五日目・芹香と真田
【称号】
二条院優介:セクハラ大魔神
京山緑:処刑は得意
水島芹香:テンプレツンデレ
佐伯蓮:透華と煙友
真田一馬:アル中ギャンブラー
長月紅葉:アイスウォール
青峰透華:凄腕ピッカー
五日目
やけに静かな朝だった。
どこか現実味のない夢を見ていた気がする。目覚めても、その輪郭だけが頭の中に残っていて、何が起こったのか思い出せない。けれど、確かに何かがあった──そんな奇妙な感覚だけが、胸の奥に引っかかっている。
「……ふう」
顔を洗い、鏡の前で髪を整える。寝癖はひどくなかったが、少し湿った前髪をかき上げながら、あくびをひとつ。
昨日までの喧騒が嘘のように思う。
夢から覚めたにしては、あまりに静かすぎる朝だった。
──コンコンコンコン!
突然、部屋の扉が激しく叩かれる。
「優介! 大変なの、ちょっと来て! お願い!」
聞こえてきたのは、緑の声。
慌てたような、どこか切羽詰まったような調子で。
俺はタオルを投げ捨て、すぐにドアへ向かう。緑があんなふうに取り乱すのは、そうあることじゃない。
嫌な予感が、背筋を撫でた。
扉を開けると、緑が顔色をなくして立っていた。走ってきたのか、肩で息をしている。
「どうした?」
「はやく……来て」
それだけ言い、緑は踵を返す。俺はわずかに溜め息をつきながらも、急ぎ足でそのあとを追った。
──また、厄介ごとか。
緑に連れられて辿り着いたのは、食堂だった。
空気が、重い。
朝食の名残すら感じられないほど、空間全体が沈黙に包まれていた。食卓の中央にあるテーブルでは、真田と芹香が向かい合って座っている。
……いや、正確には、すでに勝負は終わっていた。
真田が笑みを浮かべながら、テーブルの上に散らばった銀貨を一枚一枚拾い集めている。その指先の動きには容赦がなかった。手にした銀貨が、真田のポケットに吸い込まれていくたび、部屋の空気はさらに冷えていく。
対する芹香は、椅子に腰を沈めたまま、顔を伏せていた。長い髪に隠れて表情は見えない。だがその背は小さく震えており、両の手は膝の上でぎゅっと握りしめられていた。
周囲には、数人のギャラリーがいた。
壁際の椅子に腰掛けた透華は、興味半分と言った様子で視線を送っていた。小江は腕を組み、静かに事の成り行きを見守っている。クリスは壁際で祈るように胸の前で手を組んでいる。紅葉は真田の後ろで静かに立ち尽くし、佐伯は途中から来たようで、状況を把握したのち、しばらく真田を見つめていたが、やがて苦々しげに口を開いた。
「真田くん……これは、勘弁してやってくれないか?」
低く抑えた声だった。しかし真田は手を止めず、にやけ顔のまま返す。
「んー、もう終わった話だろ。勝負なんだし。負けるのが嫌なら最初からやらなきゃ良かったじゃねぇか」
真田がニヤつきながら、銀貨を一枚摘まんで弄ぶ。その銀色が照明を鈍く反射する。
「……ま、銀貨がそんなに欲しいなら、方法はあるだろ?」
口元だけで笑いながら、芹香をちらりと見やる。
「嬢ちゃんがちょっとサービスしてくれりゃ、考えてやらんでもないぜ? 一晩付き合うくらいの価値は、あるんじゃねぇの?」
空気が凍りついたように静まる。
今度は、優介の方へと目を向ける。その口元がさらに歪む。
「そこのお坊ちゃんに体で取り入るってのもアリか? 医学生様だもんな。優しそうだし、簡単だろ?」
芹香の肩がぴくりと揺れた。指先が膝の上でわななき、怒りと羞恥と屈辱がごちゃ混ぜになった感情が、その背中ににじみ出ていた。
優介もまた、無言のまま真田を見据える。その目には、何かが静かに灯っていた。
佐伯が椅子から音を立てて立ち上がる。
その表情には、怒りよりも苦悩が滲んでいる。静かに、しかし珍しく強い口調で真田に言葉を投げた。
「真田君!それは……いくらなんでもやりすぎじゃないか?」
だが、その一歩を遮るように、紅葉が前に出た。
無言のまま、すっと佐伯の前に立つ。表情は変わらない。ただその瞳だけが、まるで命令を受けた兵士のように、静かに意思を伝えていた。
──これ以上は進むな、と。
佐伯の足が止まる。
「紅葉君……君は、真田君に協力しているのかい?」
少しだけ間をおいて、紅葉が口を開いた。
「私はこの男に依頼されて“護衛”をしているの。それ以上でも、それ以下でもないわ」
その声音に感情の起伏はなく、ただ、任務を遂行する者の、機械的な声音だけがあった。
「だから──危害を加えるつもりなら、私が相手をする」
淡々と、まるで天気を報告するように。けれど、その奥底にひた隠された実力が、場に緊張を走らせた。
優介が緑に問う。
「何があったんだ?」
