銀貨三枚分の信頼
【称号】
二条院優介:愛され上級国民
青峰透華:鍵職人
佐伯蓮:完遂者
京山緑:盤面制圧幼女
水島芹香:5連敗ガール
廊下を歩きながら、透華は鼻歌でも歌い出しそうな勢いで口を開いた。
「あたしの親父、鍵師だったのよ。なんか難しい資格も持ってたし、腕も一流だった。でもそれだけじゃ食ってけねぇから、夜は“副業”ってやつしててさ。……まあ言わなくてもわかるでしょ?」
肩をすくめながら笑うと、そのまま話を続けた。
「そんな家で育ったから、鍵開けなんてのはもう、物心ついたときにはできてた。親父のピックツールが普通に机の引き出しに入っててさ、最初は遊び道具みたいなもんだった。ガキの頃、親父の金庫勝手に開けたことあってさ。そのとき言われたんだよ。“筋がいい”って」
どこか懐かしそうに笑みを浮かべる。
「親父の副業手伝ったりも良くしてた。道具があれば、あたしに開けられない鍵はない。ちゃんとした鍵ならね。でもカードキー? あんなもんは鍵じゃねぇよ。ピッてやるだけで開くなんて、風情も技術もあったもんじゃない」
鼻で笑うように言い放つと、透華は懐から取り出したピックツールを指に引っ掛けてくるっと回す。
「鍵ってのはさ、人間の知恵と欲望と歴史が詰まった、最高に粋な仕組みなんだよ。だからこそ、開ける価値がある。技術と指先だけでねじ伏せる――それがあたしにとっての誇りで、何よりの快感なんだわ」
優介は黙って透華の話に耳を傾けていた。
透華と並んで歩く道すがら、優介はポケットから銀色の鍵を取り出した。小さな窪みが並ぶ、その無骨な形状をしげしげと見つめる。
「……でもこれ、ディンプルキーだぞ。本当に開けられるのか?」
問いかけは素直な呟きだったが、透華は鼻で笑う。
「ディンプルだろうがディスクタンブラーだろうが、あたしにゃ関係ねぇよ。鍵ってのは“構造”だ。構造があるってことは、やり方次第でどこかに必ず突破口があるってことだろ?」
言葉には、根拠ある自信と誇りが滲んでいた。虚勢ではなく、技術者としての確信に裏打ちされた声だった。
優介は少し笑みを浮かべそんな彼女の横顔をちらりと見ると、ふと話題を切り替えた。
「……芹香の部屋も、俺の部屋も。入ったけど、何も盗ってはいないんだな」
透華は少し顎を引いて優介を見やった。
「おいおい、当たり前だろ。どんなバカでも、この状況で全員敵に回すような真似はしねぇっての。デカ乳嬢ちゃんの部屋ん時だって、言ったろ? 確認しただけだってさ。事を起こす前の下見ってのは基本中の基本なんだよ。」
言い終えると同時に、透華は腕を組んで得意げに鼻を鳴らした。
「……まあ、もっともな話ではあるな」
ぽつりとこぼした声に、透華は「でしょーよ」と気楽に肩をすくめる。
そんな風に言葉を交わしながら歩くうち、視線の先にもう見慣れた食堂の扉が見えてきた。
「先にメシ食ってからでいいな? 臨時収入も入ったしさ」
透華がそう言って、上着のポケットから銀貨を三枚、じゃらっと取り出して見せてきた。
指先でつまんだ硬貨が、ひとつだけ器用に弾かれ、空中でひと回りしてから透華の掌に戻る。
ん?
