出てきたら五連敗
【称号】
二条院優介:芸能オンチ
京山緑:芹香釣り名人
水島芹香:ちょろいねっ
「……せりかちゃん先でいいよ?」
「ふん。後悔しても知らないから。」
強気な口ぶりとは裏腹に、芹香がリバーシをちゃんと理解しているかはやや怪しい。
挟んでひっくり返すだけの単純なルール。けれど、先行譲られてる時点で勝負は見えた気がした。
けれど本人はまったく意に介さない様子で、石を一つ、盤上に置いた。
序盤――芹香はわりと互角に渡り合っていた。だが、中盤に差し掛かる頃には明らかに差がつき始める。
緑は無邪気に石を置きながら、じりじりと盤面を制圧していく。対して芹香は、選べる手がどんどん限られていき、気づけばほとんど打つ手がなくなっていた。
「……は?」
そのひと言が出た時には、すでに勝負はついていた。
「はい、緑の勝ち〜!」
明るく宣言された敗北。芹香は無言で盤を睨みつける。
「もう一回よ!次は勝つわ!」
その声には、思った以上の熱がこもっていた。
石を並べ直している最中、隣に座っていた優介が、何気なく言葉を投げた。
「さっき部屋から出てきた時、勝って当然って顔してたよな。」
芹香は石をつまんだまま、ぴたりと動きを止める。
「……してない。」
「してた。“私がこんな子に負けるわけない”みたいな顔だった。」
「思ってない。」
「じゃあ今、その顔は何?」
「……見ないで。」
「見てないと面白くないだろ。」
芹香はふてくされたように石を置いた。その手つきは妙に力が入っていて――そして、どこか悔しそうでもあった。
「……やっぱ負けず嫌いだな。」
「ちがう。」
「そうか、違ったか。……でも、勝ちたいんだろ。」
「…………うん。」
その返事は、小さくて、けれど確かな音で優介の胸に届いた。
――少しだけ、距離が縮まった気がした。
盤上に、硬い音を響かせて白石が一つ、置かれた。その指先には迷いがなく、表情は真剣そのもの。
芹香はリバーシの石の裏表を、睨みつけるように見つめていた。
そんな彼女に向けて、優介はふと口を開いた。
「……今まで部屋に閉じこもってまで、何をそんなに警戒してたんだ?」
唐突な問いかけに、芹香は眉ひとつ動かさないまま、手元の石をつまみ上げる。
「するに決まってるでしょ、こんな状況で。」
「まあ….たしかにな。最初は俺も、天井に手を向けてステータスオープンって言ってたぞ。」
「それ、笑うところ?」
「いや、悲しい現実として共有しようかと。」
石を置く音が、ぴたりと盤面に響いた。
「誰が仕組んだのかもわからない、閉ざされた場所。お金代わりの金貨だの、自販機だの……妙にシステムだけ整ってるのも不気味。バカでも“まともじゃない”ってわかるようにできてるわ。」
芹香は少しばかり声を荒げ、一息に捲し立てる。
「まあ、俺も最初は似たようなこと思った。というか今も思ってるけど、なんか……だいぶ慣れたな。」
「それが一番危ないって言ってるの。」
すぐさま返ってきた言葉に、優介は軽く眉を上げた。
「危ない?」
「理不尽に慣れるってことは、判断力を捨てるってこと。思考停止して、“そんなもんか”で済ませるようになったら終わりよ。」
「……なるほど。」
素直に肯定しながらも、優介はその冷静さに少しだけ感心する。
だが芹香の視線は、依然として盤上から動かない。
「ちゃんと勝負には全力なんだな。」
「……当然でしょ。」
「遊びだし、力抜いても――」
「手を抜かれるのが一番ムカつくの。」
きっぱりと断ち切るような口調。
だが、そこにはただの負けず嫌い以上に、礼を持って勝負に臨む姿勢が垣間見えた。
優介は少しだけ口元を緩めた。
「じゃあ、もし緑に二連敗したら、どうする?」
