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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
病の冬、巡る春

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エピローグ

 一時は自粛、自粛、自粛でどこもかしこもしぃんとしていた街は、春の訪れとともに賑やかな空気に包まれていた。

 気温も穏やか、正に絶好のお出かけ日和だ。


 春の陽気に誘われ、俺もフクレを伴って地球に降りてきている。といっても公務用の姿じゃない。前、東京摩天楼を“味見”した時と同じ、羽を隠してコートを着ている。キャスケット帽にサングラスも合わせて変装はばっちりだ。


 なお、フクレは俺の肩掛けカバンに収納されて、頭だけ出している。

 このままでも人形として誤魔化せなくないと思うんだが、俺とフクレがセットだと、そこから連想ゲームが始まってしまう可能性があるので、俺たちに意識が向きづらくなるよう操霊術(エーテリア)を使用していた。


 こちらから声をかけない限り、相手は何となくこちらの姿を見落としてしまう。そういう術だ。完全に姿をくらませるわけではないので、居る、ということだけは周囲の人間にも伝わって、道行く人とぶつかる心配もない。

 ふんわりした隠形なので潜入には向かないが、こういう時に便利だ。


 もっとも、術の補助があったうえで変装までして、ようやく目立たなくなるというレベルだが。

 で、わざわざそんな気遣いをしてまで、何を見にきたのかというと。


「おー……結構気合いが入ってますね」

『フム。地球人の祭りとは、このような感じなのデスね』


 カラフルなアーチに掲げられた「迷宮祭」という看板。

 その下を沢山の人が歩いていく。

 奥に東京摩天楼が見えるこの画角は一見の価値ありだ。同じことを考えた若い人たちが、携帯のカメラを構えてぱしゃぱしゃと写真を撮っている。


「うーん、お祭りというには商業感が強すぎるというか。神輿が出るわけでも、お囃子が演奏されるわけでもないですし。個人的にはフェスと言った方がしっくりきますね。まぁ、同じ意味ですけど」


 何分、前世は地方生まれ地方育ちだったんでな。

 俺の中で「祭り」といえば、もっと地域土着の神事という印象が強い。

 こういうお金の匂いがするイベントとはまた違うものなのだ。


『勉強不足で申し訳ありません』

「いえ、別に責めているわけでは……。本当、フクレは真面目ですねぇ。そんなことより、ほら! 良い匂いがしてきましたよ!」


 お祭りと言えば屋台、屋台と言えばメシだ。


 事前に目を通してきた情報によると「迷宮祭」のメインは特別ステージ、そして屋台通りの二本立てとなっているらしい。後は細々とした体験教室や、探索者協会のマスコットキャラクター「ゴラちゃん」との触れあいコーナーなどがある。


 もちろん俺の目的はステージ――ではなく屋台通りの方にあった。



「ふわぁ……!」



 カラフルな店が左右に軒を連ね、ずーっと先まで続いている。

 ソースの焼ける匂いに混ざって、時折鼻をくすぐる甘い香り。


 いかにもな縁日の風景だが、さすがは「迷宮祭」。そんじゃそこらのお祭りとは訳が違う。ファングボアの肉串だの、マッドスネークの唐揚げだの、ベビーカステラならぬ軍隊蜂蜜カステラだの、思わず目を疑うメニューが並んでいた。

 特に長蛇の列が出来ているのは、ポーションに甘味料を混ぜて飲みやすくしたという“健康ドリンク”を売る店だ。


 そして出店しているのは食べ物系に限らない。

 モンスターの素材から作り出した衣類を世にも珍しい服といって売る〈裁縫師〉もあれば、さすがに武器は取り扱いを禁止されたのか、メタルアクセサリーを売る〈鍛冶師〉もいる。生活がちょっぴり豊かになりそうでならない微妙な魔道具も、物珍しさからか飛ぶように売れているみたいだ。


