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白い廊下と食堂

【称号】

二条院優介:ステータス開かない男

 ドアノブを回して一歩踏み出すと、白い壁と白い廊下が視界に飛び込んできた。


「……やっぱり、見覚えはないな」


 無機質で、けれどどこか整った造りの廊下が、ずっと先まで続いている。

 振り返ると、今出たばかりの部屋には『5』と書かれた小さなプレートがかかっていた。


 どうやら、ここは部屋番号で管理された場所らしい。


「にしても……広いな」


 少なくともここはダンジョンでもなければ、モンスターの気配もない。

 とりあえず命の危険は、今のところ感じない。


 だったら、探索してみるしかない。


 歩き出しながら、ふと目に入る扉の数々。

 俺のいた『5』の部屋以外にも、同じように数字が書かれた扉がいくつもある。


 ざっと確認してみたところ、『1』から『12』まで。

そして、数字の書かれていない部屋もちらほらと存在していた。


 とりあえず何部屋かノブを試してみたが、どれも鍵がかかっていて、びくともしなかった。


「……あれ?」


 鍵が開かない部屋をみて、ふと気づく。

 今、俺が出てきた部屋――『5』の部屋――は、鍵を閉めずにそのまま出てきてしまった。


 このまま放っておくのも、なんとなく気持ち悪い。


 一度引き返し、部屋に戻る。

 引き出しの中に、見覚えのない鍵が一つ置いてあった。

 鍵には、小さな『5』の数字が書かれたキーホルダーがぶら下がっている。


「多分、これだよな」


 鍵を手に取り、部屋のドアをしっかりと閉めて鍵をかける。

 がちゃりと小気味良い音がして、改めてその鍵をポケットに突っ込んだ。


 気を取り直して、廊下を進む。


 ほどなくして、目の前に大きめの両開きの扉が現れた。

 わずかに隙間が開いていて、そこからかすかに人の気配が漏れ出している。


 ……誰かがいる。


 どうするべきか一瞬だけ迷ったが、結局、足は自然にそちらへ向かっていた。


 とりあえず、入ってみるか。


 扉に手をかけ、静かに押し開けた。

 