「……最初は普通の雑談だったの。けど真田のやつ、わざと“この前の勝負”の話を持ち出したのよ」
緑の声は低く、乾いた熱のようなものがにじんでいた。
「“あの医学生の坊っちゃん、コイントスで簡単に負けてくれてさ。大した頭持ってねぇな。どうせ親の金で裏口でも入ったんじゃね?そんなのが医者になるなんて世の中コワイねー。”って。わざと芹香お姉ちゃんの前で、聞こえるように言ったの」
俺は一瞬、目を細める。
「芹香お姉ちゃん、それ聞いて……すごく怒ってた。“あんた、それ、今すぐ取り消しなさいよ”って」
消毒用アルコールを賭けてコイントスをした事を思い出した。確かにあの勝負は俺が負けたが、あのやり取りをこういう形で利用してくるとは…。
「で、真田は?」
「“じゃあ勝負に勝てば取り消してやるよ”って。芹香お姉ちゃん、乗っちゃったのよ。……悔しかったんだと思う。優介のこと、馬鹿にされて」
緑が、そっと俺の腕を引いた。
「……ねえ、優介。お願い。助けてあげて。芹香ちゃん、あれじゃ……」
小さな声だった。けれど、その目は必死だった。
俺は一瞬だけ芹香の姿を見やる。銀貨を全損し、食料も水も手に入らず、このままでは飢えて死ぬ──そういう現実を、たった今突きつけられた人間の姿だった。
思わず、内心で息をつく。その程度のことで、命に等しい銀貨を賭けることなんてないだろう。
少しだけ芹香の真っすぐさが眩しく見え、
何かが静かに胸の奥で点火する感覚があった。
──助ける理由は、十分か。
「任せとけ。」
俺は目を細めて、ゆっくりと真田のほうへ足を向けた。
俺は真田の前まで歩み寄ると、軽く顎をしゃくって言った。
「……だったら、俺ともやらないか?」
その一言に、食堂の空気が揺れる。視線が一斉にこちらへ向き、微かなざわめきが走った。
真田は銀貨を摘んでいた指を止め、顔を上げる。意外そうに眉をひそめた後、ふっと口元を緩める。
「へえ。医学生様のお出ましか。……面白ぇ。やるってんなら、いつでも歓迎だぜ?」
「その前に確認だ。芹香に言った“取り消す”って約束、覚えてるな?」
「忘れるわけねぇだろ。俺の口は、案外信用できるんだぜ?」
真田はニヤリと笑って見せた。
「だったら内容変更だ。たった今芹香に言ったセリフを取り消せ。」
そう言った瞬間、背後から鋭い声が飛んできた。
「ダメっ!!」
振り返ると、芹香が立ち上がっていた。拳を握り締めて、今にも駆け寄りそうな勢いだった。
「ダメ、優介! あんな人と、賭けなんかしないで! あんたまで銀貨なくなったら……!」
顔は怒っているのに、目だけが不安で潤んでいた。
俺は少しだけ息を吐いて、肩をすくめる。
「大丈夫。ちゃんと勝つから」
そう言ったあと、少しだけ軽い調子で付け加える。
「……負けたら一緒に餓死してやるよ。それで手打ちだろ?」
「ふざけないで!」
芹香の声がひときわ大きく響いた。
だけど、もう止めることはできない。俺は視線を戻し、ひとつ頷くと、背後の緑に向かって手を差し出す。
「鍵だ。俺の部屋の銀貨持ってきてくれ。」
緑が小さく瞬いてから、頷いた。懐から鍵を取り出して俺の手に渡す。
「銀貨、足りる?」
「ああ。大丈夫だ。金庫に入ってるから全部持ってきてくれ。三十秒で頼む」
「うん、任せて」
緑が走り去っていく背を見送り、俺は真田に向き直った。
「こっちの準備が整ったら、すぐに始めよう。テーブルもあるし、道具はそれで十分だろ?」
「へっ、上等。……手加減はしねぇからな?」
その笑みの裏に、わずかな油断が見て取れる。
おそらく、似たような事を何度も繰り返してきたのだろう。
優介はそれを、逃さず見ていた。
銀貨三十五枚を手元に揃えた俺は、テーブルの向こうに腰かけた真田を無言で見据えた。相手の前には、六十二枚。倍近い差だった。
真田がカードデックを掴もうとした時、優介はそれを制して、視線を投げかける。
「ディーラーは……透華、頼めるか?」
壁際に座っていた青峰透華が眉を上げる。けれどすぐに肩をすくめ、立ち上がった。
「あたしか? まあいいぜ。だけど、あたしはどっちの味方もしねーからな」
そう言ってテーブルにつくと、透華は手慣れた様子でカードを切り始めた。真田の口元には、すでに余裕の笑みが浮かんでいる。
「坊ちゃんもポーカーやるんだな。ま、どうせ運だけで医大通ってきたんだ、ツキだけはあるのかもな?」
言葉には皮肉が混じっていたが、俺は応じない。透華がカードを配り終えると、静かな勝負の幕が上がった。
【獲得称号】
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