検証班のお仕事・下(初崎嘉豆希)
【連続投稿 2/2】
初崎嘉豆希はその昔、大学を一年留年するハメになった。
正直、しょうもない理由が原因だ。
MMORPGに熱中しすぎて単位を落としたのである。
彼の入れ込みようは相当なもので、個人wikiを開設して来る日も来る日も攻略情報を書き込んだ。比較的マイナーゲームということもあり、企業経営のwikiがまったく更新されないことから、彼のサイトはごく狭い界隈の中で非常な賑わいを見せた。
お目出度い節分の日に生まれたから、嘉豆希。
そんな名前のくせしてゲームのし過ぎで留年するくらいだから、とてもマメな人間とは言えなかったが、彼は細かな作業をいとわない我慢強さを持っていた。その強みが報われたと思えば、多少のめり込み過ぎてしまうのも仕方なかったのかもしれない。
しかし、天下は長く続かなかった。
コラボや地道なアップデートによりゲームの知名度が上がっていくにつれ、初崎のwikiは“盗作”被害を受けるようになっていく。彼が心血注いで検証したデータの数々を何も言わずにコピーして、そのまま転載するサイトが現れたのである。
腹立たしいが、本家本元は自分だ。
正しい情報を発信し続ければ、皆ついてくるに違いない。
そんな幻想は――傲慢は、長く続かなかった。
検索エンジン最適化対策の有無、資本力の違い、競争相手を叩き潰すためならばどんな嘘もいとわない面の厚さ。ありとあらゆる要素で遅れを取った初崎のサイトはだんだんと閲覧数が減っていき、電子の海に消えた。
彼がプレイしていたオンラインゲームを引退したのは、それからすぐのことだった。
後にして思えば、やり様はいくらでもあった。
実際、探せば企業よりも個人の攻略サイトの方が強いタイトルはいくらでもある。
けれど初崎は疲れてしまった。
好きで始めたはずのこと。
それが知らない内に、義務感へと変貌しているのに気付いたのも大きい。もはや趣味の範囲を逸脱していた。なにせ留年までしてしまうほどなのだから。
以降、彼はオンライン要素のあるゲームから一歩距離を取り、代わりに細々と家庭用ゲームで遊ぶようになった。なんだかんだ言っても、何かを調べたり集めたりするのが好きだったのだ。
そんな初崎が迷宮事変の日、東京摩天楼の第一次調査隊に混じっていたのは、完全なる運命のいたずらで。
その後、「日本国迷宮調査隊」のメンバーに抜擢されたのは必然だった。
何せ“検証”に関して彼の右に出るものはいないのだから。
「千導氏~、久しいですな」
「ああ、うん、どうも。初崎くんは何ていうか……変わんないね」
「ふむん?」
東京摩天楼の探索者協会にて、千導満陸士長の姿を見つけた初崎は、手をふりながらにこやかに近づいた。そんな彼に対し、千導が苦笑を浮かべる。
普段であれば朝から混みあうはずのロビーは、どこか閑散としていた。ちょうど三日前、都内に非常事態宣言が出された影響だろう。探索業は活動自粛の範囲から特例で外されたが、そも外出を控えるべきという雰囲気に押され、目に見えて人が少ない。
あるいは、にわかに形成されつつある不満――探索者が贔屓されているという空気感に怯えているのか。
「自分はいつだって自分でありますよ。確かに、お互い訓練期間と比べれば、体つきに変化などないでしょうが。……むん!」
千導と初崎はいわゆる“同期の桜”だ。同じ年に入隊し、同じ場所で訓練を受けた。そのため浅くない間柄であり、初崎など初めは長身痩躯――ヒョロヒョロのもやし体型だったために、顔を合わせるたび「たくましくなってきたね」と言われるのが常だった。
そんな日々を思い返せば、確かに変わってないように映るだろう。
それでも見えないところできちんと成長しているのだ、と力こぶを作った初崎を見て、千導は慌てて首を振った。
「はは。そうじゃなくて性格というか、言葉遣いの方ね」
「……ああ。よく言われますが、これはもう染みついてしまった業。いわば癖のようなものですからなぁ」
「ほんと、尊敬してるよ。そういうところ」
「いやはや。自分は治せるものなら治したいと思っているのですが、照れますな」
初崎の突飛な口調は、かつて熱中したオンラインゲームの影響だ。持ち前の検証能力から、人に何かを尋ねられることが多かった彼は、自分自身に対して「物知りな学者」という役割を被せた。
ちょっとしたお遊びのつもりだったのだが、今とまったく違う自分に成りきるという体験は面白く、引退するその瞬間まで、彼がその役割を脱ぎ捨てることはなかった。
