天使さま、直進する
フクレ用の帽子を「職人通り」で求めた俺は、その後もいろんな店を冷やかして回った。道中、三種のモンスター肉串というのが売っていたので、つまみつつ、最後に武具店を訪れる。「赤土工房」という看板を掲げたクラシカルな店だ。
俺はそこで〈鍛冶師〉謹製のロングソードを一本買った。オーソドックスな両刃剣で、鞘とベルトもサービスでついてきた。
何故そんなものを買ったのかといえば、ちょうどいい武器がなかったからだ。
――これからダンジョンへ潜るための。
今日の目標である「職人通り」はもう十分見ることが出来た。だから帰ったっていいんだが、ふと“錆落とし”をしたくなったのだ。冒険者時代、ゼル爺に伝授された種々さまざまな技も使わなければ腐っていく。
たまには鈍った体をしごいて感覚を取り戻さなくちゃならない。
自分が作ったダンジョンに挑むなんて、まるでデバッグ作業みたいだが。
ダイエ――良い運動にもなるし、一石二鳥だ。
ここらでいっちょRTAといこうじゃないか。
それに……有翼人種が挑むとどうなるのか、確認も出来るしな。
確か東京摩天楼の攻略は現在、第二十層まで進んでいたはず。
設計者が新雪を汚すわけにもいかないので、20Fのボスを倒したら帰還しよう。
そう決めて、俺は第一層への扉に手をかけた。
一瞬、膜を突き破るような感覚。
気がついた時にはもう洞窟の中にいる。
東京摩天楼、第一層。
人々が「ゴブリン窟」と呼ぶ魔境は、かつての静けさが嘘のように人で賑わっていた。あちこちで新人探索者たちの悲鳴が木霊する。
この調子だと俺の相手をしてくれるゴブリンを探すのも一苦労かもしれない。
もっともそれは、俺に戦うつもりがあればの話だ。
「いっちに、さんし――……ふぅ」
軽く準備運動をして、脳裏に第一層の地図を想い描く。
ライブカメラはもちろんオフだ。十中八九、大型新人登場! とか騒がれるのが目に見えているし、そこから俺の正体に勘付かれるのも面倒くさい。それに自分が作ったゲームで俺TUEEEEE配信とか、空しいだけだろ?
今日の俺は公務じゃなく、私用で来てるんだ。
まぁ、そんな感じ。
「よし、行きますか」
誰にともなく呟いて、俺は地を蹴った。
ふわりと体が宙に浮き、次いで壁へ着地する。さすがにチュートリアルエリアの攻略なんて真面目にする気はないので、ショートカットさせてもらおう。
重力に引かれて落ちるより先、足を踏み出して、そのまま壁を直進する。
常時壁走りの状態で俺は第一層を突き進んでいった。
当然、道中で出会う相手は全て無視だ。
ゴブリンはもちろん、かれらと戦う新人たちの頭上を通り越す。
「な、なんだァ!?」
「風……?」
「今人が……あれ……?」
透明化を併用しないのは、面倒くさいから。あれで結構気を使う術なんだ。高速で移動すると、常に上書きし続けなきゃいけなくなる。言うなれば会話をしながら絵を描くようなもんだ。
出来なくはないけど、神経使うよね……みたいな感じ。
だから透明化せず、身体強化にリソースを割いて駆け抜けていく。結構なスピードなので、よほど目が良くないと気が付けないだろう。
といっても、今のダンジョンはあちこちにカメラが浮かんでいるような状況だ。
後で“妖怪壁走り”なんて言われたりして――と益体もないことを考えながら、探索者たちを俯瞰していて、思う。
本当に賑わってきたなぁ……と。
学生が多いのはきっと冬休みだからだろう。
でも、それ以外の人種もぱらぱらといる。
何というか、バラエティが豊かになった気がするのだ。
「よ、よぉし! こんなゴブリン、パパがすぐにやっつけちゃうからな!」
「パパ、ぷるぷるしてるー」
小さな子どもと一緒にいるあのおじさんは、たぶん親子連れ。協会の貸し出し装備に身を包み、震える手で槍を構えている。せがまれて、こんな場所まで来てしまったのか。だとすればとんだ家族サービスだ。
眼下に見える景色が次々と切り替わっていく。
「課長、絶対無理ですって!」
「いや、いける! 絶対にあたる! 俺を信じろ! 名付けて“東京摩天楼観光ツアー・ゴブリン尽くしの旅”だ!」
「大人しく名所巡りにしましょうよぉ、コース料理の方がいいですって!!」
今度はスーツに申し訳程度のプロテクターをつけた二人組。
あれは……なんだろう。もしかして観光会社の下見だったりしないよな?