 活気があって大変よろしい。


 一歩ずつ。ゆっくりとではあるが、俺の目指したファンタジーライフが実現しつつあるんだな、とじんとしてしまう。

 それはさておき……。


「おじさん、この泥芋ポテトフライを一つください」

「あいよ! おっ。嬢ちゃん別嬪さんだねぇ、気持ち多めにしとこうかな!」

「へ……あ、どうも……」


 正直あんまり美味しくなさそうな名前の料理を頼んだら、カップの中に溢れんばかりのポテトフライが盛り付けされた。


 分かっている、分かっているんだ。

 今の俺がガワだけは超絶美少女なんだってことは。


 でもこうさぁ、前世は男子高校生だったし、今世はそもそも性別が存在しない種族だったから、可愛いとか綺麗とか言われると、何となくぞわぞわするんだよな。膝の裏をくすぐられるみたいっていうか……。


 ともあれ、出来たてアツアツの揚げ物をフクレと二人で分ける。

 にゅっと鞄から伸びてきた触腕にキツネ色の皮つきポテトフライを渡してやりつつ、自分でもぱくっと一口。


「んっ」

『ねっとりした触感デスね。味付けは塩だけデスか』

「ほく……ほく……」


 この感じなら揚げるより蒸かした方が美味しいんじゃないかな、と思いつつ、次から次へと口に運んでしまう。


 そうこうする内、あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 匂いに誘われるまま買い食いをしていくと、気がつけば俺は特設ステージの前まで来ていた。


「えー、本日はお日柄も良く――」


 ちょうど開会式の真っ最中らしい。

 俺の知らない偉い人たちがつらつらと挨拶を述べている。聞いていて楽しいものでもないので、人の数はまばらだった。ベンチがあるので、みんな休憩がてら耳を傾けているって感じだ。


 俺も端っこの方にちょこんと座る。


「続きまして、内閣総理大臣・浦梅進より、開会の言葉を述べさせていただきます」


 肉油で口の周りを汚していたら、見覚えのある顔が出てきた。

 ステージ脇の階段を昇って、スーツに身を包んだ総理のおっちゃんがやってくる。にわかに緊張が走るのが分かった。目立たないけど、あちこちに護衛が潜んでいて、おっちゃんを守るべく構えている。


 俺は気楽なもんだけど、当人たちは気が気じゃないだろうなぁ。


「ただいま紹介をいただきました、浦梅進でございます。皆さまにおかれましては、お忙しい中、会場に足をお運びくださり誠にありがとうございます」


 こうして実物――本人を見ると、覇気なんて感じない普通のおっちゃんに見えるんだけど、人間、見た目じゃ分からないもんだ。

 手持ち無沙汰でフクレの頭を撫でながら話の続きを聞く。


「えー……迷宮祭というのは、ですね、そのー……ダンジョンが発生して一年? はい、一年の節目を迎え、益々……重要性が高まり、その恩恵をみなさんに少しでも知ってもらうべく……えー、開催するものであります」


 何だか酷くたどたどしいスピーチだ。

 心なしか、おっちゃんも汗をかいているように見える。


「中には、まだダンジョンというものに対して……恐怖……を抱いている方も、いる、かもしれません。ですが、恐れる必要はなくて、ですね……何故ならば……――」


 と、そこで急に言葉が止まってしまった。

 口を一文字に結んで、総理のおっちゃんが一心に床を見つめている。


 まるでフリーズしたみたいな――もしかして、スピーチ内容が飛んだ……とか? いやいや、いくら何でもこの一年、幾つもの危機を潜り抜けてきた敏腕政治家が、まさか原稿をど忘れするとも思えない。なら、体調の問題だろうか。


