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異世界に行ける可能性は微粒子レベルで存在している  作者: Lemuria


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35/66

手の内

【称号】

二条院優介:ガールズバー常連

京山緑:食べ盛り幼女

天ヶ瀬ゆみ:静寂を破りし者

 二人は廊下を歩き、やがてひとつの扉の前で立ち止まる。


「……ゆみさん、いるか?」


 ノックの音とともに優介が声をかけると、ほどなくして内側から気配がし、ドアがゆっくりと開いた。


「あ、優介さん!」


 ぱっと花が咲いたような笑顔で、ゆみが顔をのぞかせる。


「緑ちゃんも。……いらっしゃい」


 その明るい声に、緑は一瞬だけ目を丸くした。戸惑いの色がわずかに浮かぶ……が、すぐにそれを引っ込めて、にこりと笑顔を作る。


「おじゃましまーすっ」


 朗らかな声で挨拶したが、わずかに引っかかるような硬さがあった。まるで状況を測るように、緑は部屋の中をちらりと見やる。


 ゆみは特に気にした様子もなく、自然な仕草で二人を招き入れた。


 扉の向こうに踏み入った瞬間、緑はちらりと横目で優介を見る。


 ――何を考えてるの?


 声にはしないが、表情がそう語っていた。


 優介はその視線を受け止め、わずかに目を細めて、静かに首を横に振り、無言で「落ち着け」という視線を送る。



 優介は、ゆみの正面に立つと、一歩だけ距離を詰めた。


「ちょっとだけ……目を見てくれ」


 そう囁くと、ゆみは不思議そうに瞬きを一つだけして、優介の目を見つめ返した。優介の視線はまっすぐで、深い。まるで、視線そのものが言葉を超えて何かを伝えてくるようだった。


「深呼吸して。……俺と同じリズムで」


 ゆみの胸が、優介の言葉に合わせて上下する。吸って、吐いて。呼吸が重なったその瞬間、優介の声が、ふいに一段階だけ低く、柔らかくなった。


「Code bestätigt」


 その言葉が、耳元にゆっくりと、けれど否応なく沈み込むように響いた。


 ゆみの瞳がわずかに揺れ、焦点を失う。まばたきの回数が増えたかと思えば、次の瞬間には動きが止まり、虚ろな表情が顔を覆った。


「Protocol Red」


 優介が重ねた言葉は、鍵を回すような確かな響きだった。


 ゆみの膝が崩れかけ、彼女はベッドの縁に腰を落とした。目の焦点は完全に失われ、口元にかすかな息の漏れる気配があった。首が支えを失ったかのように、ゆっくりと前に傾ぐ。


 その様子は、まるで糸が切れた操り人形のようだった。


 その瞬間、緑の顔色が変わった。


 ぬいぐるみを抱いた腕がわずかに強張った。ゆみの様子を一瞬で把握し、次に優介の顔を見る。そこには、警戒と困惑、そして焦りの色がないまぜになっていた。


「……優介?」


 低く抑えた声で名前を呼ぶ。応答を待つことなく、緑はぬいぐるみの背中に指を差し入れ、慣れた手つきでファスナーを開く。


 中から取り出されたのは、小さなスタンガン。


 カチリと、手の中でそれがしっかりと握られる音がした。彼女の指が、確かに引き金にかかった。


 緑はスタンガンを構えたまま、一歩だけ優介にじり寄った。その目は、深く確かな“疑念”の色を帯び、刺すように優介に向けられていた。


「優介……あなた、今ゆみさんに――何をしたの?」


 声は静かだったが、指先には明確な緊張が走っている。少しでも言葉を違えば、即座に放電されるとわかるほど、緑の構えは迷いがなかった。


 優介は、ゆっくりと両手を上げ、空を示すように広げてみせた。敵意がないことを示す、控えめなジェスチャーだった。


「落ち着け。別に、何もしてない」


 その口調はいつもの淡々としたものだったが、緑の警戒は解けない。スタンガンを構えた手には、わずかな震えが混じっていた。


「……ふざけないで」


 低く、押し殺した声だった。けれど、そこには明確な怒気があった。


「ふざけてない。……ゆみさんを、少し催眠状態にした。それだけだ」


 緑の眉がぴくりと動く。


「……催眠?」


「ああ。ゆみさんは、七番の部屋で死体を見て取り乱してたろ? あれはかなり強いショックだった。精神が不安定になっていたんだ。だから、軽く暗示をかけて落ち着かせた。ショックを和らげるために」


 優介はそう言いながら、ベッドの方に視線をやる。ゆみは、未だに夢の底にいるかのように、静かにうつむいていた。


 緑は無言のまま、その様子を見ていた。


 沈黙のあと、優介は再び口を開いた。


「……そもそも、ゆみさんはこの館で目覚めたときから、かなり無理をしてた。表面上は笑ってても、内心ではずっと不安を抱えてた。――依存心が強いタチなんだと思う。支えがなければ立っていられない人だ。」


 その声は、どこか静かな確信に満ちていた。


「だから、初日のうちから念のため、カウンセリングの一環として、催眠誘導の“トリガー”を仕込んでおいた。…まあ、勝手にやったことについては言い訳しない。」


 緑は視線を下げたまま、小さく息を吐いた。


「……その、“トリガー”ってのが、さっき言った言葉?」


「そうだ。その単語を聞かせれば、ゆみさんは催眠状態になる。そう仕込んだ。もちろん解除コードを唱えればちゃんと目覚める。」


 緑は黙ったまま、視線だけでゆみと優介を交互に見比べていた。疑念が消えたわけではない。けれど、完全に信じきれないながらも、その言葉の端々に、揺らぎが混じり始めている。