結果、現実の口調までもがそれに引っ張られるようになったのだから笑えない。
本人からしてみれば正に“業”としか表現出来ない顛末だ。
馬鹿にしたり、眉を顰めたり、時には気味悪がったり。そんな反応を返す人間が多い中で、千導は「ちょっと変わってるね」と言いつつも自然に接してくれた。だから別々の隊へ配属された今でも、顔を合わせれば朗らかに話しかけにいく。
もし今日が暦通りの休日だったら、このままゆったりと旧交を温めたことだろう。
しかし、二人とも非番でダンジョンにいるわけではない。
「――集合ォ!」
ひと際力強い声がロビーに木霊した。
反射的に背筋を正し、初崎と千導、それに他の隊員たちが整列を始める。
先ほどまで検証班の班長と、イチ攻の小手瓦剛士陸曹長が打ち合わせをしていたはずで、それが一段落ついたらしい。
二人の前に隊員たちが直立不動で並び立つ。
「これより、我々はダンジョンの急激な緑化現象の原因と、その正体を探るため、東京摩天楼の第十一層へ向かう。露払いは攻略班が、調査は検証班が、それぞれ担う形になるが、正直何が起こるか分からん。絶対に気を緩めるんじゃねェぞ!」
「緑化現象は観測した限り、第一層から二十層までで起きています。第十一層を選んだ理由は、まだ低層の人払いが完全に済んでいないこと、また十層以降へ足を踏み入れられる人間が限られていることから、幅広くデータを得るために決定しました。異のある者、あるいは質問がある者は挙手してください」
ダンジョンに異変が起きたのは、つい早朝のことだ。
帰還した探索者たちが口々に突然草が生えてきたことや、サンプルを持ち帰ろうとして危険な目にあったことなどを告げ、協会は一時騒然となった。かれらの証言が狂言でないのは配信を見ればすぐに分かり、現在、ダンジョンへの新規入場を規制している。
それでも全員が全員、まだ帰ってきたわけではない。
調査によって鬼が出るか蛇が出るか分からない以上、人気が少ない場所を選ぶのは当然だった。
「特にないようですね。それでは……」
「転移陣へ向かって、かけ足ィ!」
号令に従って、装備に身を包んだ隊員たちが一斉に動き出す。
ダンジョンでは――特に東京摩天楼では、特定の階層に転移する転移陣の活躍が日に日に増えている。第一層から第五層のいわゆる「ゴブリン窟」が最も賑わっているのは変わらないが、そこを抜け、初心者を脱した探索者も少なくない。
初めは一部屋しか用意されていなかった第零層の転移陣も、気がつけば増設され、いまや映画館の廊下のように、ずらりと扉が並んでいた。
(いつも思いますが、サーバー選択みたいですな)
初崎などはこの光景を見ると、つい昔熱中したゲームの情景を思い出す。
ゲームを開始する時、まずサーバーの込み具合を見てどこに入るか選ぶのだ。人が多い方が交流も活発だし、アイテムを売るのも楽だが、少ないなら少ないなりにレアモンスターの取り合いや狩場の快適さで優位に立てる。
果たして、自分が手塩にかけて育てたキャラクターたちは、まだ消去されていないのだろうか。そんなことを考えながらも足並みは乱さない。
木の床と壁に囲まれた、がらんとした部屋。
その中央に描かれた魔法陣の上に隊員たちが全て乗った瞬間――目を開けていられないほどの発光が起き、気がつけば第十一層の入り口に放り出されていた。
「これ、は……!」
「転送先……間違えてないよな……?」
東京摩天楼の第十一層は一言で表せば荒野だ。乾いた大地にごろごろと岩が転がっている殺風景な光景。
それがどうだろう。
今、隊員たちの目の前には、むせ返るような緑の絨毯が広がっていた。
あまりにも記憶と乖離する景色に、誰もが呆然と口を開く。
「……驚きましたな」
「ダンジョン変遷? 定番と言えば定番だけど、それにしたって規模が――」
「千導氏はこの状況、何か思い当たるところが?」
「……ん。創作だと、こういう、何ていうのかな。ダンジョンの中身が“組み変わる”みたいなの、結構あるんだ。でもそれはフロアそのものが別物に変わっちゃうって感じで、今回のとはちょっと違うんだよね」
「ふむん。確かに初見のインパクトはありますが、あくまでも土台はそのまま、環境だけが変化しているように見えますな」
あたかも乾季から雨季へ移り変わったサバンナであるかのように、風景ががらりと変わってしまっただけで、大本の地形は同じだ。
