VS柊小江
【称号】
二条院優介:ナンパ撃沈中
柊小江:優介の応援者
「……小江、少し良いか」
静まり返った館内の廊下に、優介の声が低く響いた。
呼び止められた小江は、すぐには答えず、やがて何かを思い出したように立ち止まり、軽くスカートの裾を揺らしながら振り返った。
「……あら、優介くん。デートのお誘いかしら?」
「違う。聞きたいことがある」
「それは残念ね。なにかしら?」
飄々とした態度は変わらないが、優介は真っ直ぐ視線を合わせたまま続ける。
「七番の部屋のことだ。……お前、何を知ってるんだ?」
小江はわずかに目を細める。だが、その口元には笑みが浮かんだままだ。
「知ってることしか知らないわよ? たとえば、優介くんの部屋の近くにあるとか」
「そんなことを聞きたいわけじゃないって、わかるよな?」
「違うの? それじゃあ、何を聞きたいのかしら?」
「中に何があるか、知っていたのか、だ。」
優介の声に、わずかに間を置いて、小江は視線を通路の向こう側の方へ滑らせた。
「“何かがある”という予感と、“何があるか”の確信って、似ているようで全然違うの。たとえば、空気の中に湿気を感じても、雨が降るとは限らないものよ」
抽象的な物言いに、優介はわずかに眉をひそめる。
「……はぐらかすな」
「あら? 優介くんが勝手にそう感じただけじゃなくて?」
心底心外そうに、小江は肩をすくめてみせる。
「じゃ聞き方を変える。鍵を開ける前に、部屋の中を見たことがあったのか?」
その問いに、小江は優介の方へ真っ直ぐ向き直る。
「見てたら、どうなるの?」
「答えろ」
「どうして?」
「……隠す理由があるってことか?」
「答える理由の方がないのかもしれないわよ?」
「………」
優介は言葉を返せず、息を呑むことしかできなかった。小江の視線はまるで霧の向こうにあるように遠く、つかみどころがない。
だが次の瞬間、彼女はふっと笑って片手を口元に添えた。
「ふふ、いじわるしすぎたかしら? ……答えてあげる。中を見たのは、あの時が初めて。本当よ」
声の調子は柔らかく、嘘を言っているようには見えない。だが、それ以上確かめるすべもない。
「だったら、なんで……」
優介が問いを継ごうとしたその時、小江が割り込むように言葉を挟んだ。
「でもね、優介くん。“知っていたかどうか”って、そんなに大事なこと?」
「……大事じゃないとでも?」
「私が“知っていた”としても、“見ていない”なら、それは本当に“知っていた”って言えるのかしら?」
「詭弁だな」
「詭弁よ」
お前……、と喉元まで出かかった言葉を、優介は飲み込んだ。
そんな彼を見て、小江はくすりと笑い、わざとらしく声のトーンを変えた。
「じゃあ、いいわ。優介くんに、特別に私の秘密を教えてあげる」
「……秘密?」
「私ね、幽霊が見えるのよ」
「真面目に答える気はないってことだな」
「さあ、どうかしら。信じるも信じないも、優介くん次第よ?」
それきり、小江はふわりと笑っただけだった。
どれだけ追及しても、これ以上の答えは引き出せそうにない。
優介は小さく息を吐くと、わずかに肩をすくめて言った。
「……もういい」
「いいの?」
「無駄に言葉を交わしても、煙に巻かれるだけだってわかったからな」
皮肉混じりに言い残して、その場を離れようとする。
だが背を向けた瞬間、小江の声が軽やかに響いた。
「……でも、今日の優介くん、いい顔してたわ。ふふ、デートのお誘いじゃなかったのが残念ね」
振り返ると、小江は小さく手を振りながら、いたずらっぽく微笑んでいた。
まるで最初から、すべて遊びの一環だったかのように。
優介は一瞬だけ言葉を失い、それから無言でその場を後にした。
背後に残る、小江のくすくすとした笑い声が、しばらく耳に残っていた。
まったくもって、成果は皆無だった。
小江は――あいつは、確実に俺のことを知っている。
だからこそ、あんな言い回しを選び、あんな態度を取った。それもこれも、俺の「能力」をかわして受け流すため。
そこまで優介に対して詳しく知っている人間は限られている。
まず間違いなく――うちの学園の関係者だ。
あの学園は、俺の父が作った場所だった。
“普通”じゃない子どもたちが、“普通”の社会で排斥されないように。
特異な能力、極端な知能、特殊な体質。そういった者たちを集め、彼らにとって唯一「居場所」と言える環境を作ったのが、あの場所だった。
見返りに、学園は生徒たちの特質を研究し、外部の組織にデータを提供していた。
金銭的な支援も、教育も、生活も、すべて破格の待遇だった。
そのかわり、俺たちは常に“観測される存在”でいなければならなかった。
それでも――あの場所で得たものは、大きかった。
理解者がいて、仲間がいて、そして、あいつがいた。
だから俺は、あの学園に戻らなければならないんだ。
だがもし、この状況に小江が関わっているとすれば。
そしてその小江が、あの学園の人間だとするなら。
……ありえない話ではない。
あの学園なら、こういうことを、やりかねない。
小江は何かを知っている。
俺を知っていて、この館のことも、たぶん何か知っている。
正面からでは、正直どうしようもない。真正面から問いただすだけじゃ、今後もあいつは何も明かさないだろう。
だが、それでも――あいつをどうにかしなければ、この館の出口にはたどり着けない。
小江が隠している何か。
それを暴くこと。それこそがーー
俺に課せられたクエストだ。
【獲得称号】
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