いくらなんでもゴブリン窟は観光資源に向かない気がするんだが……。
「西高の奴らが急に強くなったのはダンジョンで鍛えたからに違いない。私たちも最後の年に向けて、追い込みをかけるぞ!」
「ですが部長」
「なんだ」
「ぶっちゃけ怖いっス」
「…………うむ。私もだ」
「えぇ……」
何故だか剣道着姿でうろついている集団もいた。
歩きづらいような気がするんだが、意外とそうでもないのか?
とかく、まだ第一層だからか探索者らしくない人間がたくさんいる。そんなかれらを尻目に俺は走り続けて、あっという間にボス部屋まで辿り着いた。
ここまでの記録は一分五十秒。
幸い、今は挑戦者がいないようだ。
なら、ちょっと行儀が悪いけど……。
「ていやっ」
壁走りの勢いそのまま、石扉を右足で蹴り開ける。ところが、加減を間違えて扉そのものを吹き飛ばしてしまった。
壁から外れた大きな石戸は、そのまま減速もせず直進し――
「グォオ――ゴベッ!?」
「あ」
満を持して登場したゴブリンウォーリアーさんに激突し、挽肉に変えてしまった。
……えーと。
おかしいな、ちゃんとダンジョンの構造物は破壊不能オブジェクトとして設定しておいたはずなんだけど。身体強化――肉体を霊子で賦活している状態だから、それが悪さした……んだろうか。
「け、検証成功!」
ダンジョンを構成する霊子と、俺が身にまとう霊子が喧嘩した、みたいな感じだろう。たぶん、うん。そういうことにしておこう。
いそいそと扉を付け直して、額の汗をぬぐう。
誰にも見られていなくて本当に良かった。
見られたらロゼリア号に招待して、記憶を消さないといけないところだった。
拉致といえば、宇宙人の十八番だからな……。
何はともあれ東京摩天楼・第一層、クリアだ!
なおツッコミ、批判等は一切受け付けないものとする。
◇ ◇ ◇
「よもや卑怯とは言いませんよね?」
俺がそう呼びかけると、ゴブリンキング――東京摩天楼・第五層の番人は歯を軋ませながら声を漏らす。
「ギイィ……」
憎々し気に俺を見つめる小鬼の王。
その配下は皆、俺に向かってくるでもなく全員足を止めていた。理由は単純。地に縛りつけられて、動くことが出来ないからだ。別に多対一をしたって良かったんだが、面倒くさいので、開始早々に操霊術を使わせてもらった。
地面を粘土細工のように動かし、配下のゴブリンたちに枷をつける。
ボスだけは意図的に外して、これで正々堂々一対一だ。
「いつでもどうぞ」
背中から剣を抜き放ち、自然体で構える。
そんな俺に対し、ゴブリンキングは地を這うように疾駆した。あまりにも低すぎる体勢。距離感が狂わされ、気がつけば眼前まで迫っている。
「ゲギャァッ!」
鋭い爪の一撃は俺の足を狙って振るわれた。
横薙ぎのそれを、俺は黙って踏みつぶす。
「ギ!?」
「…………」
まず相手の機動力を削ごうという腹か。狙いは悪くなかったと思う。
ただ悲しいかな、俺には通用しない。
何せこちとらゼル爺のスパルタトレーニングをクリアしてるんでな。
伸ばされたゴブリンキングの腕を踏んづけて、無理矢理その場に固定する。
必然、一方が一方を見下ろす形になった。
「ァ……ギャ……」
無防備に差し出された首。
断頭台よろしく、俺は上から刃を振り下ろす。
「えいっ」
それで試合は終了だ。
ころんころんと首が転がっていき、すぐポリゴンに変わった。
配下のゴブリンたちも主を失い消滅していく。
俺は軽く剣を血振りしてから鞘に納めて、頷いた。
「ちょっとは勘が戻りましたかね?」
