7番の部屋
【称号】
二条院優介:ちょっとした大事件
佐伯蓮:盤上の懐古者
柊小江:大人げジャッジメント
京山緑:盤面制圧幼女
水島芹香:5連敗ガール
最後の一手を打ち終えて、優介は駒にそっと触れた。
盤面を見下ろしながら、静かに言葉を落とす。
「……詰みだな。俺の勝ちだ。」
わずかに口元を歪め、視線を佐伯へと向ける。
対する佐伯は、敗北の形を受け入れたように、盤面から目を離さなかった。
「将棋ってのは“本質が出る”って言ってたよな」
優介は続ける。
「でも、正直……そんな過去を話して、それで納得してるような人には見えない。
全部奪われたって言ってたけど、失ったというより、自分から“詰み”を選んだような――そんな風に映った。」
そして、静かに言葉を継ぐ。
「でも、それを悪い変化だとは思わない。
……何が、あなたをそうさせたんだ?」
佐伯はふと眉を上げ、驚いたように優介を見た。
そして――
「……ははっ」
静かに、けれど明確に笑った
「……ああ、なるほど。これはまいったな」
まるで肩の力がふと抜けたように、ゆっくりと背もたれに体を預ける。
「……復讐を、済ませたんだ。徹底的に、な。」
静かな口調だった。激情はなく、むしろ乾いていた。
「社会的にも、精神的にも、完全に追い込んだ。自殺未遂まで追い込んで……それでも生き延びたから、最後はこの手で、きっちり“詰ませた”。
あいつは、奪ったものの重さを、自分の命で払った。それだけのことだ。」
盤面の一点を、意味もなく見つめる。
「……激情がなかったわけじゃない。
けど、それ以上に、あれは“やるべきこと”だった。
ただ手順をなぞるように。予定された詰みを指し続けた、それだけだ。」
わずかに目を細め、優介の方に視線を向ける。
「それでも君は、それを“変化”だと言ってくれた。……ありがたいよ。
人間ってのは案外、自分がどう変わったのか、自分じゃ気づけないものだからな。」
そして、ふっと柔らかく笑った。
「自分を理解してもらえるってのは、……いいものだな。」
佐伯が淡く笑みを浮かべながら駒を戻し始めると、緊張していた空気がわずかに和らいだ。
「ありがとう、優介くん。……しかし強いな。私はアマチュアだが、一応段持ちなんだがね。いやはや、完敗だ。」
「ねえ、お兄ちゃん、今のって――勝ったの?」
緑がすとんと椅子から立ち上がり、優介の方へ身を乗り出してくる。何気ない様子で、首をかしげながら覗き込んできた。
「ああ、一応な」
「やっぱり強くてずるい!」
緑がぷくっと頬を膨らませる。
そこへ、小江が静かに声を挟んだ。
「ずるいよねぇ、緑ちゃん?」
「ずるいってなんだよ」
「ふふ、褒め言葉なんだから。素直に受け取っといてあげたら?」
小江のくすりとした笑みに、優介も少しだけ肩の力を抜いた。
ふと、その横で黙っていた芹香に目を向ける。
彼女は無言のまま、じっと将棋盤を見つめていた。どこか遠くを見ているような、けれど確かに目の前の盤面に集中しているような、不思議な気配。
「……ねえ、優介」
不意に呼ばれた名前に、優介はわずかに目を見張る。
──名前で呼ばれたのは、これが初めてじゃないか?
