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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
病の冬、巡る春

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86/103

天使さま、説明会を開く

 同族(ハーヴェン)、来たる。

 その知らせを受け、俺はすぐさま準備に奔走することとなった。


 ダンジョンのシステムを改修するのはもちろん、説明会用の資料作りや、ゲストハウスの確保など、一週間かけて受け入れ態勢を整えていった。

 あとはまぁ、ちょこっと時間が余ったので、ロゼリア号の食堂を飾って「おいでませ開拓使御一行」という看板を掲げたり……。


 なお、お茶請けには豆大福を用意した。

 ぶっちゃけ公私混同だ。ついでに俺が食べられるし。

 同族の口に合うかはしらない。


 そうこうする内に時が過ぎ、約束の日。

 ゼル爺が仲間を引き連れて、一挙にロゼリア号へ転移してきた。


「よっ……と。やぁ、来たよレグ」


 本来、〈姿うつし〉の術は一人用だ。操霊術(エーテリア)の中でも特に高度で繊細。俺なんか使えやしない。ところがゼル爺は複数人を巻き込んで発動しても、何てことないようにケロリとしていた。

 ひらひらと手を振って、いつもの如くにこやかな笑みを浮かべる。


 その後ろに五人の有翼人種たちがいた。

 それぞれ翼を広げ、船内をあちこち見回している。


 ハーヴェンという種は、ぱっと見で年齢が分からない詐欺集団だ。どれだけ若そうに見えても、平気で百歳を超えていたりする。だが長年あの星で暮らした俺の観察眼からして、ゼル爺が連れてきた同族はいずれも若い個体ばかりに見えた。


 何というか、どっしりしていないのだ。


 歳を重ねたハーヴェンは樹木が根を張るように、滅多に動かず、黙して静かだ。こんな辺境の星にまで出かけてくるバイタリティなんて無いし、ましてや周囲を見回す、なんて行動は取らない。

 そんなことをしなくても、自分の周りに何があるかなんてことは全て霊子(エーテル)が教えてくれる。


 もちろんゼル爺という例外もいるんだが……。

 大抵は立ち居振る舞いを見れば、若いかどうかの判別くらいつく。


「はるばるようこそ、辺境へ。あなた方を歓迎します。ゼル爺もお疲れさまでした。さて、私は――」


 何はともあれ挨拶から。

 そう思って口を開いた俺は、しかし、ぽかんと固まってしまった。


 何故ならば。



「やっほー、レグ」


「ハル……!?」



 若い同族たちの中に、幼馴染の顔が紛れ込んでいたからだ。


 目尻が下がって、いつでも眠そうな濃紺色の瞳。

 一本にまとめ、肩から前に垂らされたおさげ。

 だぼっとした白衣を着て、ハル・ナが袖をふりふりと揺らしていた。


「どうしてここに――もしかして、あなたもダンジョンに入りたいと?」

「いやぁ、私は野暮用というか、何というか。まーまー、積もる話は後にしようよー。他のみんなを待たせちゃ、悪いからー」

「……これはさすがに予想外でした」


 思わず額を押さえる。

 そう言えば、ハルに「D-Live」の宣伝をしたことはあったけど、あの時はまだ形になってもいなかった。ちゃんと見てくれたんだなという気持ちと、だったら事前に〈念話〉してくれよという気持ちがせめぎ合う。


 まぁ俺の座標が分からなかったんだろうけど……。

 それならゼル爺に聞けば済む話で――って、そうだよ。


「ゼル爺、隠してましたね?」

「あはは」

「だから、あははじゃないんですけど!?」


 今更この人に何を言ったところで柳に風だ。


 せっかく“出来る開拓者”として、お出迎え用のセリフも用意しておいたと言うのに、全部おじゃんになってしまった。

 仕方が無いので、重くため息を吐いて切り替える。


「はぁ……。とりあえず場所を移しましょう。みなさん、ついて来てください」


 今俺たちがいるのはロゼリア号の制御室だ。窓の向こうに蒼い星が浮かんでいる。かつての故郷に一瞬目をやってから、俺は踵を返した。


 ぞろぞろと同族を引き連れて船内を歩く。

 ほどなくして食堂の前までやってきた。ドアの横にウェルカムボードが置いてある。それを横目に中へ入れば、リースで飾り付けられ、正面にでかでかと「おいでませ」の看板を掲げた愉快な会場が現れた。


