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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
病の冬、巡る春

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天使さま、まだまだ走る

 七層、八層、九層、十層と進んでいくうち、景色は平原から森へ。

 より緑が濃くなっていく中で、モンスターの首を出会い頭に跳ねていく。

 木陰から飛び出してきた大きな猪(ファングボア)を輪切りにした瞬間、ふと疑問が湧いた。


 ――もし今の俺にレベルを当てはめたら、いくつくらいなんだろう?


 こんな話をすると、また母さんや龍二に「ゲーム馬鹿」だと呆れられそうだが、探索者の障害として設定したはずのモンスターたちが、どれも一撃で沈んでいくのを見ていると、つい考えてしまう。


「グォオオオ――オ?」

「邪魔です」


 第十層の番人・レッドグリズリーでさえ、そのぶっとい首を落とすのに返す刀は必要なかった。


 もちろん現実に「レベル」なんて指標は存在しない。

 経験も、練度も、全ては目に見えない概念だ。


 それでもあえて、身体強化をかけた俺の能力をレベルに換算するならば、優に「2,000」は超えると思う。現在、探索者の最高レベルが「25」なので、そりゃダンジョンのオブジェクトだってうっかり壊しちゃうよな、って話だ。つまり俺は悪くない。


 前にゼル爺とした会話を思い出す。

 俺が開設した「D-Live」を見て、ダンジョンに興味を持った同族がいるという話。


『中には自分もダンジョンに行ってみたいって子もいてね』


 嬉しい誤算、と言えばいいのか。

 だがしかし、ハーヴェンの中でも()()()()()の俺でさえ、こんなに暴れることが出来るんだ。もし何の準備も無しに同族を出迎えたら、どうなるかなんて火を見るよりも明らか。何ならその火中に栗を放り込むようなもんだ。


 ダンジョンが破壊される可能性があるのはもちろん。

 歯ごたえが無く“つまらない”と思われたら。


 そんなの悔しいじゃないか。


 この世に万人が楽しめるような、究極のゲームは存在しない。

 どうしたって上手い下手はあるし、趣味嗜好も異なる。

 だけど俺は出来得るなら、誰もが楽しいと思えるような、そんな世界が作りたいんだ。


 となれば――



「……いけない。通り過ぎるところでした」



 とんとん拍子で登っていき、気がつけばもう第十五層だ。


 荒野エリアは本来、陸と空、両方からモンスターが襲いかかってくる場所で、見通しの良さが災いし、まず戦いを避けられない。だが俺は爆速で進むがゆえに、モンスターに捕捉されても余裕で振り切ってしまえる。

 だから道中、特筆すべきこともないまま、ここまで着いてしまった。


 しいて言えば第十三層のボス、大百足(ロックセンチピード)が想像以上に気色悪かったくらいか。斬った後もうぞうぞと動く徹底ぶりで、自分で作っておきながら変に感心してしまった。


 さておき、行く手の岩壁にぽっかり穴が開いているのが見えている。

 あの岩窟こそ15Fのボス部屋であり、入り口が塞がれていないということは、中に誰もいない証左だ。


 傍に野営の跡が残っているので、直前まで挑戦者がいたらしい。

 果たして無事に突破できたのか気になるところだが……。

 今は自分の心配をする方が先だな。


 岩窟の奥、一斉に点火する松明の明かりに照らされ、大きな岩塊が動き出す。



『――――――!!!』



 その生物に声帯はないが、びりびりと空気が震える。

 荒野エリアの最後に待ち構える大ボス、ロックゴーレムさんだ。これまで数多の挑戦者を頑強な体で弾き返してきた岩巨人。何といっても特徴的なのはその物理防御の高さ。急所(クリティカル)を狙わない限り、持久戦は免れない。