久しく使っていなかった棚を引き出したような感覚だ。ああそういえば、こんな中身だったなと。血が巡り出し、手の平の熱を誤魔化すように、ぐっぱぐっぱと開閉した。
それから広間の中央に現れた報酬の宝箱を霊子に分解して、第六層へ向かう。
階段を昇れば、そこはもう別世界だ。
「っ……」
眼前に広がる緑の草原。
洞窟を抜けた先、差し込む日の光に目を細める。もちろん疑似太陽であって、本物の陽光じゃないが、眩しいものは眩しい。
この草原は巷で「狼平原」と呼ばれているそうな。
グラスウルフが出るからだろうか。
ともあれ洞窟フロアはこれで終わりだ。もう壁走りなんてしないで済むぞ。
一応通路というか、草の丈が低いところ、高いところの別こそあるものの、ボス部屋まで一直線で進むことが出来る。
東京摩天楼は6F~10Fが草原&森エリアで、11F~15Fが荒野エリアだから、もはや俺を遮るものは存在しない。その分フロア一つ一つが広大なため、一階層にかかる時間はさっきよりも多くなるだろう。
「よーい、どん」
掛け声一つ、俺は緑の海へ飛び出した。
ここまで来ると、さすがに第一層と比べ雰囲気が一変する。
いかにもなおのぼりさんは姿を消して、かっちりとした探索者の一党がよく目立つ。中にはクランだろうか、多数の人間を引き連れて演習を行っている様も伺える。その合間にちらほらとソロの探索者がいる光景。
俺が最初に思い浮かべたダンジョンの風景そのものだ。
つまり特筆すべきところがないので、横目に見て、さっさと通り過ぎていく。
今更だが、ダンジョンには各階の最奥に番人を配置していて、倒さないと先に進めないようになっている。誰かが中に入れば自動でボスが出現するので、再出現待ちはしなくても良い親切設計だ。
つまり同じボスを何度も倒したい場合は、一度出てから入り直す必要があり、これを許してしまうとボスの占有――特別なドロップを狙ったり経験値を稼ぐための居座り――が発生してしまうので、俺は一つ対策を講じた。
たとえば今、目の前に第六層のボス、グレートウルフがいるんだが。
「よっ」
「キャンッ!?」
グラスウルフよりも一回り大きい灰色の狼。
その首を一刀の元に斬り飛ばす。
足元に転がり込んできたドロップを霊子に還しつつ振り返れば――そこに霧の壁が立ち込めていた。濃密で、一寸先も見えないほどの霧だ。
樹木に囲まれた広間のうち、入り口だった場所が白く塗りつぶされている。
一見すると、ただ濃い霧に覆われているだけ。
だがその実、見えない壁に阻まれて進むことを許さない。
これが俺の考えた占有対策。要はボス部屋を一方通行にしたのだ。
戻り口を塞がれれば、探索者たちは先へ行くしかない。もちろん、そうすると今度は帰りたい時に帰れない。だから各階層を繋ぐ階段について、俺は“降りる”を選択した場合、一律で第零層へ繋がるようにしておいた。
こうすれば階段を使ったボス部屋の行き来も禁止できるし、今日はもう探索を終えたいという時に、すぐ帰還することが出来る。
いつか階層ワープも、即時帰還も排したガチガチのダンジョンを作る可能性はあるが、まだ全然、先の話だ。
ハードモードの実装を考えるにしても、もう少し探索者が育ってから。
焦らずじっくり、ことこと煮込んでいかなきゃな。
閑話休題。
つまり、このダンジョンRTAに「戻る」なんてコマンドは存在しない。
ただ前へ前へと突き進むのみ。
俺はひと際大きな樹木の中に繰りぬかれた螺旋階段に足をかけ、一気に駆け上がっていくのであった。