 やがて十秒ほどの時を擁して再起動した時には、おっちゃんから先ほどまで感じていた“迷い”のようなものが消えていた。



「何故ならば、私は絶対に()()()()からです」



 重たい、覚悟を感じる響きだった。

 一体彼の目指す道がどこにあるのかを俺は知らないが。


「ダンジョンだろうと何だろうと、諦めない限り、乗り越えられない試練は存在しません。少なくとも、私はそう信じています。みなさんはどうですか?」


 綺麗事のように聞こえる言葉でも、この場に茶化す者はいなかった。


「今こうしている間にも、そんな私を追い越そうと新しい芽が次々伸びてきている。こんなにも嬉しく、そして頼もしいことはありません。未来は明るい! だから来年、私がこの場にいなかったとしても、それはとてつもなく喜ばしいことです。どうか、そんな未来が来ることを信じて――楽しい祭りの挨拶と代えさせてください」


 はじめはパラパラと。それからすぐに万雷の拍手が総理に降り注いだ。その称賛を一顧だにせず、おっちゃんは足早に舞台袖へはけていく。

 まるで逃げるような速度だ。きっとこの後の予定が詰まってるんだろう。


 心の中でご愁傷様と手を合わせていたら、ハーヴェン族の発達した聴覚が気になる会話を拾い集めていた。


「おいどうする、予定より大分早く終わっちゃったぞ!」

「総理巻いたなぁ……」

「ミーちゃんはまだ来てないのか!?」

「そ、それがようやく渋滞を抜け出したとこらしくて……」

「だぁクソ! だから前泊してくれって言ったのに!」


 何やらトラブルが起きているらしい。

 推測するに出演予定の人がまだ到着しなくて、困ってるって感じだろうか。


「とにかく誰でもいい! ステージに出して時間稼ぎを――」


 せっかくのハレの日なのに。

 それもダンジョンをテーマにしたお祭りなのに。

 記念すべき第一回目がコケてしまったら、俺としても悲しい限りだ。


 きっと、今日この日は歴史の一頁になるだろうから。


『レグ様……?』

「……これも管理業務の一環ですか。後で主催者に出演料でもせびりに行きましょうかね。フクレ、準備してください。()()()()()()()()()

『ハ、ハイ!』


 こんな時のため、コートの下に一応いつもの服を着てきて良かった。

 変装を脱ぎ捨てて、白地に緑糸で飾り付けられたローブから羽を伸ばす。フクレと一緒に鞄へしまい込んでいた小さな冠を取り出して、つむじの上に載せれば完成だ。


 ――ざああっ。


 操霊術で一際強い風を吹かせる。

 砂埃が目に入るのを嫌がって、誰もが一瞬、視界を閉じる。

 その間隙を縫って、俺とフクレはステージのど真ん中に姿を現していた。



「人類の皆さん、こんにちは」



 拡声器などなくとも、俺の声は人々の耳に届いた。


 静寂、のち驚愕。

 あちこちで「本物?」だとか「コスプレイヤー?」だとか、いろんな声があがる中、俺はただただ言葉を重ねる。

 それが一番の証明になるから。



「祭りの笛の音に惹かれ、ここまでやって来てしまいました」



 本当は笛の音どころか、太鼓の音も鳴っていない。

 俺なりのジョークというやつだ。



「この星の暦に従えば、一年。私が与えた試練は、あなた方にとって、どのような景色に映っていたのでしょう。分かりませんが……」



 人類に試練と祝福を。


 そう嘯いて始めた開拓は気がつけば一年の歳月が過ぎ、既に俺の想像を越えて花開こうとしている。俺にとっても、地球人にとっても、ダンジョンのあるこの世界がどんな未来へ続いていくのかなんて、誰にも分からない。

 いかに神族とても未来までは見えないのだから。


 ただ、壇上から見える“光景”は格別だった。



「今日の良き日にここへ立って、感じたことがあります」



 呆然と俺を見上げる人々。

 その向こうで、探索者に混じって普段まったくダンジョンに入らないような人も、笑顔で屋台を回ったり、へっぴり腰でモンスターを模した風船を叩き割ったりしている。よく見れば俺の“推し”が二人仲良く歩いているのに気づいて、ほんの僅か頬が緩んだ。



