静かな一局
【称号】
二条院優介:幼女キラー
京山緑:盤面制圧幼女
水島芹香:5連敗ガール
佐伯蓮:悟った中年
柊小江:ミミック提唱者
唐突に食堂の扉が開く。
「おはよう……賑やかだな、朝から」
先に足を踏み入れた佐伯は、落ち着いた足取りのまま室内を見回し、優しく目元を細めた。
その背後から、小江がふらりと現れる。眠たげなまなざしで室内を一瞥しながら、ゆるく口を開く。
優介と視線が合うと、小江はちょっとだけ口角を上げて軽く手を振った。
すると、待ってましたとばかりに緑が飛び出した。
「小江お姉ちゃん!」
緑が満面の笑みで駆け寄ってくる。足取りは軽やかで、今にも跳ねそうな勢いだ。
それに対し、小江はゆるやかに首を傾け、眠たげな目で緑を見つめる。
「おはよう、緑ちゃん。どうかした?」
「お兄ちゃんが、本気でリバーシしてきたの!」
「……リバーシ? やってたの?」
「うん! 緑、負けちゃった!」
「……ってことは、“お兄ちゃんに負けた”ってこと?」
「そうなの! ひどいよね!」
小江はふっと唇の端を上げ、リバーシの盤面に視線を落とした。
「……ふふん?」
そして、優介の肩越しにちらりと盤面を覗き込む。
「緑ちゃんが“お兄ちゃんに負けた”って、ちょっとした事件だねぇ」
「それだけで事件扱いか?」
優介は皮肉っぽく笑いながら問い返す。
「だって緑ちゃんに勝つって、相当な精神力必要そうじゃない? ほら、罪悪感とかさ」
「まあ……ないこともないけど」
「でしょ? それでも勝ちに行くあたり、やっぱり優介くんって……」
小江はわざとらしく言葉を切り、くすりと笑う。
「……なんだよ」
「ううん、なーんでもない」
「……おい、言えよ」
「言った方が良いの?」
「いや、やっぱ――」
「大人気ない。」
「………」
小江の一言に、優介は口を閉じた。
静かに息を吐き、天を仰ぐ。
その様子を面白がるように、小江は一歩後ろに下がり、涼しげな顔で肩をすくめる。
「ま、でも。緑ちゃんに勝つなんて、やるじゃない」
ふわりとした声で、からかいが混じりの褒め言葉が発せられる。優介はもう一度、深いため息をついた。
その様子を一通り見てから、佐伯が優介に声をかける。
「私はリバーシはわからないが……将棋なら多少、腕に覚えはあってね。優介くん、ひとつ、付き合ってもらえないかな?」
その言葉はあくまで柔らかだったが、どこか試すような響きを含んでいた。
「ああ。将棋は……久しぶりだ。」
優介は軽く頷き、立ち上がって将棋盤と駒箱を取りに向かう。戻ってくると、佐伯と向かい合うようにテーブルを挟んで座り、無言のうちに駒を並べ始めた。
その様子を見ていた緑が、何気ない動作で席を離れる。
「お兄ちゃんの勝負、見学しよーっと」
そう呟いて、優介の右隣へすとんと腰を下ろす。足をぶらぶら揺らしながら、じっと盤面を覗き込んでいる。
一方で、芹香は特に言葉も表情も変えぬまま、その気配に少し遅れて立ち上がった。
やや逡巡したあと、空いていた優介の左側の席に静かに座る。
彼女の視線もまた、盤面に注がれていた。
小江はというと、特に気にする様子もなく佐伯の隣へ腰を下ろす。
「……さて」
佐伯が駒箱の蓋を取り、ゆっくりと駒を並べ始める。優介も向かいから手を伸ばし、対になる駒をひとつずつ配置していく。
初手は、佐伯の歩がゆっくりと前へ進むところから始まった。
それを受けて、優介も歩を進める。互いに、まるで呼吸を合わせるような滑らかな手つきだった。
「……私はね、将棋ってのは、その人の"本質"が出るゲームだと思ってるんだよ」
ぽつりと佐伯が口を開く。
「差し方、受け方、攻め方――どう動いて、どう引くか。理屈の裏に、意地や欲や、怖れがにじむ。盤面には、本人の生き方が出るんだ」
優介は静かに駒を置きながら、目だけを佐伯に向ける。
「若い頃、よく将棋を一緒に差してた友人がいた。斉藤って男だ」
その名を出したとき、佐伯の声音にわずかに湿り気が混じった。
