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異世界に行ける可能性は微粒子レベルで存在している  作者: Lemuria


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クリスと宗教

【称号】

二条院優介:極悪人

京山緑:極悪人

柊小江:ミステリアス少女

クリスティアーナ:名探偵(自称)

 ――コツ、コツ、と。


 廊下に響く足音は、どこまでも整っていた。節度のある歩調が、かえって空気を緊張させる。優介と緑は、食堂の隅の席に腰掛けたまま、視線だけを扉の方へ向けていた。


「……来たわ」緑が囁く。時計の針は、ちょうど13時を指していた。


 ガシャンと大きな音を立ててドアが開き、小江が一人で姿を見せた。細い影が静かに伸びて、食堂の中央を横切っていく。髪は整っており、歩き方には迷いがない。


 間違いない。単独行動。いける――そう思った、その刹那だった。


 だが。


「小江さん。ご一緒しても、いいかしら?」


 涼やかな声が、後ろからかぶさった。


 一瞬の静寂。次いで、廊下の奥からもうひとつの影が現れる。


 クリスティアーナ・レインズ。微笑を浮かべながら、小江の背後に寄り添うように現れた。


「ええ、もちろん」

 小江が何事もなかったように微笑み返す。


 二人は並んで食堂へと入っていった。少女の静と静が交わり、まるで儀式のような気配を残して扉が閉じられる。


「……最悪ね」緑が、くぐもった声でつぶやいた。


 優介は目を細め、無言のまま廊下の空気を見送った。


「……ダメだな。目撃者がいる以上、強行は無理だ」


 ひとつ、息をつく。冷たい汗が、肩甲骨のあたりを滑り落ちていた。



 食堂の扉が閉まりきる、その一瞬前だった。

 視線を滑らせていた小江が、ふとこちらに気づき、目を細めた。

 それに遅れて、クリスも優介たちの存在を認め、はっと目を見開く。


 次の瞬間、音もなく駆け出していた。


「……っ!」


 緑が咄嗟に一歩引き、優介も無意識に構えかけたが――

 クリスの顔は、泣きそうなほど安堵に染まっていた。


「よかった……無事だったんですね……!」


 その声が届くと同時に、彼女は真正面から優介に飛び込むように近づき、

 きゅっと袖を握って、切実な声音で続ける。


「すみません、遅くなって……! 探してもいなくて、どこかで倒れていたんじゃないかって……!」


 そのまま、一拍置いて。


 ――バッチーーーン。


 澄んだ音が、静かな廊下に鳴り響いた。


 ビンタ。



 予兆のようなものは一切なく、またなぜ叩かれたのかもわからない。

 手加減の一切ない、思いっきり振り抜いた末の衝撃、しっかりと右頬に熱が残る。


 緑も目を丸くして優介とクリスを見ながら声を出せず固まっている。


 痛い。


「…………何で今、俺叩かれたんだ?」


 静かな食堂に、自分の声だけが浮いた。

 クリスは袖で目元を押さえたまま、ぽつりと答える。


「なんでって……嘘ついたじゃないですか」


 意味がわからない。即座に否定しかけたが、彼女は続ける。


「大丈夫です、わかってます。あの時は……芹香さんを助けるためにしたことですもの。だから、あなたの罪を……一刻も早く、禊いであげたくて……」


 いや、意味わからん。


 嘘? 俺が? ……って何のことだ。

 ――あの時か。真田との勝負の最後。


 ツーペア、って言ったやつ。


 ……あれ?


「禊ぐ」って、まさか今叩かれたのが……?


 どういう理屈だ?


