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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
病の冬、巡る春

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天使さま、記録更新する

 ――さて。


 いよいよ最終目的地の東京摩天楼・第二十層だ。


 このフロアを一言で説明するならば、水没しかけの地下道といったところか。安全圏(セーフティエリア)を除き、通路や部屋の全てに水が張っていて、探索者たちは膝下を水に浸からせながら戦わなければならない。

 常に足を取られた状態で、ここまでに出現した水棲系のモンスターが徒党を組んで襲いかかってくる。よほど高レベルじゃないと力押しも難しい階層だ。


 ……と、説明しておいてなんだが。


 入り口付近に誰もいないのを確認して、俺はもう何度目になるかも分からない跳躍を行った。重たい水を振り切って、天井ぎりぎりまで跳び上がる。

 それから壁に着地した。


「ぴょーん、とな」


 あとはゴブリン窟と同じだ。地形を無視して、床ではなく壁を走る。

 道中のモンスターはもちろん全部無視。RTA風に言うなら“壁を置いたのが悪い”。まぁ設計者は俺なんだけど。変に工夫して悪目立ちするより、結局これが一番楽なのだ。


 下を見ると、時折、水中にきらりと光るものが見える。

 それは水棲系モンスターの鱗がダンジョンの明かりを反射したものだろう。


 まぶしさに目を細めながらボス部屋を目指す。

 肩慣らしとはいえ、いい加減飽きてきたので、帰りたい一心から足が速くなっていく。あともう少し……と逸る思いはしかし、続かなかった。



「――――方が――ろ!」


「なに――先――――で――」



 目的地へ近づくにつれ、諍いの声が聞こえてきたのだ。

 なんだなんだ、喧嘩か?


 探索者はモンスターと戦うのを生業とする以上、どうしても血の気の多い人間が目立つ。まして探索中となれば疲労が蓄積し、緊張から言動も荒くなっていく。今まで配信を見ていてもいろんなパーティーが空中分解するのを目にしてきた。


 ただ、今俺がいるのは東京摩天楼の最前線だ。

 ここまで来るような実力者たちが、今更仲違いなんてするだろうか?


 その疑問は、通路に降り立ち透明化をかけた上で顔を覗かせれば、すぐに解決した。


 第二十層のボス部屋――鮫の装飾(レリーフ)が掘られた鉄扉の前に、二つの集団が屯している。


 一つは「サンライト」。第十層をはじめ、いくつもの階層を最速突破してきた実力派集団だ。配信活動も積極的に行っており、名実ともにトップクランの呼び声高い。

 対するは「池袋ハンターズ」。こちらも第十五層をはじめ最速突破記録を持っている。配信は滅多に行わず、ただダンジョンの先へ進むことにのみ心血を注ぐガチガチの攻略クランだ。


 どちらもリーダーを筆頭にした五人パーティーが、顔を突き合わせて険悪なムードを醸し出していた。


「だからさぁ、何度言ったらわかんだよ! 俺らの方が先だったろうが!」

「先、先って、そればっかりだね。根拠のない妄言はやめてくれる?」

「あ゛ァ!?」

「まるで駄々っ子。キミ、赤ちゃん(エケチェン)だってもう少し賢いぜ」


 さて、これは一体何の騒ぎなんだか。


「天裡、やめろ」

「瑛クン! でも――」

「煽りカスが出てるぞ。お前の悪い癖だ」

「……ふんっ」


 サンライトはリーダーが仲間を諫める一方で。


(かしら)ァ! こいつら、俺たちを舐めてますよ! いいんスか!?」

「…………」


 池袋ハンターズの方のリーダーは、目を閉じ、腕を組んだまま黙っていた。精悍な顔つきは無精髭にまみれ、大柄な体躯と、レッドグリズリーの毛皮とが相まって、申し訳ないが山賊の親分みたいだ。