よく見回せば、散々目印にしてきた大岩が遠くに見えている。
だとしても、一体どうすれば一夜にしてこんな天変地異が起きるのか。
初崎は情報収集とデータを体系化してまとめるのは得意だが、まとめたデータを生かして理論を発展させるのは不得意だ。だから仮説も思い浮かばない。
「――傾聴ォ!!」
戸惑い、緩んでいた空気が、小手瓦の一喝によってピンと張る。
「いつもとちっとばかし勝手が違ぇが、ここは第十一層……ダンジョンの中だ。なら、いつまでも惚けてるんじゃねェ! おい千導ォ! この階に出てくる敵はなんだ!?」
「はい! ポイズンヴァイパーとスカルドック、それから大烏です!」
「そうだ。もしモンスターどもの様子は変わらないんだとしたら、いつも以上に死角が増えて、厄介だぞ。なんせ、どこもかしこも草むらだらけなんだからなァ」
たとえばポイズンヴァイパーは土色の体を生かし、普段、地面と同化している。うっかり気付かずに近くを通れば、足首を噛まれ、あっという間に毒が回ってしまう。とはいえ注意していれば発見は容易だ。
あくまでも、いつもと同じ状況なら。
こんなにも草が繁茂していては、体色こそいつもより目立つだろうが、代わりにどこへだって隠れたい放題だ。
「蝉谷、ここはお前の【敵感知】が頼りだ。どうだ、何か分かるか?」
「た、隊長……それが……」
少し前、〈斥候〉から〈影潜〉へと転職を果たした蝉谷が、顔を真っ青にして唇を震わせる。よく見ればその目は青く発光し、既に【敵感知】のスキルを発動しているようだった。
「俺たち……囲まれてます……!」
「あァ!?」
空白は一瞬。
即座にイチ攻のメンバーが武器を抜き放ち、検証班を守るように陣形を組む。その最中、蝉谷が喘ぐように言葉を紡いだ。
「三百六十度、全方位からモンスターの反応があるんですッ!」
「んだとォ……!?」
「数は……数えきれないほど――」
少なくとも、千導の盾に庇われている初崎の目から見て、生い茂る草の間にモンスターの気配は感じない。しかし専門職が言うのなら嘘ではないだろう。
「初崎くん」
「はい。ここは自分の出番ですな」
「頼みます」
不意に班長から掛けられた呼び声に頷く。
もし、正体不明の何かが潜んでいるとするならば、自分の出番だ。
そう。
数ある職業の中でも一風変わった――
「【審忌眼】」
――〈鑑定士〉の本領を見せる時。
スキルの発動によって、初崎の視界がモノクロの世界へと切り替わる。その中にあって、赤く色づくものがいくつもあった。【審忌眼】の効果は単純だ。敵かそうでないかを見分ける。ただ、それだけ。
主に地形に擬態したモンスターや、宝箱に化けたモンスターを炙り出すために使われる。場合によって、とても重宝するスキルだ。
果たして、導き出された結論は。
「見えましたぞ、草です」
中指で眼鏡を押し上げ、はっきりと宣言する初崎。
自信を持って下された鑑定結果は、しかし、部隊に混乱をもたらした。
「は、え? なんか可笑しいところあった?」
「いえ、千導氏、スラングではなく。草です。草そのものがモンスターなのです」
「っ、そうか! マンドラゴラ!」
「ええ。見えている、この全てがそうというわけではなく、普通の草の中にちらほらと紛れている……。そういう状況なんですな」
今、初崎の視界には白黒の景色に混じって、赤く染まった草が映っている。【審忌眼】を発動すると敵性生物は全て赤色に見えるので、つまるところ何気なく生えているように見える草にモンスターが紛れていたのだ。
「隊長、報告にあったやつです! 植物型のモンスター!」
「……アレか。確か、刺激しなきゃなんもしてこないんだったか……?」
「まだ分かりません。しかし、それを確かめるために検証班がいる。ここから先はお任せください。初崎くん。どれでも構いません。マンドラゴラと思しき個体を指し示してくれますか」
「はいですぞ」
請われて初崎が指をさしたのは、一見すると、大きな葉を放射状に茂らせた、ただ背丈の低い雑草のような草だった。ところ変わって畑で見つければ、その下に丸々実った根菜を思わせる。そんな風体の植物だ。
しかし、その正体は。
「【鑑定】――名称“マンドラゴラ”。レベルが足りないのか、見えない部分もありますが……どうやら自身の力で動けないモンスターのようですな。使用スキルは【狂乱啼泣】。聞いた者の精神を狂わせ、昏倒させるとありますぞ」
