第0話 プロローグ
それは、“最初の死体”だった。
血の匂いは、もうなかった。
けれど、それでも、誰ひとりそれに近づくことはできなかった。
ベッドの横、床に身体を投げ出すようにして、男はうつ伏せに倒れていた。
左腕が肩の下に巻き込まれ、右足は少し開いた角度で突っ張っている。
まるで、そこで力尽きたかのように――そのまま、静止していた。
最初に叫び声を上げたのはーー誰だったろう。
思い出せない。けれどあのとき、自分の足が、勝手に数歩だけ後ずさったことは、はっきり覚えている。
――ああ、ここでは人が死ぬんだ。
そう、理解した。
その男の名前を、誰も知らない。
開かれることのなかった扉の向こうで、彼はただ、そこにいた。
誰の記憶にも触れず、誰の意識にも届かないまま。
まるで最初から、死ぬために用意された存在だったかのように。
けれど、それでも明確だった。
これが、「答え」だった。
誰かが、ここで死ぬ。
そういう場所なんだ、と。
部屋の壁には、鍵穴だけがぽつりとある金庫。
開いてそれを覗いた者は、誰もが同じものを目にした。
見慣れない金貨。銀貨。銅貨。
──それはまるで“終わりへ向かう器”だった。
減ることだけが許された、ささやかな命のかけら。
通貨? ゲーム? 何のために?
わからない。わからない。何一つわかるものなどない。
けれど、ひとつだけ確かに思った。
これは、試されている。
なにか、大きな“仕掛け”の中にいる。
館の扉は開かない。窓も無い。
通信機器なんて、もちろんない。
時計の針は、不自然なほど正確に時を刻んでいる。
そして、すでにひとりが死んだ。
ならば、次は──誰なのか。
生き残るにはどうする?
この館から脱出するには?
ただ怯えているだけでは、きっと、次の犠牲になる。
選ばなければならない。
動かなければならない。
──この命を、ここに、試されているのだから。