芹香は視線を盤面に落としたまま、続ける。
「佐伯さんが言ってたことなんだけど…。」
言いながら、ふと何かを考え直すように首を横に振る。
「……いや、やっぱりいい。忘れて」
そう言って、彼女は再び静かに口を閉ざした。
食堂に集まったみんなで、遅めの朝食とも、早すぎる昼食ともつかない食事を摂る。
四人がそれぞれに箸を動かす中、ふと佐伯が視線を上げた。
「……そういえば、七番の部屋のことなんだが」
その一言に、場の空気がわずかに引き締まる。箸を止めた優介が、佐伯を見る。
「中の人を見かけたことがある、という人はいるか?」
皆一様に首を振った。
芹香が少し考えてから、そっと手を膝の上で組む。
「会ったことがない人で言うなら……私はまだ、“長月”って人に会ったことありませんけど。」
その名を聞いて、優介は心の中で、初日の自己紹介を思い返す。あと時は居なかったが、晃が呼びに行って断られたと言ってたのが紅葉とか言う人じゃなかっただろうか。
長月紅葉というのか。
「俺もだな」と優介が続ける。
小江が器を静かに置いて、柔らかく声を挟んだ。
「私と緑ちゃんは、初日に一度だけ顔を合わせましたね。」
「うん」と緑が頷く。
「でも、それっきりだよ。お話もしてないし。」
佐伯は静かに頷き返した。
「私は、一番最初に目を覚ましたこともあって、全員と顔は合わせている。長月くんが起きて来た時にも、私が状況を説明した。なんというか…ひどく落ち着いた女性だったよ。だが…」
佐伯はわずかに首を振った。
「七番の部屋だけは、今まで一度も開いたのを見たことがない。鍵がかかっていて、中に入ることができない状況だ。」
言葉を聞いた面々の表情が、少しだけ曇る。
芹香が小さく呟く。
「……三日目ですよね。今」
「そうだ」と佐伯は静かに頷く。
「もし中に誰もいないのなら、それで済む話だが……そうでなかった場合、三日間も食事も水も摂らずにいるということになる」
「それは、さすがにまずいかもしれないな」
優介の言葉に空気が少しだけ張りつめる中、小江は茶碗を手にしたまま、ぽつりと呟いた。
「……行くの?」
優介が怪訝な視線を小江にむける。
「無理に扉をこじ開けようとすると、閉じてた意味を踏みにじることになるかもよ?」
冗談とも本気ともつかない声色で優介に問いかける。
「箱は開ける前が1番楽しいんだって言ったじゃない?知らないものを怖がるよりも、知ってしまったものの無力さが、いちばん怖いと思うの。閉じたままの箱には、まだ夢が詰まってるもの。それを手放すには、まだちょっと惜しいでしょ?」
「お前一体…」
何が言いたいんだ?と続けようとしたところ、
佐伯が被さるようにして小江に問いかけた。
「小江くんは、このままの方が良いって思ってるってことかな?」
小江はゆるゆると首を振り、
「いえ、そういうことではありません。」
と断定口調で言った。
「私はただ…」
優介の方をチラリとみる。
「優介くんを、応援したいだけです。」
そう言ってニコッと微笑んだ。
優介は小江の言葉に、しばし返す言葉を失っていた。
飄々とした態度の奥にある本心を、いつものように読み取ることができない。
不意に静寂が訪れた中で、小江がすっと懐から何かを取り出す。
「優介くん、これ」
そう言って、優介の手を握って開き、小さく指先に挟んだ金貨を一枚、掌にそっと置いた。
「……なんだ、これ」
小江に握られた余韻を掌に残しながら優介は手渡された金貨を怪訝な顔して見つめる。
「カンパよ。応援してるって言ったじゃない?」
小江はいつものように軽く首を傾げながら微笑んだ。
けれど、その笑みにほんのわずかな信頼感のようなものが混じっていた気がして、優介は思わず目を細める。
「……お前、俺のやろうとしてること、わかってるのか?」
問いかけに、小江は肩をすくめて、すました顔で答える。
「さあ、どうでしょう?」
まるで問いかけにすら応えず、ただ優介の中の優介では見えない部分にそっと答えを置いていくような声音だった。
【獲得称号】
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佐伯蓮:完遂者 ← NEW
柊小江:優介の応援者 ← NEW