 ただ、まぁ。俺は()()()なので、たぶん真っ二つに出来る。

 だからゴリ押したっていいんだが……。


 ここはセオリー通り、術で戦うことにした。その方がテストにもなるしな。


 そうと決まれば、どういう風に攻めようか。

 落雷、濁流、熱波、凍結、竜巻、地割れ、念力、割と何でも出来てしまうがゆえに悩む。幸いゴーレムは鈍重だから狙いをつけるのも楽でいい。


 背の翼――今も折り畳んだそれに意識を集中させ。



「とりあえず……止まってください」


『――!!??』



 体長五メートルはあろうかという岩巨人。

 俺はそれよりも更に大きな水球を作り上げ、その中にロックゴーレムを閉じ込めた。いうなれば〈水牢〉ってところか。普通の生物ならこれで窒息して終わりだ。もちろん、呼吸を必要としないゴーレムからすれば足止めにしかならない。


「水、水……そうですね、こういうのはどうでしょう?」


 迷った末、俺は〈水牢〉を維持したまま、内部の水圧を際限なく高めていった。

 超局所的な“深海”が顕現する。


 突然、深い水底へ引きずり込まれたようなもの。


 みし、みし――と身を軋ませながらも、はじめ、ロックゴーレムは変化を見せなかったが、足と腕の()()()()に亀裂が入ると、崩壊が始まった。生まれた亀裂へと水が流れ込み、それが更なる破壊を呼び込んで止まらない。


 もしゴーレムが完璧な一つの岩塊だったなら。

 あるいは耐えられたかもしれないが、四肢をもがれ、歪み、崩れていく。


 そうして岩巨人がすっかり原形を失ったところで、ポリゴンエフェクトが発生し、俺は水球をかき消した。

 ばしゃんと水の塊が地に落ち広がって、足首を濡らしていく。


 すかさずドライヤーもどきの操霊術を発動しながら、乾いた笑いが浮かんだ。



「……これ、ナマモノ相手に使っちゃまずいやつですね」



 ロックゴーレムさんは無機物系のモンスターだったからまだしも、もしこれがレッドグリズリーさんだったら、今頃グロ画像まっしぐらである。

 真っ赤な水風船の出来上がりだ。


 ――霊子を操るということは、すなわち世界を動かすということ。


 分かっちゃいたけど、身一つでそんな奇跡を起こす神族は、基本スペックからしてイかれてる。本当に、今はどの神族も隠遁していてくれて助かった。かつて神族同士が争った時代もあると聞くが、とんでもない地獄絵図だったろうな……。


 この時代に生み直してくれてありがとう神様、というほかない。

 いるのかどうかも知らないが。


「さ、切り替えていきましょう」


 思わず遠い目をしてしまったが、探索はまだ終わっていない。

 ぱんぱんと手を叩いて、すぐに思考を切り替えた。


 これで第十五層も踏破完了。目標の第二十層まで、残すところあと五フロアだ。ダンジョンは五層ごとに区切りを設けてテーマを設定しているので、16Fからまた雰囲気ががらりと変わる。ボス部屋の奥、石階段を昇っていけば、そこには――



「……ヘドロ臭い」



 陰鬱な空気の漂う沼地が広がっていた。


 底の見えない沼が無数に配され、その間と間に細い道が通る。沼の上に浮かべられた木の橋はボロボロで、頼りない。時々ボコ、ボコと沼の底から泡が吹き出し、弾けていく。そんな景色を見つめる俺の顔を、生ぬるい湿気た風が撫でてきた。


 東京摩天楼・第十六層から二十層までのテーマは、ずばり「水」だ。

 ここにきてようやく、初めて水棲系のモンスターがお目見えする。


 道幅が狭いからどうしたって一列になって歩くしかないんだが、そこに人食い鰐(マッドバイター)吸血蛭(ブラッドリーチ)溶泡蟹(メルトクラブ)などが襲いかかる。しかも直前まで濁った水に隠れて姿が見えないというオマケつきだ。