優介は一瞬だけ、その仕草に違和感を覚えた。だがすぐに何かに気がついた様子で、自分のポケットに手を入れる。
ない。
出る前、透華の部屋から出る時に、確かにポケットに入れたはずの銀貨三枚。だが、そこには何もなかった。
目線を上げると、透華がこちらを見てニヤリと笑っていた。
「……お前まさか。」
声は静かだったが、言葉には苦笑交じりの呆れが混じっている。
「ふふん、あたしのスキルがピッキングだけだなんて言ったか?」
透華は肩をすくめ、悪びれた様子もなく銀貨をひとつ指で回しながら続ける。
「最初からあたしにくれるつもりで持ってきたんだろ? だったら別にいいじゃん」
優介は一拍置いてから苦く息を吐いた。
観念したように、しかしどこかで感心すらしていた。
透華はにかっと笑ってみせ、
「あんたじゃなきゃ見せてねーよ。知られて良いことなんか、ひとつもねぇんだからなこんなこと。」
透華は再度銀貨をひょいと指で弾いて見せた。
その仕草はどこか誇らしげで、まるで悪ガキが宝物を自慢しているかのようだった。
どうやら、ずいぶん気に入られたらしい。これは彼女なりの信頼の証なのだろう。
―― まあ……銀貨三枚分の“信頼”ってのも、悪くはないか。
優介は苦笑しながら、静かにため息を吐いた。
中に入ると、食堂で待っていた四人が一斉に視線を向ける。
小江は上手くやったんだねとも言いたげな意味ありげな微笑をこちらに向け、芹香は露骨に不機嫌になる。
「……なんでこいつがいるのよ」
毒気を含んだ声に、透華は眉一つ動かさず応じた。
「あ? あたしは優介に泣きつかれて頼まれたからここにいるんだよ」
いつ泣きついたっけかな、そう思いながら、何も言わず静かに元々座っていた席へと腰を下ろした。
「おはよう、お姉さん!」
緑が透華に向かって、ぱっと笑顔を向けて元気よく挨拶する。
透華はその勢いに一瞬たじろぎながらも、気の抜けたように手をひらひらと振った。
「……お、おう。……元気だな、ちっこいの」
どこか対応に困ったような気配を滲ませた。どうやら子どもはちょっと苦手らしい。
透華はポケットから銀貨を三枚取り出し、自販機で弁当と飲み物を購入した。
その銀貨が、まさに先ほど優介のポケットから“拝借”したものだったことは、優介と透華だけしか知らない。
レンジで温めた弁当を手に戻って来て、佐伯の隣に座る。すかさずテーブルの上にあったタバコを見て言う。
「おっさん、良いもん持ってるな。一本、あたしにもくれないか? 礼は優介がしとくから。」
佐伯はふっと目を細め、ライターを乗せた箱ごと透華に滑らせた。
「どうぞ。一人で吸ってても、寂しいもんだったからな。」
火がふたつ静かに燃え、煙が立ち上る。
湯気の立つ弁当をつつきながら、透華がふいに口を開く。
「それで……七番の部屋を開けたいんだってな」
箸を止めたまま、彼女はちらりと優介を見る。
「あたしは優介から正式に依頼を受けて、報酬も貰ってる。だから鍵を開けるとこまではやってやるが……その後のことまでは関知しねー。いいな?」
静かに言い切るその声に、テーブルを囲む面々の空気がわずかに動いた。
「……鍵を開ける? どうやって?」
芹香の問いかけに、透華は面倒くさそうに肩をすくめる。
「あとでどうせわかるが……こいつでな」
そう言って、懐から取り出した小さなポーチを開ける。中には精巧なピックツールが数本、丁寧に並べられていた。
「これ、なに?」
隣で身を乗り出した緑が、目を輝かせながら訊く。
透華はくくっと笑い、緑の頭を軽く指先でなでた。
「魔法の道具だよ、ちびっ子。」
その一言に、芹香が目を見開く。
「……あんた、これで、あたしの部屋に……!」
声にわずかに怒気が混じったのを、透華はまったく意に介さない様子で受け流した。
「はいはい、デカ乳嬢ちゃんは大人しくしてな。あんま怒ってばっかいると乳がしぼむぞ。」
優介が、慌てて芹香の肩を抑える。
「まあまあ芹香、落ち着いてくれ。どうしても透華は必要なんだ。」
芹香はどいつもこいつもなんでしぼませたいのよとかブツブツ言いながら不貞腐れてそっぽを向く。
透華は何食わぬ顔で、再び弁当に箸を伸ばした。
佐伯がふと透華の方を向き、落ち着いた声で尋ねた。
「透華くん、その道具……宝箱の中に入っていたのかな?」
「ん? ああ、そうそう。金貨一枚で開く箱にな。間違いなく、あたしがずっと使ってたヤツだ」
透華は食べ終わった弁当のふたを片手で押さえながら、軽く答える。
「ふむ……」
佐伯はタバコを咥えたまま目を細め、しばし考え込むように視線を落とした。
「他に、箱を開けたって人はいるか?」
食卓を囲む面々が、それぞれに小さく首を横に振る。どうやら、この場には他に該当者はいないようだった。
優介は、思い当たる限りのことを口にする。
「俺が知ってる限りだと……クリスが救護室…三枚箱を開けてた。あとは、真田が“何か”を開けたとは言ってたな」
「なるほど……」
佐伯が低く呟く。タバコの煙が細く揺れた。
「タバコもそうだったが、どうやら、箱の中身は、その人間に縁のある物が選ばれている傾向があるな……一体何が目的なんだ。」
佐伯の言葉に、場の空気がわずかに沈む。
けれどその沈黙を、透華の声があっけらかんと破った。
「ま、考えてもわかんねーことは、考えても仕方がねー。」
弁当の空になった容器をトンと置いてダストボックスに放り込み、伸びをひとつ。
「さ、メシも食ったし。そろそろ仕事すっか」
その一言に、空気が少しだけ動いた。
透華は椅子から腰を上げ、何食わぬ様子で廊下に向かう。優介がその後に続くと、残る面々も何とはなしに立ち上がった。
緑は目を輝かせながら、何が始まるのかとでも言いたげに小走りでついていき、小江はいつになく伏目がちの暗い表情で、黙って後を追う。
芹香はまだどこか納得がいかない様子だったが、何も言わずに立ち上がる。
佐伯も、静かに煙草を消して、みんなの背中を見つめながら歩き出した。
そうして一行は、開かずの七番の部屋へと向かっていった。
【獲得称号】
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