【鑑定】スキルは生産職ならば誰もが覚えるスキルだ。ただし〈鍛冶師〉なら鉱物に対して、〈調理師〉なら食物に対してのみ詳しい結果が得られる。専門から外れた対象物に使用しても、大まかな概要しか分からない。
それでもモンスターに対して使えば残り体力が分かったりと、何かと役に立つスキルなのだが、〈鑑定士〉の使う【鑑定】はいわば完全版だ。対象を選ばない。
自信の力量――レベルが及ぶ相手であれば、その情報を詳らかに曝け出す。
「……おおよそ聞いていた通りですね」
「おっと、まだ話は終わっておりませんぞ。最後にもう一つ。マンドラゴラの体は万病を癒す薬の元になるとも書いてあります。むろん、ドロップするかどうかは別でしょうが、もし本当だとするならば……」
「おいおいおい! そいつぁ、今一番重要じゃねぇか!?」
昨今、世界中の人間を苦しめているヒルタ熱の特効薬になるかもしれない。
その可能性にいたって、小手瓦が色めきだった。
「あ゛―……でも、引き抜くと絶叫するんだったっけか?」
「おそらく【狂乱啼泣】というスキルのことでしょうな。マンドラゴラもモンスターの一種に変わらないのであれば、一帯を燃やし尽くし、ドロップを狙うという手もありましょうが――恐らく、厳しいかと」
「ほぉん?」
初崎たち検証班は、寝ても覚めてもダンジョンに集まる知識を整理してきた、いわば探索者たちの頭脳だ。集約されたデータから新しい理論は導けなくとも、法則性を見出すことは出来る。
そのビックデータが告げていた。
「モンスターの中には最後っ屁と言うんですかな。死の間際、自爆技を繰り出すタイプがいるでしょう。伝承を鑑みれば、マンドラゴラの叫びなど正にそのもの。そうしたスキルは正しい手順によって倒すことで、無効化出来るのですが……」
「焼くのは正しい手段じゃない?」
「さすが千導氏。その通りですぞ。抜いても駄目なら、恐らく斬っても同じでしょう。もし一面焼きつくそうものなら……絶叫に絶叫が連鎖する、この世の地獄が顕現するかもしれませんな」
そうなってしまえば、誰一人立っていることなど出来ないだろう。
フロア全体が当分侵入不可能になってしまう。
「それに、これが一番重要ですが――ドロップテーブルが壊れてしまうかもしれない」
そこで初崎は班長の方へ目をやった。
チームのリーダーは彼だ。あまり自分がでしゃばるのも望ましくない。
その意を汲んで班長が頷く。
「僭越ながら、ここからは私が。イチ攻のみなさんは普段いろんなモンスターと戦われていますが、その際、やたらと落ちるもの、あるいは滅多に落ちないものがあると感じたことはありませんか?」
問われて、隊員たちは何かを思い返すように目線を上げた。
空を見ているわけではなく、これまでの日々を回想しているのだ。
「たとえば一方のモンスターからは毛皮ばかり出るのに、もう一方のモンスターからは牙ばかり出るとか。専用の素材を落とすはずなのに、魔石しか落とさないとか。まだ検証の段階ですが、おそらくモンスターがアイテムをドロップする確率は変動制です」
「変動……? 一律じゃねぇってことか?」
「はい。たとえば〈調理師〉がパーティーにいるとモンスターの肉が落ちることは有名ですが、ゴブリンなど一部のモンスターを除けば、〈調理師〉がいなくとも食材系のアイテムは落ちます。ただし、目に見えて確率が低くなる」
特定の生産職がいるとドロップテーブルが変わるらしい。
この情報は正に青天の霹靂だった。
もう半年以上も前のことだが、当時の検証班は真偽を確かめるべく連日連夜のデスマーチに追われた。その甲斐もあって分かってきたことがある。
「まだ確証へ至るにはデータが足りませんが……私たちは、モンスターのドロップテーブルとは条件構文のような“計算式”から成り立っているのではないか、と考えています」
たとえば道端に落ちている何てことのない石でも、成分を調べれば、大昔の地層や石ころがここまで転がってきた経緯について思いを馳せることが出来るように。どんな些細な情報でも、集め、束ねて並べれば、そこには必ず法則性が生まれるのだ。
その初めの初め、収集部分を担当するのが検証班の職務。
「たとえば可能な限り体を傷つけずに倒せば毛皮が。頭を傷つけなければ牙が出やすいのではないか。斬撃でなく、刺突で倒せば。燃やすのでなく、凍らせれば。どんな風にモンスターを倒したかで落とすアイテムが変わるのではないか……という説です」