 今からパーティーでも始めるのか、といった風情だ。


「……レグ?」

「いや、違うんですよ。これは出来心というか、その。ゼル爺が歓待の準備をしろって言うから……!」

「まぁ歓迎の気持ちはよく表れているね。これでもかってくらい。ところで、今日は誰の誕生日なんだい?」

「誰の誕生日でもありません! もう……!」


 かつての愛船が魔改造されても、幸いゼル爺は寛大だった。

 くつくつ笑うだけで許してくれたので、内心ほっとする。


 一方で同族たちは顔を合わせて、これが地球式かと馬鹿真面目に感心しようとしたので、俺は慌てて手を叩いた。


「さ、さぁさぁ! みなさん、どうぞ席についてください!」


 その一言で、講義形式に並べたテーブル席が埋まっていく。

 見る限り、隣り合って座るヤツはいない。単純に羽がぶつかって邪魔なのもあるし、元より群れる種族でもないので、さもありなん。


 一方で俺は壁際に立って、全員の視線をいただく。

 いろいろ予定が狂ったが、ここからが本番だ。


 フクレが各テーブルに豆大福とお茶を配膳し終えたのを確認して、空咳を一つ。


「こほんっ。それではこれより、第一次・地球(ア・リステラ)開拓使受入説明会を始めさせていただきます。司会は私、銀河連邦からこの星の開拓者として任命された、レグ・ナが担当いたします。どうぞ、よろしくお願いします」


 ぱらぱらと拍手の音がする。

 既に緊張で心臓が爆発しそうだ。……そういえばゼル爺と旅をしていた時に、そんな害獣と出会ったな。追い込まれると自爆して、体中の針を飛ばしてくる厄介な相手だった。あれは何て名前だったか。


「まずは資料をお配りします。一ページ目を見てください」


 ハーヴェンは三歳になると、全員に情報端末が支給される。だから紙の資料を用意する必要はなく、霊子ネットワークを介してレジュメを送りつけた。同時にプレゼンテーションよろしく、壁に同じものを投影する。


「大前提として、私が行っている開拓計画についてからお話しします。ご存じの通り、地球は未だ文明レベル0の未開の星です。従って、霊子の存在にも気付いていません。通常ならば種の中から代表を募り、霊子学を教えるべきところですが――私は“ダンジョン”をもって、種全体に働きかける方法を取ることにしました」


 俺は絵心がないので、フクレとAI先生が作成してくれた図を映し出した。

 従来法の計画(スキーム)と並べて、いわば“ダンジョン法”と呼ぶべきロードマップが展開される。


「霊子で構成した、霊子を扱わなければクリアできない遊興施設――ダンジョンへ人々を集めることにより、こちらが一方的に与えるのではなく、自らの体験でもって霊子の存在に気付かせるんです。一度霊子の発見に成功すれば、地球人の知能レベルから推察するに、かれらは自力で文明レベル1へと到達するでしょう」


 投影した図を指し棒でぺしぺしと叩く俺。

 すると、聴衆の中から一本、真っすぐに手が挙げられた。


「質問、いいかしら」

「どうぞ」

「何故、わざわざ時間も手間もかかる方法を採用しているの? 行き着く先が同じなら、より効率的な方を選択すべきだと思うのだけれど」

「……いい質問ですね」


 効率的、ね。いかにもハーヴェンが好きそうな言葉だ。

 もちろん聞かれると思って想定問答を用意してきましたとも。


「一つはかれら自身のモチベーションを維持するためです。知的生命体は、全てとは言いませんが、目の前にある未知を解き明かさずにはいられません。この根源的欲求は、たとえ神族であっても同じこと。自己の探求に心血を注ぐ、その日々を送ってきたあなた方であれば、理解出来るはずでしょう」