「私の選択はきっと――――間違っていなかった」



 これから先も、地球人がダンジョンを攻略すればするほど、思いも寄らない問題が立ち上がったり、トラブルにぶつかるんだろう。だってこの一年だけでも、何度頭を捻ることになったか分からない。


 だから、未だに自分のやることに対して自信なんか湧かないけど。

 勇気だって友達や周りの人から貰った借り物ばかりだけど。


 間違いなく“楽しい未来”へ続いてるんだ、という確信だけは持てた。



「さて、せっかくの祭りです。私からみなさんに、一つ贈り物を差し上げましょう」



 霊子(エーテル)の流れを受けた翼が仄かに輝く。

 俺は観衆へ向かって手の平を差し出しながら、言った。



「この催しにぴったりな、可愛らしい花を」



 既に都内の桜は散り、どこも葉桜になってしまっている。

 だから、ちょっぴりとだけ()()()()


 緑の中にほんのりピンクが混じるだけだった景色が、まるで刷毛で塗り直したように移ろいでいく。葉っぱの装いから花の装いに。どの桜も、どの桜も、会場内に生えている木たちは慌てて召し物を変え、着飾った。


 ステージはおろか、屋台通りも、そのまた向こうも、満開の桜に埋もれていく。



「繰り言になりますが、私は何時(いつ)だって――」



 歓声や、驚愕や。

 舞い上がる桜吹雪の中、俺は手を組んで目を閉じる。



「一人でも多くの方に祝福が訪れることを……切に、祈っています」



 そうして、花嵐とともに姿を消した。

 さりげなく、良い感じに花びらが巻き上がるよう調節してくれていたフクレと共に。




 ――地球のダンジョン史はこれから、いよいよ二年目へ突入する。


 大河の流れのような歴史は一体、俺にどんな景色を見せてくれるのだろう?

 この星の管理者として、それを特等席で眺められるのが楽しみで仕方ない。


 次はあんなイベントを開催しようか。

 こんなモンスターを実装しようか。

 はたまた、はたまた……。


 種も仕掛けもある“似非ファンタジー”だけど。


 必要とあらば、枯れ木に花を咲かせるように、時には奇跡だって起こしてみせよう。

 だって、それが俺の選んだ道だから……なーんて、まとめるには少し早いか。


 何せ、一度目の人生十七年。二度目の人生十八年。合わせて、たかだか三十五年しか生きてないんだ。

 たぶんゼル爺どころか龍二に聞いたって「生意気」だと笑われるだろう。


 見てろよ、あと十年もしたら俺だって知的な雰囲気を纏った、カッコイイ大人になるんだからな!

 まぁ、ここ一年、ちっとも身長が伸びやしなかったけど……。


 で、でも、総理のおっちゃんだって言ってたじゃないか!

 諦めない限り、乗り越えられない試練はないんだって……!



 だから、可能性は無限大だ――


【作者から】


今にも終わりそうですが、続きます。

予定を翻してしまい、申し訳ありません。


有難いことに、継続して読んでくださる方がいらっしゃること。

また、もっと続きが読みたいという声や、受賞、書籍化などの幸運。

そうしたものからエネルギーをいただき……。

僕自身、まだもうちょっとレグと一緒に歩んでみたくなりました。


もしよければ、今しばらく、このヘンテコなダンジョン狂騒曲にお付き合いください。

更新頻度はゆったりになってしまうと思いますが……。

面白い作品をお届けできるよう、努力していきたい所存です。

本章でうっかりまた風呂敷を広げちゃいましたしね!


ひとまず、次回からは間章へ。

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― 新着の感想 ―
浦梅総理、今年も強気の改革して来年は退陣する覚悟キメてんだな!!! なお本心…
現地民は生天使ちゃん拝めたのが一番の贈り物ですよ 祭に来なかったスレ民後悔してそう
またレグくんたちの続きの活躍をお待ちしております。 やっぱりこのお話がすごく好きです。 どうぞご自分の無理のない範囲でお願い致しますね!
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