋には微かな機械音と、冷たい空気が漂っている。


 その静けさに、ふと緑が首をかしげた。


「……引いた?」


「いや」


 即答だった。言葉がこぼれるのが、自分でも意外なほどだった。


「むしろ……なんというか、納得した。お前が“普通”の子どもじゃない理由が、少しだけ」


 緑は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに茶化すような笑みを浮かべる。



「それ、褒め言葉として受け取っていいのかしら?」


「任せる」


「ふふ、そっか」


 緑はぬいぐるみを抱き直すと、その小さな頭をぽんぽんと撫でた。


「……ここから出たらさ。お前、うちの学園に来ないか?」


 不意に差し出された言葉に、緑はきょとんとした顔で優介を見つめる。


 だが、次第にその顔に、どこか嬉しそうな、年相応の少女らしい笑みが浮かんでいった。


「そうね……考えとくわ」

【獲得称号】

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