「ホントに優介さん、優しい人です」


 柔らかい声だった。微笑すら浮かべていた。

 叩いたことに一切の後ろめたさもない、むしろ救えたことを喜んでるような顔。


「すまん、整理させてくれ……」


 右頬を押さえたまま、もう一度問い直す。


「あのカードの勝負の時……最後にツーペアって言ったやつ、あれが嘘で……それで俺、叩かれた?」


「はいっ……!」


 クリスは翳りひとつない笑顔で、感極まったように力強く返事をした。

 その表情は、心から納得し、使命を果たせたことに満足している――まるで「病を癒した聖人」のようだった。


 どうしていいかわからず、思わず隣の緑に目を向ける。

 緑は、ぱちくりと瞬きをした後、明らかに「やばいわねこの人……」とでも言いたげな目でこちらを見返してきた。

 だが、助けてくれる素振りは一切ない。


 追い詰められた視線が、クリスの隣にいる、小江の姿を捉える。

 小江は頬に手を当て、のんびりと首を傾げながら、妙に嬉しそうに呟いた。


「宗教って、深いのね」


 ……許さん。





 ぱちん、と明るい音がした。


「いただきまーすっ!」


 緑が元気よく声を上げ、ぴょこんと手を合わせる。

 その隣で、クリスも穏やかに手を合わせていた。


「いただきます」


 優介と小江も少し遅れて手を合わせる。

 食事は、ゆっくりと始まった。


「……ねえ、クリスお姉ちゃん。」


 緑がご飯を口に運びながら、クリスに向き直る。


「さっき、お兄ちゃんと喧嘩してたの?」


 優介が無言のままフォークを止める。


 クリスは、弁当の蓋を開けながら自然な調子で答えた。


「いえいえ、そんなことないですよ。……あれは、清めです。嘘をついた人には、穢れがたまりますから」


「けがれ……?」


 緑がきょとんとした顔でつぶやいた。

 そのまま、隣の優介をちらっと見て、無邪気な声で聞く。


「じゃあ、お兄ちゃんにもけっこうたまってたの?1回で足りる?」


「おい」


 あとで覚えてろよ、と視線を緑にやったが、こっちを見ようともしない緑に、小江はくすっと笑った。


 だが、クリスは変わらぬ口調で続ける。


「“穢れ”は、目に見えるものではありません。

 でも……心の奥には、確かに溜まっていくんです。

 嘘をついたり、自分の想いをごまかしたり。

 そういう小さな澱が、やがて魂を覆ってしまい、神様の導きが見えなくなってしまうんです。」


 小江が感心したような、面白がっているような様子でクリスに尋ねる。


「穢れとか禊とか、現代人の感覚だとちょっと不思議ね。クリスさんにはそれが見えるの?」


 クリスは首を横にフルフルと振って言う。


「いえ、私には見えません。

 ですが……嘘をつくという行為は最も穢れを溜める行為だと教わりました。

 相手を傷つけて、自分に穢れを溜める。

 なので、溜まった穢れを払わなければいけないんです。」


 クリスは悲しそうに目を伏せた。

 弁当を食べる手が止まっていたが、思い出したように顔を上げ、皆を安心させようとするような声で話し出した。


「でも、そんな難しい話ではないんですよ。

 簡単なことで、相手に心から謝罪すれば良いのです。ですが……真田さんは傷つけられて当然の行いをしていたと思います。なので他のやり方がいいと……」


「それでさっきお兄ちゃんを叩いたの?」


「ええ。私たちの宗教に入れば痛みで穢れを祓う力が神様から与えられるんです。」


「それで、他人の穢れを祓って、徳を重ねていく……私は徳が高い方なので、1回で十分ですよ。」


 クリスは、まるで誇らしげに語る。


 その言葉に誰も何も返せずにいると、クリスはふと声の調子を落とした。


「ですが……あの7番の部屋の、男の方を殺した犯人は、まだ穢れを抱えたままです。

 早く祓ってあげないと……そのままだと、導きが届かなくなってしまいますから」


「見つけたら、また全力でビンタするの?」


 小江がフォークを軽く握り直しながら、軽い口調で問う。


「いえ、本当は私が介入するよりも、

 その人自身が、自ら進んで、心を込めて謝るのがいちばんなんです。私は……ただ、そのお手伝いをするだけですよ」


「……じゃあ、死体に向かって“ごめんなさい”って言えばいいのか?」


 優介の問いに、クリスは口に手を当てながら笑った。


「あはは、そんなわけないじゃないですか。

 謝ったって、相手に届かなければ意味がないです。

 亡くなった人に、ちゃんと会いに行って……直接、謝るんです」


 優介は、思わず「ん?」と小さく首を傾げ、緑に目をやる。

 先ほどまで一生懸命、口におかずを放り込んでいた緑の手が、ぴたりと止まっていた。



「昔ですけどね」

 クリスはフォークを口元に運びながら、ふわりと微笑んだ。


「神様に嘘をついた人がいて――とても苦しそうだったんです。

 だから、謝りに行けるように、私がお手伝いをしました。

 その人、最後は本当に、救われたような顔をしていて……」


 まるで、自分の成果を誇らしげに語るような声音だった。


 優介はゆっくりと緑に目を向けた。


 緑は、フォークを持ったまま身動き一つせず、明らかに“固まって”いる。

 額にうっすらと汗が滲んでいる気がした。


 緑も優介の方に視線を向け、そっと目を合わせる。


 ――「やばくない?」と目が雄弁に語っている。


 優介は、ほんのわずかに頷いた。

 言葉にするまでもなく、同じ認識を共有していた。だが、小江だけは、


「宗教って……深いのねぇ」


 と言いながら、若干気怠げな調子で呟くだけだった。

【獲得称号】

二条院優介:禊済み ← NEW

京山緑:禊対象 ← NEW

クリスティアーナ:禊執行者 ← NEW

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