「さすがにここまで来ると、人影もほとんどありませんね」


 東京摩天楼において、中間層は第十五層のロックゴーレムに苦戦し、最前線は第二十層の攻略に精を出している今、この沼地は閑散としていた。

 それでも耳を澄ませると絶叫が聞こえてくる。


 こんな場所はさっさと抜けてしまうに限ると、つま先に力を籠めた。


「よい……しょっと」


 地面がぬかるんでいるせいで踏ん張りが効きづらいものの、後方へ泥を撒き散らし、無理矢理に飛翔する。一回の跳躍で二、三個沼を飛び越えて進む俺に、マッドバイターが水中から大口を開けて出現するが、届かない。


 その光景を見ていると、まるで横スクロールのアクションゲームみたいに思えてしまうのは、俺だけだろうか。

 タイミングよくジャンプすることで、ワニに食われないで済むあの感じだ。


 子どもの時はああいうの、本当に怖かったんだよなぁ。ハンマーを投げてくる亀とかさ。大きくなると、ただタイミングを測るだけでいいじゃんと分かるんだが……。

 それだけ熱中していた証拠かもしれない。


 ぴょんぴょんと泥沼をスルーしていき、先へ進む俺。


 そのまま第十六層のボス、スワンプマンと第十七層のボス、ジェネラルゲーターを難なく突破したのだが、一つ予想外のことが起きた。

 何と、スワンプマンについては戦うまでもなく自壊してしまったのだ。


 スマンプマンは少し特殊なモンスターで、挑戦者の数だけ増え、かつ相手の職業(クラス)をコピーする。真似っ子モンスターなのだ。五人パーティーなら、同じく五人組のスマンプマンと戦わなければならない。


 俺の場合はソロだから当然スマンプマンが一体だけ現れたんだが……。

 沼から立ち上がった泥の塊が俺の似姿を取ろうとした刹那、ぶるぶると震え出し――破裂した。あたかも空気を吹き込みすぎた風船みたいに。


 ぱんっと弾けて、それで終いだ。



「えー……?」



 自分のコピーと戦える機会なんて、そうそうない。

 だから結構楽しみにしてたのに、予想外の結末すぎて、フクレみたいにこてん、と首を傾げてしまった。


「……まさか許容量を超えた? 上限値を設定しなかったことによるミスですかね、これは。もはやバグでは……?」


 たぶん。たぶんだが。

 俺と同じスペックの泥人形を作ろうとした結果、器に霊子を注ぎすぎたんじゃないだろうか。それで耐え切れなくなって自壊した、と。


「はぁ……。これも要修正、と」


 頭の中のアップデートメモに一行書き加える。

 期待していただけに落胆は大きく、俺は一人、肩を落とすのだった。


 コピーモンスターが相手の能力を複製しきれず自滅するのは定番っちゃ定番だよ。

 でもさ、いざその立場に自分が置かれてみると……。



 まるで俺が化け物(やべーやつ)みたいじゃん!?



   ◇ ◇ ◇



 きらきらと輝く湖面。

 清涼な風に遊ぶ浮橋の通路。

 もしここがダンジョンでなければ、優雅に船遊びでもしたくなる景色だ。


 東京摩天楼の第十八層、十九層は直前までの陰鬱な沼と打って変わって、風光明媚な世界が広がる。このフロアでは何と釣りが楽しめるとあって、沼エリアよりも活気が感じられた。まぁ釣れるのは全部モンスターなんだが。


 ここまで超特急でやってきた俺も、ようやくのんびり……なんてことはなく、魚介系のモンスターを斬り捨てながら奥地を目指す。

 だが、その歩みを途中で止めざるを得ない事態が発生した。


 ――行く手に“推し”の姿を発見したのである。


 推し。特定の人物やキャラクター、作品に対して熱烈な支持を現す言葉。ファンとも、おっかけともちょっと違う、奇妙な言葉だ。俺が地球に戻ってきて新しく覚えた単語の一つでもある。