 偉そうなことを言っているが、こんなのは全部建前だ。

 俺の行動理念は最初からずっと変わらない。

 地球に面白おかしいファンタジーを。ただ、それだけ。


 だが真面目に考えてみると、悪くない策だったように思うのだ。

 というのも――



「もう一つは進化の可能性です。この宇宙で四神族以外に、自らの力で霊子学の扉を開いた種がどれだけあるでしょう。……ありませんよね」



 これは昔、ゼル爺が教えてくれたことだ。

 当然、俺と違って数多の知識を備えた同族たちも知っている。


「もちろん感応器官を持たない神族以外の種族が、霊子の存在に気がつくのは不可能と言っていい。そうした未開の惑星には必ず開拓者が降り立って、霊子学を広めていく。ゆえに……進化の方向性が固定化されているとは思いませんか?」


「それって悪いことなのかしら」


「さぁ、どうでしょう。結局、与えられた檻の中でぐるぐると回るだけかもしれない。霊子学は長い歴史の積み重ねですから、“ダンジョン法”を取ったとて99.9%はその後追いになるだけです。それでも僅かに未知が残る」


 シミュレーションゲームを遊んでいると、攻撃成功確率が99%と書いてあるのに襲撃が失敗してしまうことがある。俗にいう99%は信用するな、というやつだ。100%じゃないから当然といえば当然なんだが、そこにゲームの妙を感じるのは俺だけだろうか。

 イレギュラーの面白さ、とでも言えばいいのか……。


 戦略を立て、勝利への道をシミュレートし、結果確率に泣かされるというのは正直腹が立つ。成功率九割を信じて攻撃を振り、外してキャラクターが死んでしまった時は怒るし、怒りを通り越して虚無の気持ちでリセットボタンを押すこともある。

 ぶっちゃけ、クソゲー! と叫んだ回数は数しれない。


 ただ、失敗した時のために次善策をあれこれ考えたり、細い糸を通した時の快感は何にも勝る。確定した未来しか存在しないなら、この面白さも生まれてこないのだ。


 毎度のごとく、何でもかんでもゲームに当てはめるなって話ではあるんだが……。

 開拓も同じことなんじゃないかと思う。


「霊子へと繋がる道を用意してやれば、地球の人間たちはまだ誰も見たことのない独自の発展を遂げるかもしれない。たとえその確率が0.1%だったとしても――」


 響いているのか、いないのか。

 真面目な顔をして俺の話を聞いている同族たちを見回して、言葉を紡ぐ。



「それって、すごく()()()()だと思いませんか?」



 こんなセリフ、地球人からしてみれば何様だって思うよな。それでもゼル爺やフクレが教えてくれた。神族なんて、それでいいんだ。


 俺に質問してくれたハーヴェンは、しばらく黙っていた。

 それから瞳を閉じ、深く頷く。


「……なるほど。聞いていた通りね。あなたって本当に変わっているわ」

「は、ぁ」


 そりゃ俺は神族さまからしたら突然変異だろうけど。聞いたって、誰に?

 何となく会場を見回せば、ハルがぼんやり顔のままピースサインを出していた。お前が犯人かよ……!


「ありがとう、納得したわ」

「そ、そうですか。えーと、では続きを……」


 ともかく、本当にいい質問をしてくれた。

 お陰様でこの後の説明にもスムーズに入ることが出来る。


「そういうわけなので、現地で活動する際は、みなさん地球人のフリをして生活してください。翼は絶対に見せないこと! あと、むやみやたらに操霊術を使うことも禁止します! もし異星人であることがバレたら、強制的に帰還させますからね!」


 にわかに会場がざわつく。

 ハーヴェンのアイデンティティを奪うようだが、絶対に守ってもらわないと困るので、更に説明を足していく。


「本来、未開惑星に開拓者以外の人間が接触することは禁じられています。まぁ私たち神族に誰が意見するんだという話ではありますが。一応、対外上あなた達の扱いは私の開拓を手伝いに来てくれた助手、ということになります。ですので、私が定めた開拓のルールに従ってください」


 ダンジョンに入る、入らない以前の問題だ。

 客席に座りたいのならキャストのままじゃいられない。


「はいはーい! バレなければ、術を使ってもいーい?」

「……やむを得ない場合でなければ、極力使わないようにしてください」

「そっかぁ、わかったぁ」


 ハルから飛んできた際どい質問(パス)を、何とか受け止める。ちょっとドキリとしたが、すぐに納得したあたり、わざと聞いてきたんじゃないかと思った。ルールの抜け道を潰すために。