 やがて、彼女はふっと目を細め、スタンガンをぬいぐるみに戻した後、抱きしめ直した。


「わかったわ…確かにゆみさんは最初かなりひどい状態だったのよ。急に落ち着いてたから不思議に思っていたわ。」


 小さく頷きながら、緑はゆみの様子に目をやる。そして、ふと疑問を口にした。


「ここで起きたこと。ゆみさん、目を覚ましたら覚えてないんでしょう?」


「ああ。忘れるように暗示をかけてある。それともうひとつ。俺の“指示”に従うようにもしてある」


 優介はそう言いながら、ゆみにそっと声をかけた。


「ゆみさん。――右手をあげて」


 その言葉に、ゆみはためらう様子もなく、すっと右手を持ち上げる。


「今日あったことを、話してくれるか?」


 ゆみは静かに口を開き、今日という一日を、まるで記録を読み上げるかのように正確に、落ち着いた声で語り始めた。


 緑は、その様子を黙って見守っていた。やがて優介が「いいよ」と促すと、ゆみは指示に従うように話を止め、ゆっくりと手を下ろした。


 優介は軽く息を吐いて、言葉を続けた。


「……こんな感じだ。俺、人の“心を読む”のが得意って言っただろ? 催眠ってのは、言ってみればその延長線上にある。人の心に“干渉”する術だから、こういうこともできるんだよ」


 緑は腕を組み直し、わずかに眉をひそめたまま呟く。


「……こんなことができるなら、いっそこの館にいる全員に催眠をかけた方が、手っ取り早いんじゃないの?」


 その言葉に、優介は肩をすくめるように応じる。


「できるならな。……でも、それは無理だ」


 静かに、けれど確かな口調で続ける。


「催眠には、かかりやすいかかりにくい体質や性質ってのがある。加えて、絶対に外せない条件がひとつあるんだ。――“俺に心を開いていること”。これがないと、暗示は深く入らない」


 優介はゆみをちらりと見やり、淡々と告げた。


「現時点で、条件を満たしているのは……ゆみさんぐらいだな」


 緑はゆみの無表情な横顔を見つめたまま、少しの間だけ黙り込む。言葉は発さないが、その表情には複雑な感情が交錯していた。


「……優介、あなた、ゆみさんに変なことしてないでしょうね?」


 問いかける声は、静かだが鋭さを帯びていた。


 優介は肩をすくめて返す。


「まあ当然の疑問だとは思うが、もちろんしてない。というより、できないよ。催眠ってのはそんなに万能じゃない。大小あれど、基本的に“本人が本当に望まないこと”はできないんだ」


 緑はじっと見つめたまま、わずかに眉をひそめる。


「……本当に?」


「ああ、本当だ。たとえば、そうだな――」


 優介は少しだけ口元を緩め、視線を緑に向ける。


「緑、お前、今ここでおしっこ漏らすこと、できるか?」


「……………………は?」


 緑の目が見開かれた。一瞬、時間が止まったかのように、まばたきすら忘れている。


 あまりに突拍子もない言葉に、脳が処理を拒否したのだろう。呆気に取られた表情のまま、唇がわずかに震える。


 やがて、表情にじわじわと赤みが差しはじめた。羞恥と怒りが混ざり合い、頬に火が灯るように色づいていく。


 ぬいぐるみを抱える腕に、ぐっと力がこもった。いつのまにかまた取り出したスタンガンの先端がわずかに震えている。


「何? あなた、ゆみさんが無理だったからって、こんな十歳の女の子にセクハラしようとしてるわけ? 最低ね。死んだ方がいいわ。いえ、そんなレベルじゃないわね。人類の敵セクハラ大魔神は今すぐ死ぬべきよ。手伝ってあげようか? 大丈夫、私、得意よ? 手元、わざと狂わせるかもしれないけど、それでもいいなら――」


「よくねーよ! まあ落ち着けって。」


 目が、笑っていない。


 緑は無言のまま、ぬいぐるみからスタンガンを引き抜くと、スイッチを入れた。バチバチと青白い閃光がほとばしる。


 優介は両手を上げ、半歩、いや二歩ほど距離を取る。


「何? 言い訳は聞かないけど、遺言なら聞いてあげるわよ」


 冗談のような響きだったが、放たれる空気には、殺気が混じってるように感じられた。


「……例えばの話だ、トイレでもない場所で、排泄するなんていう行動は、たとえ“そうしなきゃいけない”状況でも、かなり強い抵抗があるだろう?意識的にやろうとしても、そう簡単にはできない。」


 優介は両手を上げたままゆるゆると首を振る。


「こういうのを“心理的障壁”とか“メンタルブロック”とか言ったりする。つまり、どれだけ暗示をかけても、本人の深層で拒否があれば成立しない。……性的なことや、殺人なんかは、特にそういう領域に入る」 



 緑はじっと、スタンガンを構えたまま優介を見つめていた。

 その表情の奥で、何かを測るような、読み取るような視線が揺れていた。


「……言いたいことはわかるけど、もっと他に例えようがあったでしょ?」


「あったな」


「やっぱり、死ぬべきだと思うわ」

【獲得称号】

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京山緑:処刑は得意 ← NEW

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