「……する前提で話さないで。」
「いや、もうこれ勝ち目ないし。」
「うるさい。」
そう言いつつも、芹香の口元にはごくわずかな、柔らかな線が浮かんでいた。
そのまま石を一つ置き、手を止めずにぽつりと続ける。
「……出てきたのは、緑がしつこかったから。それだけ。」
「でも、話すのは拒まなかったな。」
「……返事くらいはするわよ。礼儀として。」
「じゃあ俺もその“礼儀”に預かってる感じか?」
「さあ。あなたの分までは、サービスかもね。」
けれどその言葉の先には、わずかな冗談の響きが混じっていた。
優介は改めて、盤面を眺めた。緑の指が軽やかに盤を支配していく様子に、芹香はほんの僅かに眉を寄せた。
「……もう一戦。次は負けない。」
言葉の端に、静かな闘志が滲む。
「……なんで勝てないのよ。」
緑の5連勝がかかった勝負の結果は、見事に今回もほとんど黒に覆われている。
「五連勝ーっ! えへへっ!」
盤の向こう側で、緑が無邪気に笑っている。
対戦するたびに勝ち続けている彼女は、そのたびに嬉しそうに笑っていた。素直な感情表現に優介は苦笑しながら視線を横に移す。
芹香は納得いかない様子で、リバーシなんて角を取れば勝てるゲームでしょとかブツブツ呟いている。
(まあ、今のままじゃ勝てる見込みはなぁ…,)
「じゃあ、次はお兄ちゃんの番だよね?」
緑がくるりと振り返ると、いたずらっぽく笑い、芹香を蹂躙したその矛先を優介に向けてきた。
「ああ、そうだな。さっきそう約束したっけな。」
「ふふ、緑とした約束、ちゃんと守ってくれるんだね。えらーい!」
「……いや、なんだその褒め方。」
軽口を交わしながら席に着くと、手元にあった石を指先で弄ぶ。
――どうするか。
本当なら緑に勝ちを譲って、場を和ませるくらいがちょうどいいのかもしれない。
純粋に楽しんでるみたいだし、そこに水を差すのも悪い気はする。
(……)
ふと、芹香の方に視線を向けると、彼女は裕介の隣に立ってこちらをじっと見ていた。
――「手を抜かれるのが一番ムカつくの。」
先ほどの芹香の言葉が優介の脳裏に浮かぶ。
「じゃあ、いくよ?」
「ああ。……芹香の敵討ちでもしてやるか。」
「え?」
「さ、はじめるぞ。」
緑が不思議そうに首をかしげた。
白と黒の石が交互に置かれていく。
「……う、うそ。負けた……?」
緑は素直に目を丸くして、優介を見上げていた。
「まあ、こんなもんだな。」
「お兄ちゃん、強い……ずるい……!」
「ずるくないだろ。」
優介が笑うと、そのやり取りの横から、ふっと小さな吐息が聞こえた。
「……やるじゃない。」
隣で盤面を見つめたままの芹香が、少しだけ目を細めて言った。皮肉交じりに響くその声に、優介は肩をすくめて返す。
「手抜きされると嫌って言う人がいたからな。」
「殊勝な心がけね。」
「うぅ〜……緑、絶対リベンジする……! 明日までにめちゃくちゃ勉強するから!」
緑はくやしそうに唇を尖らせて、もう一度盤面を見つめていた。その横で、優介が石を戻そうとしたとき、芹香がぽつりと声を落とした。
そのとき、不意に芹香が口を開いた。
「……あんた、あとで少し時間ある?」
「ん? まあ、特に予定はないけど。」
「……このゲーム、ちょっとだけ教えて。あたしにも。」
優介は少しだけ意外そうな顔をし、それからにやりと笑った。
「お、素直に頼ることもできるんだな。」
「頼ってるわけじゃない。……自分で勝てるようにしたいだけ。」
芹香は顔を背けながら言った。けれどその声は、さっきまでのピリついた調子とは少し違って、どこか柔らかかった。
【獲得称号】
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