 ほやんとした顔を見ていると、勘違いかもしれないけど……。


 さておき、ここからが本題だ。



「端的に言いましょう。私がみなさんに求めるもの、それは――()()()()()です」



 一瞬、空白が生まれた。

 縛りプレイ。その言葉を吟味するのに僅かな時間が要される。


 頭の上に疑問符を浮かべた同族たちへ、俺は滔々と語っていく。


「これからダンジョンへ入ると、あなた方には例外なく〈天道士〉という職業(クラス)が付与されます。『D-Live』を見られた皆さんなら、職業がどういうものかはご存じですよね。霊子を扱えない地球人のためにあつらえた補助器具のようなもの。レベルを上げれば上げるほど成長していく。しかし〈天道士〉は違います」


 会場づくりの際に余った輪っかのリースを腕に巻く。

 あたかも鎖であるかのように。


「〈天道士〉は皆さんの能力を大幅に低下させます。それこそ地球人と同じくらいに。手足を萎えさせ、霊子への感応力を鈍らせます。ただし、この縛りはレベルを上げるほど緩和されていく……。もし枷を引きちぎり、無理矢理全力を出すようなことがあれば、開拓者として追放令を出しますので、あしからず」


 果たして神族に縛りプレイの面白さが伝わるか、かなり不安なんだが……。これが俺の考えた対応策だ。

 そもそも全力を出せないようにさせればいい。


 もちろん真の意味で神族を縛り付けるなんて不可能だから、あくまで互いの同意の上に成り立つ“お遊び”だ。


「その代わり〈天道士〉には武器種の制限が存在しません。術もレベルごとに各種開放されていきます。まさに万能職ですから、これも修行と思い、頑張ってみてください。異論のある方は申し訳ありませんが、ご退出願います」


 ぺこりと頭を下げて、出方を窺う。


 もしかしたら誰も残らないんじゃないか。

 そんな風に考えていたが、席を立つ人間は一人もいなかった。


「……ふぅん。刺激的なアプローチになりそうね」

「霊子を制限された極限状態で我々がどうなるか、か」

「かれらにあって、ボクらにないもの。見ようとするならば、あるいは――」

「理論が形に出来るなら、わたしはなんでも」


 誰もかれも探求目的っぽいのが如何にもハーヴェンらしい。一体、ダンジョンのどこに惹かれるものがあったのやら。

 分からないが、ほっと息をついた。


「ありがとうございます。挑戦するダンジョンについては特に制限はありません。各人、行きたいところへ行ってください。そのための拠点は用意してありますし、毎月、生活費(おこづかい)も支給しますので。……稼げない間だけ」


 正直、ハーヴェンの能力と知識を生かせば、種銭が無くても一財産築くくらいわけないだろう。しかし、探索業をメインにするなら最初は資金繰りに困るはず。

 金がないからと霊子を使ってあれやこれや生み出されたら、せっかく整えたゲームバランスが崩壊してしまう。無限増殖バグに所持金カンストバグ、何でもござれだからな。つくづくチート種族だと思う。


 まぁ俺もそんな種族の一員なんだが。時折忘れそうになる。


「各国の生活様式や風土については、私の妖精種(シルキー)がまとめてくれました。行先に合わせてデータを転送しますので言ってください。それから――」


 後は細々した説明を残すのみ。

 同族たちへ向け、地球で暮らすうえでの注意点を話しつつ、くれぐれも自重してくれるよう頼み込んでいく。もちろん、与えられた制限内で活躍する分には構わない。


 ただ、ハーヴェンの並外れたスペックを鑑みると……。



 いくら枷をつけても、絶対に頭角を現すだろうなと思うのだった。


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― 新着の感想 ―
最高にワクワクしてきた
>いくら枷をつけても、絶対に頭角を現すだろうなと思うのだった まず顔面偏差値のあれこれで波乱を呼びそう。 あと5人もいれば1人位はドロップアウトしそう。ラーメンにハマって弟子入りしたり。 さて、大…
どうやって受け入れるのかと思ったら、縛りプレイなんすね ・・・なんというか、地球生活にハマっちゃうハーヴェンとか出そう >〈天道士〉 いやー、リメイク楽しみですね(すっとぼけ)
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