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異世界に行ける可能性は微粒子レベルで存在している  作者: Lemuria


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救護室

【称号】

二条院優介:上級国民様

クリスティアーナ:シスター服の聖職者

「突然お呼び立てしてしまって、すみません」


 部屋に入った瞬間、彼女はそう言って立ち上がった。クリスティアーナ・レインズは両手を胸の前で軽く組み、申し訳なさそうに小さく頭を下げる。


「いや、別にいいけど……何の用だ?」


 俺の問いに、彼女はゆっくり顔を上げ、柔らかな微笑みを浮かべた。


 クリスと顔を合わせるのはこれが二度目だ。


 優介は、食堂での自己紹介を思い出す。シスターのような服装に、落ち着いた所作。あのとき、彼女はこう言っていた。


 ――神様が私をここに導いたのなら、きっと意味があるのだと思います。


 あのとき、彼女はそう言った。


 その口調は静かだったけれど、不思議なほど迷いがなかった。


(……正直、俺にはわからない感覚だ。)


 たぶん、彼女は本当に神様に仕える世界の人なんだろう。


「お話ししたいことがありまして、お部屋に伺ったのですが……いらっしゃらなかったので、不躾ながらメモを置かせていただきました。」


 クリスはそう言って、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げた。


「ああ、うん。メモは見たよ。どうしたの、急に?」


「実は……こちらを見ていただきたくて。」


 彼女がそっと懐から取り出したのは、薄いカードキーのようなものだった。部屋の鍵とは全く形状が違う。


「これは?」


「わかりません。」


 首を小さく傾げ、クリスは続けた。


「金貨の絵が三枚描かれた箱を開けたら、このカードと……それから、これも入っていました。」


 金貨の絵が三枚――あの宝箱か。


「え、開けたの? あの箱を?」


「はい。……いけなかった、でしょうか?」


 クリスが心配そうにこちらを見つめる。


「いや……別にダメではないけど……」


 三枚しかない金貨を使うのに抵抗があり、優介はまだ開けてない。

最後まで温存してしまうタイプ、いわゆるラストエリクサー症候群というわけではないが、慎重になるべきと思っていたので、クリスが何の気無しに箱を開けていた事に軽い衝撃を受けた。


「……で、その紙?」

「はい。」


 そう促すと、クリスは小さな紙を差し出した。

 名刺ほどの大きさ。そこに書かれていたのはたったの一言。



『二条院優介』



「……なんだこれ。」

 思わず口に出る。意味がわからない。なぜ俺の名前が、こんな形で。


「事情はわかったけど……なんで、俺の名前が?」

 俺がもう一度尋ねても、


「わかりません。」


 ゆるゆると首を振りクリスは変わらず静かに、そう返すだけだった。


「……まあ、考えても仕方ないか。」


 俺はカードキーをひとつ持ち上げ、眺める。

「これ、多分……開かない部屋のどれかに使えるんじゃないか?」


 クリスが静かに尋ねてきた。

「……あの、食堂の大扉は開かなかったのですが、他にもカードキーを使う部屋が、あるのですか?」


「ああ。俺もまだ全部は見てないけど、カードキー端末が付いていて、普通の鍵では開かない部屋がいくつかあるって話は聞いてる。」

 そこに、このカードキーが使えるのかもしれない。


「とりあえず、行って試してみるしかないよな。」


 俺がそう言うと、クリスは小さく頷いた。


「ご一緒しても、よろしいですか?」


「……ああ、もちろん。」


 部屋を出て、二人で並んで歩き出す。



「確か、聞いた話だと……こっちの方だったよな。」


 俺は佐伯から聞いた記憶を頼りに、廊下を進む。通路を何度か曲がり、最初の目的地にたどり着く。


「ここだ。」


 初めて見る扉。普通の木製ドアだが、取っ手はなく、代わりにカードキーのスリットが取り付けられている。それ以外は、特に変わったところはない。


「じゃあ……行くぞ。」


「はい。」


 少し大げさに構え、カードキーをスリットに差し込む。一瞬、身構える。だが――


 ……何も起きない。


「開かない、か。」


「そうみたいですね。」

 クリスが静かに呟く。


 なんとなく力が抜けた。まあ、他にも部屋はあるからな。


「次、行ってみるか。」


 二人で廊下を歩き、二つ目の扉へ。同じようにカードキーを差し込むが――結果は同じ。


「こっちもダメか。」


「……残念です。」


 少し肩をすくめ、三つ目の扉を探す。そして――


「ここか……」


 そこにあったのは、先の二つとは明らかに違う扉だった。艶のないグレーの表面はステンレス製で、無機質に磨き上げられている。


 取っ手も鍵穴もない、ぴたりと壁に埋め込まれたようなスライド式の気密扉。その境目はごく細い一本の溝でしかなく、近づかなければ扉の存在すら見落としてしまいそうだ。


 自動で開くタイプのはずだが、扉の脇には目立たないが設置されたペダル型のフットスイッチがあった。


(……これ、まるで――)