 扉を開けると、中に人がいた。


 男が二人、女が一人。

 いずれも成人しているように見える。こちらに気づいているのかいないのか、特に動揺する様子はない。


 中は広い。

 部屋の中央には長いテーブルがあり、その上には白いクロスがきれいに敷かれていた。

 一目見て、貴族の屋敷にでもありそうな食堂、そんな印象を受ける。


 テーブルの周りには椅子が並んでいる。ざっと見て、全部で十二脚。


 壁際に目をやると、大きな柱時計が目を引いた。古いデザインのものだが、まだ動いている。ゆっくり揺れる振り子の音が、静かな部屋の中に微かに響いている。


 さらに、妙なものも2つ目に入った。

 自動販売機のように見えるが、普通のものとは違う。壁に埋め込まれたそれは、まるで備え付けの家具のように溶け込んでいる。


 ひとつは弁当らしきものがディスプレイされていた。

 もうひとつは、ジュースやお茶、水が並んでいる。 見覚えのないメーカー名が書かれたパッケージが、やけに現実離れして感じられた。


 ……なんだここ。


 一通り見回して、改めてそう思ったところで、静かに声がかかる。


「お目覚めかい?お兄さん。」


 奥にいた男のひとりが、俺に話しかけてきた。

 扉の向こうで、親しげに話しかけてきた男は、ひと目で強烈な印象を残した。


 ……特徴的、という言葉では到底足りない。


 髪は白。漂白したような、人工的ですらある色合いだが、根元から毛先までまったく濁りがない。


 その白髪が、肩にかかるくらいの長さでゆるく流れている。少し光が当たるだけで、細い繊維のように柔らかく透ける。


 まつ毛も白い。ほんのり赤味を帯びた瞳が、妙に印象的だった。


 肌は透き通るように白い。薄い血管の線が、手首のあたりにうっすら浮いて見えるほどだ。


 一般的な「色白」なんて言葉では片付けられない、まるで陶器のような質感。


――アルビノ。


 俺はその単語をすぐに思い出した。

けれど、実際にこんなに鮮烈な姿を目の当たりにするのは初めてだ。


 非現実的なほど整った顔立ち。

 スッと通った鼻筋に、形のいい唇。

 きめ細かい肌と、儚い色素。


 すらりとした長身に、身体のラインを自然に拾うシンプルな黒シャツと黒のスラックス。

 どこにでもある服の組み合わせなのに、彼が着るとまるで高級ブランドの広告みたいに映える。


 首元には、小さな銀のネックレスが一つだけ。主張しないのに、なぜか目に残る。


 だけど、そんな完璧な外見とは裏腹に、彼の放つ雰囲気はどこまでも柔らかく、親しみやすかった。


「そんなに警戒しないでよ」


 彼は、まるで旧知の友人にでも話しかけるように、静かに微笑んだ。

 声も穏やかで、耳に心地良い低さだ。


「僕たちも……お兄さんと、たぶん同じだ。目が覚めたらここにいて、それだけ。何もわからない」


 どうやら、俺と似た状況らしい。


「ところで……お兄さん、名前を教えてくれる?」


 警戒はすぐには解けないが、これ以上黙っているのも不自然だ。


「優介……でいい」


「優介さん、だね。うん、よろしく」


 彼は軽く笑って、名乗った。


「僕は竜堂晃りゅうどう あきら。十九歳」


 優介は、思ったより若いな、と感じた。成人だと思い込んでいたが、自分より年下の未成年だったようだ。


「私は佐伯蓮さえき れんだ」


 二人目の男がゆっくり名乗る。

 短く整えられた髪に、無精ひげ。

 顔つきは穏やかだが、どこか疲れたような雰囲気をまとっている。


 着ているのは、少し皺の寄ったシャツと、くたびれたジャケット。

 一昔前のビジネスマンといった印象だ。だが、それが逆に落ち着いた大人の雰囲気を醸し出している。


「よろしくな」


 彼は短くそう言って、優介に微笑んだ。


「天ヶ瀬ゆみです」


 最後に名乗ったのは、物静かな女性だった。


 ぺこりと、丁寧に頭を下げる。


 柔らかな濃い茶色のロングヘアを、背中の真ん中あたりにゆるく流している。


 白いカットソーに、濃紺のロングスカート。どこかふんわりした印象の服装だ。


 背は高く、姿勢は柔らか。物腰も落ち着いていて、話し方もおっとりしている。春先の雨音のような声が、耳に静かに染み渡るようだった。


 年齢は……三十歳前後だろうか。まあ、女性にそんなこと聞けるわけもないが。


「僕は半日くらい前に目が覚めたんだけどね」


晃が続ける。


「ここには、どうやら同じ境遇の人しかいないみたい。他の人にも話を聞いたんだけど、みんな――誰も、何も知らなかったよ」


 彼はそう言って、苦笑した。


 「にしては……ずいぶん落ち着いてるように見えるな。」


 思わず、俺は目の前の白い男にそう声をかけた。


 目を覚ましたら知らない場所にいて、理由もわからない。普通なら、もっと取り乱してもおかしくないはずだ。


 けれど、晃はわずかに口元を緩めるだけだった。


「うん、まあ……驚きはしたけどね。でも、どうしようもないことをいつまでも騒いでても、状況は変わらないから。」


 晃はあくまで柔らかい声音だった。

それでいて、どこか達観したような冷静さがあった。


「そもそも、僕、結構こういうのに憧れてたんだ。突然異世界に飛ばされるとか、ゲームみたいな環境とか……子どもの頃、よく考えてたんだ。」


「まあ、わからなくはない。俺も最初、異世界転生でもしたのかと思ったしな。」


 俺は苦笑しながら返す。


「でも、最初はやっぱり驚いた。部屋の中をぐるぐる回ったり、隠し扉を探したりしてさ。今思えば完全に挙動不審だった。」


「ふふ、優介さんも同じだったんですね。」

おっとりとした声が割り込んだ。天ヶ瀬ゆみが、小さく微笑んでいる。


「私も最初は本当に怖かったんですよ。」


「ゆみさんは、最初からずいぶん落ち着いてたじゃないか。」


 晃がそう言うと、ゆみは少し恥ずかしそうに笑った。


「佐伯さんと、緑ちゃんに最初に会えたのが運が良かったんだと思います。」


「緑ちゃん?」


「あ、緑ちゃんっていうのは……十歳くらいの、とても可愛らしい小さな女の子なんですよ。」


 小さな子どもまで、こんな場所に――。

 自然と、眉間に皺が寄っていた。


「……子どもまで、巻き込まれてるのか。」


「うん。」

 晃が静かに頷く。


「でもね、緑ちゃんも……驚くほど受け入れるのが早かったよ。僕の方が逆に戸惑ったくらい。」


「大人でも混乱する状況なのに、子どもが冷静なんて……」

 思わず呟く。


「佐伯さんだって、ずっとこんな調子だし。」


 晃が佐伯の方を軽く顎で示す。


 優介もつられて視線を向けた。


 佐伯は、どこか遠くを眺めるようにしながら、手にしたタバコの灰を灰皿に落とす。


「私は……そうだな。もう、大抵のことには驚かない年齢だからな。」


 穏やかな声音。冗談めかした言い方だったが、不思議と嘘には聞こえなかった。


 ……この状況が“大抵のこと”に含まれるのか?

 優介は思わず、内心で突っ込んだ。

【獲得称号】

佐伯蓮:悟った中年 ←NEW

天ヶ瀬ゆみ:おっとり物静か ←NEW

竜堂晃:アルビノ優男 ←NEW

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