天使さま、作戦会議をする
大規模戦闘とは何ぞや。
定義は人それぞれ、というかゲームそれぞれだと思うが、俺は多数の人間が一つの強大な敵に挑むイベント……だと思っている。そう、イベントだ。よりコンテンツを楽しむためのアクセントなのであって、決して苦行にしてはいけない。
「だから、レイド中は全ロス――敗北した時の装備消失を無しにしておこうと思うんです。そのせいで次回参加を渋られても困りますし。ただ、すぐ再挑戦出来ないようクールダウンは設けますが」
今俺はロゼリア号の食堂を作戦本部に変えて、フクレ、ゼル爺と一緒に次のダンジョンアップデート案を練っていた。
俺が大将でフクレが参謀、ゼル爺は特別顧問ってところか。
『具体的にはどのくらい間隔を開けさせるのでしょう?』
「うーん……一時間ですかね」
「レイドボス、だっけ? それはどのくらいの強さに設定するんだい」
「今の平均的な攻略深度を考えると……ちょっと厳しいですが三十層クラスが妥当でしょう。もちろん体力は増やして、火力は落としますよ」
普段はダイニングテーブルとして活躍している机の上に、今回レイドバトルのボスとして想定しているモンスター情報を投影する。それから、そのステータスを大げさに上げたり下げたりしてみせた。
こういうの、開発の裏側って感じがして面白いよな。
「そしてボスの体力は全世界、全ダンジョンで共有とします」
ここが今回のイベントの肝だ。
正直、今のダンジョンは場所ごとで攻略具合がバラけすぎている。日本の東京摩天楼は十七層まで進んでいるが、まだ十層を越えられていない国も多い。今までの例にならって、日本だけでレイドバトルをテスト開催する選択肢もあった。
だが、それじゃ通常運転と大して違わない。
せっかく大々的にダンジョンのキャンペーンを行ったんだ。
鉄は熱いうちに打てという。
「イベント自体は各ダンジョンの0Fから、時間になったら誰でも参加できるよう扉を開けます。ただしその先で待つボスは全て写身――本体じゃありません。それぞれのダンジョンで与えたダメージが蓄積されていって、一定量に達したら討伐成功……という流れですね」
こうすれば世界中の探索者を一か所に集めなくていいし、ダンジョンごとに難易度を弄らなくても済む。とにかくみんなで目の前のボスを殴ればいいわけだ。
「この辺りのシステムは【鑑定】で分かるようにしておきましょう」
少なくとも日本の探索者なら初見のボスに【鑑定】を使うだろう。
誰か一人でも調べてくれれば、後は波紋のように広がっていく。
「そして肝心要の報酬なんですが……」
「思いつかない?」
「いえ。候補はいくつもあるんです。ただ、どれもしっくり来なくて……」
俺が思うに、レイド系のイベントにおいて最も大切なのが報酬だ。
報酬があるから人が集まるし、攻略しようと躍起になる。
まぁ考えなしに実装すると、報酬目当てに参加だけして後は放置、なんてプレイヤーを生み出してしまうので、そう簡単な話じゃないんだが。
「レアドロップ? 取り合いになりますよね。経験値? 普通過ぎるというか。新しいシステムの開放? それじゃ参加した人のメリットは。そもそも貢献度で報酬を変えるのか? あれこれ考えすぎて、もう何が正解なんだか」
知恵熱が出そうだ。思わず頭を抱えてしまう。
するとゼル爺が俺の額に手を当てて、ひんやりと冷気を流してくれた。
「そういう時は目的を考えるといいんだよ」
「目的……?」
「レグのやりたいこと。思い浮かべてごらん」
「私の、やりたいこと……」
問われて、胸に手を当てながら考えてみる。
レイドイベント自体はマンネリ打破のためで、思いついたから走り出してみたという感じだ。あんまり深い考えはない。だけどたぶんゼル爺が言いたいのは、そういう目先の話じゃなくて……。
たとえば初心、あるいは“夢”のようなもの。
ちょっと手を伸ばしてみれば、すんなりと見つかった。
「――ダンジョンを一人でも多くの人に楽しんでもらいたい」
もし退屈な日常にファンタジーがやってきたら。
そんな妄想を大真面目に叶えようとしているのが今なのだ。
「そう、そうですね。別に特別じゃなくてもいいんです。大切なのは楽しめるかどうか。地球の人たちが夢中になれるような、熱くなれるような、そんな想い出を」
報酬はやっぱり経験値にしよう。無難だけど、貢献度に応じて増減する。
レベルが上がればきっとその力を試すため、探索者たちは更にダンジョン深くへ挑もうとするだろう。本当に欲しいものがあれば、その手で掴んでもらえばいい。
それより考えなくちゃいけないのは、イベントの完成度だ。
まさか棒立ちのモンスターを殴らせるわけにいかない。かといって、すんなりクリアさせるのも違うだろう。勝てるかどうか、ギリギリの瀬戸際を演出するのだ。たとえ数値上は余裕の勝利だったとしても。
そしてまた、探索者以外の人間にも楽しんでもらうためには――
『レグ様、レグ様』
「……っ! はい、なんでしょう?」
思わず悪い癖が出て思考の沼にはまりかけていたところを、フクレの声が引きずり上げてくれた。慌てて半透明なクラゲに目をやる。
見れば、触腕が指を差すようにテーブルへ向けられていた。
『このモンスターの名前はもう決められたのデスか?』
テーブルの上に投影されたモンスターデータには未だ名前がない。
確かに、せっかくの第一弾レイドボスが名無しの権兵衛じゃ恰好がつかないだろう。
俺はそのデータ――3Dモデルに起こした“ドラゴン”の顔を見ながら腕を組んだ。
「星獣、じゃあオリジナルそのままですし……」
そう、ゼル爺と一緒に探索した古代アセト文明の遺跡。そこから拝借した画像データを基に、俺はレイドバトル用のモンスターを作り上げたのだ。もちろん、あくまで参考にしたのは見た目だけ。
それでも一から作り上げないでいい分かなり時間短縮になった。
「ちょっと弄って――“禍つ星なる竜アリス・テスラ”なんてどうでしょう?」
空欄だった名前を埋めていく。
……うむ、なかなかいいんじゃなかろうか。
これなら夜中、枕に顔を埋めたくならないくらいの丁度いい塩梅だ。
そう思ったんだが、
『レグ様。名前の前についているこの「禍つ星なる」という言葉には、どんな意味があるんデスか?』
こてん、とフクレが首を傾げる。
その純真な指摘が俺の厨二心にグサグサと突き刺さった。
「うっ。それはその……二つ名、というか。特に大きな意味はなくて……」
言いたいことはわかるよ。
でもさ、そういうものじゃん!?
なんかこう……普通のモンスターとは違うんですよ感が出るんだよ!
なんて説明できるわけもなく。
「枕詞的な……?」
こうしてまた、俺の黒歴史に新しい1ページが追加されたのだった。