事実、希少品と呼ばれるようなドロップ品は、特定条件下で落ちやすいと推測されている。
たとえば大阪朱雀城に出現するスライムは体内の核を砕くと消滅するが、この核を砕かず、体外へ排出することでも倒すことが出来る。ただ討伐するだけなら前者の方が圧倒的に楽だ。しかし後者の方法を取ることによって、スライム石と呼ばれる特別なアイテムがドロップするのだ。
こうしたドロップ品を検証班では密かに特殊討伐報酬と呼んでいた。
「この論に立ってみれば、薬の素材になるというマンドラゴラは、出来得る限り傷の少ない状態で倒したいのです。一撃で、しめやかに」
「……んなこと、できんのか?」
「ふふ。そのために検証班がいるんですよ。出来る、出来ないではありません。一の矢を放って駄目なら、二の矢を。二の矢を放って駄目なら、三の矢を。正解を引くまで、ありとあらゆる方法を試みるだけです」
穏やかな笑みを浮かべながら語る班長の目には、若干の狂気が浮かんでいた。
見ているだけで深淵に――暗い水底へ引きずり込まれてしまいそうな。
検証班が攻略班と違って表舞台に立てないのは、おそらくかれらの活動が徹頭徹尾“地味”だからだろう。先に進むわけでもなく、ひたすら同じモンスターと戦い続けたり、採取スポットに再びアイテムが湧いてくるまで、じっと観察したり、隠し道がないか、ひたすら壁に向かって体当たりし続けたり。
傍から見れば狂人の沙汰としか思えない。
しかし、かれらは自分の仕事に一角の誇りを持っていた。
「とはいえ、あまりお時間を取らせるのも忍びない。さて、どうしたものか……」
「それでしたら班長。まず自分に任せてもらえませんかな?」
「先ほどの“調べもの”ですか?」
「はい。普段、自分も利用している掲示板――その中に、探索者たちが集うスレッドがあるのですが……。そこで面白い書き込みを見つけましてな」
基本的に検証班はまず検証すべき謎があり、それを解き明かすためにデータを集める。その謎は探索者協会から提供されることもあれば、今初崎が言ったように、インターネットから収拾されることもある。
たとえそのネタが嘘だったとしても、嘘だと分かることが大切なのだ。
「まずマンドラゴラの周りを水で濡らし、それから葉を全て手に握り、ネジのごとく反時計回りにゆっくりと回す。そうすると少しだけ“頭部”が出てくるので、眉間に針を打ち込むことで絶命する……らしいですぞ!」
なお、初崎の経験上、こういった情報は九割九分“ガセ”である。
もし本当ならわざわざ人に教える意味がない。秘密にしておくことで自分だけが益を貪ることが出来るからだ。つい最近も“ダンジョン七不思議”とやらの解明に乗り出し、全て空振りに終わった。
それが分かっているだけに、横で聞いていた千導は半目になった。
「……それ、失敗したらどうなるの?」
「【狂乱啼泣】が発動して、最悪死にますな」
つらっと言い放った友の言葉に千導が額を押さえたのは言うまでもない。それから彼は深い、深いため息を吐いた。
「…………ふー。いいよ、俺が試そう」
「いえ、しかし――」
「いいのいいの。こういうのも盾役の仕事だから。それに俺だったら各種状態異常への耐性があるからね。まぁ……骨は拾ってくれると嬉しいかな」
職業〈騎士〉は頑強さもさることながら、麻痺や毒といった状態異常にも普通の人間よりかかりづらい。そんな事情があるにはあったが、一番は初崎を思ってのことだった。
何せ彼は基本的に戦う力を持たない〈鑑定士〉なのだから。
とはいえ。
「昔図鑑で見たことあるなぁ……。マンドラゴラにロープをひっかけて、犬に引っ張らせるみたいなやつ。今ならアイツの悲哀が分かるぞ……」
まるで実験動物みたいだな、とは思わなくもなかった――
なお、奇跡的にこの方法は成功し、一発目にして正解を引き当てるのだが。
もし間違っていたとしても、かれらは解法が見つかるまで、夥しい失敗の上に必ず正解を導いたであろう。何度も何度も死に戻りを繰り返しながら。
何せ、そうでなければ“検証班”などと呼ばれるわけがないのだから。
【お知らせ】
この度、GCノベルズ様より「ダン天」の書籍化が決定しました!
よい本になるよう粉骨砕身働きますので、こうご期待ください。
書籍化についてのアレコレは、準備ができ次第、作者のX(@irisu_tomo)でお知らせして参りますので、フォローいただけると嬉しいです。
2025年10月7日
伊里諏倫 拝