「先ほどまでの部屋とは全然違いますね。」


「ああ、この感じには見覚えがある。」


 なんとなくここの鍵が開く気がする。

 俺はスリットにカードキーを差し込み、ゆっくりと引き抜く。

 ――ピッ。

 電子音と共に、ロックが外れる音が響いた。


「……開いた。」


 少し緊張しながら、

 カチッとマウスをクリックするような抵抗感のペダルを踏むと、スライドドア特有の「シュー」というわずかな駆動音が耳をかすめる。


 開いた先からは、陽圧管理された空気が押し出され、ひんやりとした空気顔を撫でた。


「ここ……救護室か?」


 思ったより狭い部屋。壁際には薬品棚と救急用の器具が並び、簡易ベッドが一つだけ置かれている。


 殺風景ではあるけれど、しっかり管理されていた形跡…というか使用感自体がない。


 棚に並ぶ薬品も、包帯も、簡易手術キットも、どれもきれいに整っていて、埃ひとつ被っていない。新品同然というより実際新品のように見える。



「……何というか、こういうのを用意してるってことは、やっぱり何かあった時に使えってことなのかな。そもそも何かがあるってことなのか。」


 こうした救護室が存在するという事実は、単に設備として用意されている以上に、ここで何か“問題”が起こる可能性を示唆している。


 それを考えると、正直なところ気味が悪い。


 ただ、その一方で、もしもの時に対処できる手段が用意されているというのは、確かに心強い面もある。

 少なくとも全く無防備というわけではないのだ。


「……それでも、用意されてるからといって安心できるわけじゃないけどな。だけど無いよりは、ずっとましだと思う。」


「けれど……」

 クリスが、棚の中を一瞥して、少し困ったように言う。

「私には、どれも使い方が分からないです。」


「まあ、普通はそうだろうな。」


 俺も歩きながら、薬品のラベルを何となく目で追う。

 ちょっとした救急処置はもちろん、縫合セット、簡易止血剤、簡易的な麻酔。薬品名はアルファベットで書かれてるし、鉗子や縫合針など一般人には馴染みがないものだろう。


 ふと、あの小さな紙を思い出す。名刺ほどのサイズで、そこには二条院優介とだけ書かれていた、あの紙。


「……断言はできないけど、あの紙に俺の名前が書かれてた理由がなんとなく分かった気がする。」


「理由、ですか?」


「ああ。俺、医学生なんだ。一応。まだ実習段階だけど、ここに置いてあるものなら、ある程度は扱える。」


「……!」

 クリスが軽く目を見開く。


「つまり、必要になったら俺を使えってことなんじゃないかな。他にも医療に携わる人がいれば別だけど、まあ偶然ってことはないだろうな。」


 優介ため息混じりに言う。


「少なくとも、これを用意したやつは、俺のことを知ってたってことだ。」


「でも、もしもの時に頼れる人がいるって、私は安心します。」


「……まあ、でも俺、まだ医師免許は持ってないからな。本当なら、医療行為をしたら法律違反だしやっちゃいけないんだ。」


「えっ、そうなんですか?」


「まあ、でも……この状況なら、さすがに許されると思うけど。」


「そうですね。もしもの時になんとかできる力があるのにそれを使わない方がきっと神様は怒ると思います。」


「それは……まあ、そうかもな。」


 優介は救護室の中をもう一度見渡しながら、ぼんやりと考える。


(できれば、こんなの使わないで済むのが一番だけど――)


「とりあえず、他に何か使えそうなものがないか、確認してみよう。」


「はい、お手伝いします。」


 二人は改めて、救護室の中を簡単に見て回り始めた。

【獲得称号】

二条院優介:ラスエリ病医学生 ←NEW

クリスティアーナ:回復アイテム所持者 ← NEW

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