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異世界に行ける可能性は微粒子レベルで存在している  作者: Lemuria


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32/66

クリスの迷探偵劇場

【称号】

二条院優介:看破せし者 ← NEW

クリスティアーナ:宗教ガチ勢 ← NEW

「優介さん、少しお時間、いただけますか」


 食堂から戻る途中、クリスから急に声をかけられた。

 その声音はいつになく慎重で、敬意を滲ませつつも、どこか覚悟めいた揺るぎを孕んでいた。


 優介は歩みを止め、背後に気配がないことを確認してから頷く。


「……いいけど、どうしたんだ?話なら部屋で聞くぞ。」


「いえ、立ち話で構いません。長くはかかりませんので」


 クリスはそう言って一歩前に出た。その眼差しは普段の柔らかいものとは違っていた。

 胸元の十字架をギュッと握りしめて、体を固くしている。


「私……ずっと、迷っていました」


 目を伏せ、少しだけ言葉を選ぶようにして、彼女は続けた。


「このままでいいのかなって、何度も思いました。あの部屋のことも、そこにあったものも――何もかも」


 声には迷いがない。ただ、静かに、淡々と告白するように。


「でも、どうしても見過ごすことができなかったんです。どうしても。あの人が、あんなふうに殺されたことを……無かったことには、できませんでした」


 優介は、ただ黙って耳を傾ける。


「……優介さん。――おかしいと思いませんか?まるで何もなかったようにするなんて。これでは殺された人があまりにも報われなさすぎます。」


「まあ、そうだな。」


 なんとなく相槌を打ち、また優介は口を閉じる。


「だから、決めました」


 クリスは顔を上げた。まっすぐに、優介を見据えて。


「私が。……犯人を、見つけます。探偵になります。」


「そ、そうか…。」


「優介さん…あなたしか頼める人がいないのです。……私の助手、やってくださいませんか?」


 クリスは、まるで舞台にでも立つかのように手を胸元で組み、潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。


「……いや、待て待て待て。今の流れ、どう考えてもおかしいだろ。俺、なんで助手になってんの?」


 口調は穏やかだが、断る隙を与えない圧があった。

 言い終えてから、クリスは微かに口元を引き結ぶ。彼女にしては珍しい、強い意志の表出だった。


 そして、そのまま。


「では、助手さん。まずは状況の整理から始めましょう」


「ちょっと待て。俺、まだ引き受けて――」


「事件の第一報は、七番の部屋で遺体が発見されたこと。現場の状況は限られた人しか知りませんが、断片的な情報から仮説は立てられます」


 聞いてない。完全に聞いてない。

 優介が言葉を挟む暇もなく、クリスはどこからか空気を切り替えて、淡々と話し出す。


 ――始まってしまった。


 まるで自分が主役の劇の台本でもあるかのように、クリスは滑らかに「迷探偵クリスティアーナ・レインズ」を演じはじめた。


 クリスは一呼吸置いてから、優介に訊いた。


「優介さん、現場を確認されたんですよね。何か……違和感のようなものはありませんでしたか?」


 眉根にしわを寄せながら、優介は渋々答える。


「違和感って言われてもな……あえて言うなら、ドアに無理やり押し入った形跡もなかったし、鍵を開けるまで静かなもんだったな」


「……押し入った?」


 クリスがふと顔を上げた。目がすっと細くなる。


「今、“押し入る”と仰いましたよね?」


「いや、まあ、そう聞かれたから、そう答えたけど……?」


「やっぱり!」


 クリスがぱんと手を打った。


「“押し入る”という言葉は、“外部からの侵入”を意味します。

 しかしそれが“なかった”ということは――これは“内部犯”です! 館の中に、犯人がいます!」


「いや、最初から全員そうだろ。ここ閉鎖空間なんだから」


「いいえ、“押し入る”という単語を優介さんが無意識に使ったことが重要なんです!

 つまり――潜在的に“外部犯の存在”を否定したい心理が働いていた。

 これは、“犯人は仲間内にいるとわかっている人物”の反応――つまり、優介さん、あなたが――」


「待て待て待て待て!! 俺が犯人になるの!?」


 優介の鋭いツッコミにも、クリスは悪びれる様子もなく、むしろ目を細めて頷いてみせた。


「落ち着いてください。まだ“確定”ではありません」


「その前提で話すのやめてくれ」


「ですが、優介さんが“怪しくないとも限らない”ということが分かったのは大きな進展です」


「いや、何一つ進展してないぞ?」


 優介が半眼で返すのもお構いなしに、クリスはくるりと踵を返し、再び勝手に思索モードへと突入した。


 クリスは指を唇に当て、何かを考え込むように目を細めた。


「それでは……次の仮説です。遺体は、靴を履いていましたか?」


「ん? ああ。履いたままだったな。倒れてたのは部屋の中央付近だったと思うけど」


「やっぱり!」


 ぱん、とまた手を打つ。完全に来ている顔だ。


「靴を履いていたということは、犯人は“油断させた”のです」


「は?」


「人は、心を許している相手といるときほど、“靴を脱ごうか迷う”んです。

 でも、脱がずにいたということは――直前まで“この人とどう接すべきか”を悩んでいたという証拠。

 犯人は“警戒と好意のはざま”に立つ、絶妙な距離感を演出していたのです」


「……お前の中で、靴が心理戦の道具になってんのか?」


「はい。靴を履いたまま倒れていたという事実が、“緊張感のある会話があった”ことを裏付けています。

 つまり――犯人は、口が上手いタイプです!」


「え、じゃあお前が怪しくないか?」


「ご冗談を。私はただの探偵です」


「自称な」


 クリスは意にも介さず続ける。


「そして――動機の可能性についてですが、まだ証拠は不十分とはいえ、私はこう考えています」


 わざとらしくあごを指で押さえながら、クリスは静かに口を開いた。


「被害者の外見は、中年で、恰幅があり、髪が薄い方だった、で間違いありませんね?」


「ああ、そうだが……」


「やっぱり!」


 もういいってと思う優介に気がつく様子もなく、ぱん、と三度小気味よく手を打つ。



「そういう人物は大抵“好色家”と相場が決まってます。」


「……当たってるが、偏見がひどいな。」


 しかし、クリスは構わず続ける。


「となれば、犯人の動機が“異性に対する暴行”だった場合、狙われるのは容姿に恵まれた人物――

 つまり、私がターゲットになっていても不思議ではありません」


「……被害者なのに、犯人にされてるぞ、かわいそうに。あと、お前、自分で言うのかそれ」


 優介が呆れ顔で返しても、クリスはまっすぐ彼を見据えた。


「優介さん、冷静に考えてください。私は、容姿端麗で、賢くて、敬虔で、そして何より目立ちます。

 そんな私を、犯人が放っておくと思いますか?」


「……逆に、放っておいたかもしれないな」


 優介の皮肉も通じていないのか、クリスは胸を張って宣言する。


「つまり、犯人は!」


 一呼吸おいて──


「……誰でしょう?」


 体中の息が抜け切るほどの深いため息を吐いて、優介は脱力した。

【獲得称号】

二条院優介:助手(無許可)

クリスティアーナ:名探偵(自称)

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