 対照的な二人だが、どちらも騒動から一歩引いているように見える。


「すいませんね。ウチのがいちゃもんつけて。こっちは後でいいんで、どうぞ、ハンターズさんが先に挑戦してください」

「……あんたはそれでいいのか?」

「いいも何も、俺たちの方が後だったと思うし。たぶん」

「いーや! ボクたちの方が先だったね!」

「ちょ、先輩!? ステイ、ステイ! ハウス!」


 ああ、なるほど。

 先だの後だの、何の話かと思っていたけど、ボスに挑む順番でトラブってたのか。第二十層のボスは今のところ、まだ誰にも討伐されていない。だから一番の名誉を得るため喧嘩になっちゃったんだな。


 うむ、これもまたダンジョンなりや。


「……お仲間はああ言ってるが?」

「あー……気にしないでもらえると。いつものことなんで」

「むぐー!!」


 サンライトの血気盛んな女性が、仲間に口を押さえられて呻いている。その様子を池袋ハンターズのリーダーはちらりと見てから、重たげに言葉を絞り出した。


「……気に入らないな」

「うん?」

「先を譲っても問題ないと言う驕り、慢心、あるいは計算か?」

「うへぁ。こりゃまた、えらく買いかぶられたもんだ。俺はただ無用な争いを避けたいだけだよ。ボス戦前に消耗したって、お互いロクなことにならんでしょ」

「…………」


 再び、一触即発の空気が辺りを包む。

 といってもまぁ、大事にはならないだろう。


 何故ならこうしている今も、サンライト側は配信をつけているからだ。以前ならここで相手を不意打ちして、一方的にダンジョンから排出させても、証拠不十分で罪を免れることが出来たが、それも昔の話。

 衆人環視の中でことを起こすようなら、今頃トップクランにはなっていない。


 ただ長くなりそうなので――悪いけど、()()()させてもらおう。


「決闘だ」

「は?」

「リーダー同士でやり合って白黒――――ッ、誰だ!?」


 透明化をかけたまま、俺はボス部屋の扉前まで跳んでいた。

 当然、豪快に水音が立つので、誰もが慌てて振り返る。その時にはもう、俺の姿はかれらの頭上を越え、鉄扉に手をかけていた。



「お先です」



 しれっと言い放ち、扉の先へ体を潜り込ませる。


 探索者同士の諍い。それもオツなもんだが、あんまり熱中しすぎると横からトンビにかっさらわれることになる、と勉強になったんじゃないだろうか。

 そう自分の行いを正当化しつつ先へ進む。


 第二十層のボス部屋は今までと打って変わって、最初に薄暗い通路が続く。やがて大きな湖と、手前に巨大な筏が見えてきた。いくつもの小さな筏をくっつけて、無理矢理大きくしましたという風情だ。

 子どもがブロック遊びで作ったと言われても驚かない。


 そんな筏に足をかけると、ゆっくり湖の中心へ向かって動き出す。

 長閑な水の旅――とはもちろんならない。


 一瞬、視界の端に青い三角が映った。

 それは右や左の水面に現れてはすぐに消えていく。


 ――背びれだ。


 大きな背びれが何度も何度も、筏の周りを舐めまわすように旋回する。

 やがて湖の中心まで辿り着いた時、ついに昏い水の底からその怪物が姿を現した。

 まず鼻先。怖気の走る牙の群れ。黒一色で感情の見えない瞳。


 幾重もの傷跡が残る湖の主は、俺に向かい咆哮を放つ。



「ジャァアアアアアアアアッ!!」


「……大層な登場シーンですね」



 東京摩天楼・第二十層。

 最後の関門を死守する大ボス、ドレッドシャーク。


 傷痕だらけの鮫がざぶんと水中へ消えていく。

 無駄に豪華な登場演出にBGMでも追加してやるべきか悩んだのは内緒だ。特に背びれがだんだん迫ってくるところなど、恐怖を煽るのに持ってこいだと思う。


 さておき……。


 このボスは実質、制限時間がついている。

 まず水中での攻撃手段を持たない限り、ダメージを与えるチャンスはドレッドシャークが水上に姿を現した時のみ。その際、探索者だけでなく筏そのものを破壊してくる。したがって(あしば)が完全に崩壊する前に倒す必要があるのだ。