 そんな推し――〈見習い勇者〉と〈祈祷師〉のパーティー「サザナミ」が小魚の大群に襲われていた。



「明日原さん! 俺の背中から離れないで!」


「は、い……!」



 二人を襲うモンスターの名はフェザーフィッシュ。トビウオのような見た目をした魚だ。ただしトビウオと違うのは、胸ビレが翼になっていること。滑空どころか自在に空さえも飛んでみせるのだ。

 ただし水場を離れることが出来ないので、しばらく宙を泳いだ後に水面へ潜っていく。


 見る限り三十匹はいそうだ。

 二人パーティー、それも実質一人しかアタッカーのいない彼らには荷が重い相手かもしれない。


 背中合わせになって襲撃を警戒する様は“尊み”を感じるが、助力すべきか、どうするか。俺は推しに対し一線を引きたい人間だ。名もなき一視聴者として、認知されずにひっそりと応援したい。

 一方で、どこかそわそわする自分もいた。


 迷っている間に、フェザーフィッシュが「サザナミ」に襲いかかる。


 〈見習い勇者〉については心配していない。問題は〈祈祷師〉の方だ。攻撃スキルを持たない少女へ空飛ぶ魚が牙をむく。予想される悲劇に声が出そうになった瞬間。



「ゃあっ……!」



 くるん、と〈祈祷師〉の手の中で杖が躍った。自身に迫るフェザーフィッシュを弾きながら、回転の勢いを利用してそのまま水中へ叩き落とす。悲しいかな、攻撃能力を持たない職業では大したダメージを与えられないが、襲撃を防ぎきる。

 俺は武芸百般のゼル爺から一通り武器の扱いをレクチャーされているので、その動きが杖術のそれであるとすぐに分かった。


 たとえ戦う力を持たなくとも。

 あの子は自分の身を自分で守れるよう、必死に努力したんだろう。職業(クラス)という分かりやすい役割に甘えず、一つでも出来ることを探して。


 それはきっとパートナーのため。


 ……今、俺の胸に湧き上がるこの感情に名前をつけるならば、やはり“推し”ということになるんだろう。全身全霊でダンジョンに生きるかれらを見ていると、どうしようもなく心が湧き立つ思いがするのだ。


 思わず手を貸してしまいたくなるほどに。


 だがそれは――余計なお世話というものだ。


「回るよ、いける!?」

「いつ、でも」

「今!」


 掛け声に合わせ「サザナミ」が回転した。立ち位置を交換し、より敵が多い面を〈見習い勇者〉がカバーし続ける。


 フェザーフィッシュの群れはそれ自体が一つの生き物のようだ。

 指揮者もいないのに一塊となって空を泳ぐ。

 だが対する二人もまた、剣と鞘のごとく、二つで一揃いの存在に見えた。


「一、二、三――これで、四匹ッ!」

「【拒絶の祈り(ふれないで)】……!」


 背面の敵を〈祈祷師〉が弾き、作り出した時間が攻撃につながる。


 正直、目の覚める思いがした。


 あの二人だけじゃない。誰だってそうだ。みんな、俺みたいなズルをせず、死力を尽くしてここまで登ってきてるんだ。時に助け合い、時に挫折を乗り越えて。ダンジョンという未知の世界(ファンタジー)を踏破してきた。


 そんなかれらに助力しようだなんて、烏滸がましいにも程がある。

 神様にでもなったつもりか?


 俺の手なんかいらないぐらい、かれらは強い。


 だから互いに支え合う「サザナミ」の姿をしっかり目に焼き付けてから、俺はその場を後にした。心配しなくても、あの二人は負けない。もし負けたとしても、すぐに立ち上がってくるだろう。


「……武運を祈ります」


 管理者(ゲームマスター)の俺に出来るのは、ただ祈ることくらい。賽の目はいつだって、かれら自身の手に握られている。

 せめて良い数字が出ますよう、ってな。


 未練を断ち切り、今度こそ、俺は湖エリアを()()するのであった。


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