小競り合い
【称号】
二条院優介:上級国民様
青峰透華:通行人A
水島芹香:自己紹介帰宅部
二日目
翌朝――。
目を覚ますと、天井が静かに視界に広がっていた。昨晩と同じ、見慣れぬ部屋。時計に目をやると、短針はすでに十時を指している。
(……意外と寝てたな。)
優介は、昨夜の出来事を思い返した。天ヶ瀬ゆみの部屋で、随分と長く話し込んだのだ。他愛のない会話を交わし、少し笑って、ようやく彼女が穏やかに眠りにつくのを見届けてから、自室へ戻った。そのままベッドに潜り込むと、意識はすぐに沈んでいった。
(……さて、朝食、どうするかな。)
食べれば銀貨が減る。食べなければ減らない。ただ、それだけの単純な話なのに、昨日からこの選択が妙に重い。けれど、空腹はどうしようもなかった。葛藤の末、優介は静かに立ち上がる。
食事のたびにこんなことで悩まなければならない状況に、うんざりしながらも、鏡を覗いて軽く服の乱れを整え、銀貨と部屋の鍵を手に取った。
扉を開けて鍵をかけ、廊下に足を踏み出し、ゆっくりと食堂へ向かって歩き出す。
通路を進んでいると、角を曲がった先で、微かに人の声が聞こえた。
(……口論か?)
耳を澄ますと、誰かがかなり語気を荒げている。しかも、一方だけではないようだ。優介は音のする方へ足を向けた。
曲がりくねった廊下を進み、立ち止まる。
すぐ先、少し開いた扉の隙間から、言い争う声がはっきりと聞こえた。
「勝手に入るなんて、どういうつもりよ!」
芹香の声だった。鋭い怒気が、壁越しにも伝わってくる。
「は? 何そんなムキになってんの。鍵もかけてねーで出歩いてる方が悪くね?」
「鍵はかけてたわよ! 絶対!」
(……芹香と透華?)
優介は少しだけ扉の隙間を広げ、中を覗き込んだ。部屋の中、手前に芹香が立っており、その向かい側――やや奥の位置に、透華が気だるげに腕を組んでいた。睨み合いとまではいかないが、緊張感のある距離感だった。
「……じゃあ、あなたは他人の部屋に勝手に入っていいって言うの!?」
「この部屋で目が覚めたってだけでお前の部屋ってわけじゃねーだろ。確認しただけだっての。」
「そういう問題じゃないって言ってるでしょ!!」
状況はこうらしい。芹香が部屋を出ている間に、透華が勝手にその部屋に入り、ちょうど戻ってきた芹香と鉢合わせしたという流れだ。
透華は相変わらず悪びれる様子もなく、涼しい顔で軽口を叩いている。
一方の芹香は、憤りと警戒心を剥き出しにし、今にも飛びかかりそうな剣幕だった。
優介はひとつ大きくため息をつき、扉をノックした。
「おーい、どうしたんだ?」
扉を開けて声をかけると、芹香が驚いたように振り返り、透華は「面倒くさいなぁ」という顔でこちらを見た。
「二条院……あんた、いつからそこにいたのよ。」
「今、通りがかりに聞こえたんだよ。……まあ、ちょっとだけだけどな。」
部屋に入ると、優介は二人の間に視線を走らせる。
「で、何があったんだ。透華が勝手に芹香の部屋に入った……ってことでいいのか?」
「そ。入った。だって鍵、開いてたし。」
透華はあっさりと認めた。
「そんなわけない!」
芹香が即座に反論する。
「でも、あたしが来た時は開いてた。だから、ちょっと覗いただけ。」
透華は適当にあしらうような調子を崩さない。本当に悪気がないのか、それとも演技なのかは分からない。
「まあ…事情はわかった。」
優介は手のひらを軽く見せて、ふたりの間に割って入る。
「……勝手に他人の部屋に入るのは、あんまり良くないよな。」
「だよねー、やっぱり? でもさ、好奇心ぐらい誰だってあるでしょ。」
「好奇心や興味で部屋に入りたいなら、ちゃんと部屋主に許可を取ってからにしてくれ。」
「はいはい、反省してまーす。」
透華は明らかに適当に返す。
芹香はそんな透華を睨み続け、肩を強張らせていた。眉間に皺を寄せ、拳をぎゅっと握りしめたままだ。怒りの火は、まだくすぶっているらしい。
そんな視線を気にも留めず、透華は部屋の奥からゆっくり歩いてくる。
「じゃ、戻るわ。」
そう言いながら、芹香の間をすり抜けるように通り過ぎていく。
芹香はひりつくような視線を向け続け、透華はそのまま優介の肩を軽く叩いた。
「好奇心って、ホント罪だよね。気をつけまーす。」
気の抜けた声を残して、透華はドアノブに手をかけ、部屋を出ていった。静かにドアが閉まる音が響く。
芹香はしばらくその場に立ち尽くしたまま、呼吸を整えるように肩を上下させていた。
怒りはまだ収まっていないが、それでも透華がいなくなったことで、わずかに落ち着きを取り戻したように見える。
「……なんなの、アイツ。」
吐き捨てるようにそう言って、芹香は顔を背けた。
「もう、いいでしょ。あんたも、ここにいられたら気が散るんだけど。」
「……ああ、悪い。」
それ以上、彼女は何も言わなかった。ただ、そっぽを向いたまま。
「……食堂、行くところなんだけど。良かったら、一緒にメシどうだ?」
「私は……いいわ。」
「そうか。」
「……ありがとう。」
聞こえるかどうかのかすかな声でそう呟くと、芹香は静かにドアを閉めた。
優介は小さく息を吐いて、その場をあとにする。
(……まぁ、悪い子じゃないんだろう。)
【獲得称号】
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