 もし間に合わなかった場合、湖に落ち。

 後はドレッドシャークに()()()()されるのみ。


 数少ない攻撃チャンスをいかに生かせるかがこの戦闘の肝だ。


 一応、正攻法以外にもいろいろ回答が用意してあって、たとえばドレッドシャークは二回まで釣り上げることが出来る。釣りに成功すると、ボスの体力(HP)を大きく削った上でしばらく殴り続けられるのだ。

 第十八層、十九層で釣りが出来るようにしてあるのもヒントになって、気付く人は気付くんじゃないだろうか。それこそ「サンライト」なんかはやってくれそう。



「――凍りつけ」



 残念ながら、今回俺が取る方法はそれじゃない。

 操霊術を発動して湖面を全て凍結させる。


 突然来たる冬の訪れ。

 しんと静まり返った世界の中で、俺は作り上げた分厚い氷に一点だけ穴を開けた。丸い、大きな穴だ。覗き込めば昏い水が揺蕩っている。


「さぁ、どう出ます?」


 もしドレッドシャークが俺に攻撃しようと思ったら、この穴から顔を出すしかない。気分はワカサギ釣りだ。

 あんな可愛らしい魚が相手じゃないが。


 果たして、怒れる大鮫は与えられた命令(ルーチン)を正確になぞる。

 唯一残された水面から飛び出して、大口を開け、俺を噛み砕こうと迫るが――



「ていっ」



 飛んで火にいる夏の虫だ。

 氷上で待ち構えていた俺は、体幹をぶらさずに剣を振り抜く。


 ドレッドシャークの喉元にすんなりと刃が入る。そのままかち上げるように腕を持ち上げれば、あっさりと鮫頭が宙に舞った。血飛沫が氷雪を汚す。白一色だった世界を鮮烈に染め上げ、やがてポリゴンに変わった。


 しっかり残心してから、大きく一つ息を吐く。


「……ふぅ。意外と持ちましたね、この剣。良い腕です」


 手に持った剣を裏表とひっくり返して、矯めつ眇めつ眺めてみる。

 途中、何度か霊子で修復したとは言え、第一層からここまで折れずにきたんだから大したもんだ。もちろん力任せに振り回したりせず、結構気を使ったし、雑魚モンスターとあまり戦わないようにしていたのも効いただろう。


 それでもあちこち亀裂の入った剣を氷上へ突き刺し、背を伸ばす。


「んー……!」


 まぁまぁ、良い運動になった。


 ここまでの記録は52分18秒。

 平均すると一階層あたり2分35秒くらいかかった計算だ。

 いつかTA(タイムアタック)システムでも実装した時に、スタッフレコードとして載せておこうか。なんて、もちろん冗談だぞ。


 今のダンジョンの雰囲気がなんとなーく分かったし、来てよかった。

 やっぱり同族をそのままダンジョンに挑ませるのは無しだな。分かってたことだけど。


「さ、ラーメンでも食べて帰りますか」


 しっかり働いたし、今日はこってり系を頼んでも大丈夫だろう。

 何なら替え玉したって、ライスをつけたって、山盛りトッピングしたって――



 ……大丈夫、だよな?


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― 新着の感想 ―
肥え肥えコースまっしぐらですね、ダンジョン20階RTA程度じゃ足りない、足りなくない?
わぉ、最後の最後で天使ちゃんやらかした? 透明化のおかげ+カメラの角度的に配信には何も映らなかったにしても『正体不明の謎のソロプレイヤー』みたいな感じで盛り上がりそう。そういうのもいいよね。 それと…
ゼロ㌔カロリー、チートデイ、自分へのご褒美 それ全部言い訳なんよ。
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