だが、その表情は相変わらず淡々としている。盤を挟んで対面する形ながらも、語る姿は、まるで独り言のようだった。
優介の手元を見つめながら、佐伯は静かに語り出す。
「奴の打ち方は徹底してたよ。最短距離で勝つことしか考えていない。駒も、人も、全部“使う”対象だった」
佐伯は淡く笑って、続ける。
「情とか、形の美しさとか、そういうのは一切なかった。とにかく勝てばいい。その冷たさを、俺は長いこと見誤ってたんだろうな」
優介は無言で手を進める。駒音が一つ、卓上に響く。
「負け続けたのに、なぜかあいつと打つのは楽しかった。……今思えば、すでにあの時から、“負ける役”を引かされてたのかもしれない。……まあ、私があまり人を疑わない性分だったのもある。あいつは、そういうところをよく分かってたんだろうな」
優介は返す言葉を挟まず、黙って次の一手を打つ。
その横で、緑が体を揺らして盤面を覗き込み、芹香は微動だにせず、ただ視線だけを動かしていた。
小江は佐伯の隣で、足を組み替えながら静かに耳を傾けている。
「……大学の時、一人の女性に惚れた。とびきり綺麗でね、でも気が強くて、周囲が近寄りがたがるような人だった。……私は、どうしても目が離せなかった」
角行が動く音が、やけに硬く響いた。
「気がつけば付き合って、結婚して、子どももできた。人生ってのは、こうやって形になるんだなと思ったよ」
一瞬、手が止まる。佐伯は次の駒を指先で撫でるようにしてから、そっと前に出した。
「……だけど、斉藤はずっと見てたらしい。私が手に入れたものを、ずっと――欲しがってた」
優介の表情がわずかに引き締まる。彼はすぐに手を伸ばし、歩を一つ進めた。
「後で分かったことだけど、あいつは最初から、そこを狙ってたんだ。仕事で組んで、次第に周りを固めて……私の背後を、ゆっくりと、でも確実に削っていった」
「……書類も全部確認してた。数字も整ってた。けど、裏では仕込みがされてた。私の名前で動かして、私だけが責任を負うように、綿密にな」
言葉は静かだったが、そのひとつひとつには長年染み付いた重みがあった。
「最終的に残ったのは借金だけ。会社も、家も、取引先も――全部、奪われた。
妻は離婚して、子どもは妻のもとに。あとで聞いたよ。……あいつ、私がいなくなったあと、妻のところに通ってたってさ」
誰も言葉を挟まない。緑でさえ、さっきまでの足ぶらぶらを止めてじっと黙っている。
「私は、悪意ってものを知らなかった。人がここまでやる――そういう現実を知らなかった。……それだけだ」
佐伯は少しだけ視線を落とし、駒を挟むように両手を組んだ。
「甘さもあったろう。警戒心がなかった。けど……何より、私は人を見る目がなかった」
「……まあ、そういうもんだよ」
最後だけは少しだけ小さく、独白のように。
それでも対局は続いている。駒は進み、盤面は少しずつ形を変えていく。
佐伯は、ふと優介の顔を見る。
「将棋はその人の本質が出るって言ったろう。」
静かな盤上に、佐伯の言葉が落ちる。
目の前の盤面を眺めながら、彼はふと遠くを見るように目を細めた。
「優介くんの差し方は、妙に静かだ。手に迷いがないのに、どこか空白を感じる。……最初にそれを見た時、少しだけ怖くなったよ」
駒を置く音が、わずかに重く響く。
「君は、“元から空っぽ”なのかもしれない。自分を持たず、相手の形に合わせて変われる鏡のような人間だ」
「でも、それだけじゃない。いざ目的が定まれば、躊躇なく踏み込む。手段も情も飲み込んで……勝ちに行く覚悟がある」
佐伯は駒箱の蓋に手をかけ、そっと指を滑らせた。
「そう言ったところも含めて君の魅力なのだろう。
その魅力に惹かれてきた誰かのことを……少しでいい、気にかけてやってくれ。」
静寂のなか、ただ時計の秒針だけがコツコツと響いていた。
【獲得称号】
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