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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
間章

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わたしの居場所・上(明日原祈)

 東京摩天楼、第十五層。

 茫漠たる荒野を抜けた先に待ち受ける番人(ボス)は、出来損ないの工作品――巨大な岩石をでたらめにくっつけたような人型をしていた。

 俗にロックゴーレムと呼ばれるそれ。


 そんな岩巨人に二人の探索者が立ち向かっている。


 一人は〈見習い勇者〉の青年、小浪(こなみ)(いさむ)だ。

 剣一本だけでロックゴーレムの攻撃を捌き、時に関節部を狙って刃を振るう。

 微々たるダメージをもう何度与えただろう。致命的な相性の悪さが伺えた。


 それを仲間の〈祈祷師〉、明日原(あすはら)(いのり)が固唾を呑んで見守っている。


「小浪、さん」


 ロックゴーレムが腕を振るう度、襲われているのが自分でないにも関わらず、ぎゅっと体を固くしてしまう。けれど恐怖に目を覆っている暇はない。

 祈には祈なりの仕事があるのだから。


 頭の中に走るタイムラインに従ってスキルを発動する。


「……【疾風(はやて)の祈り】」


 パーティーメンバーの速度を強化するスキル。既に勇にかけているそれを切らさないよう、効果時間が終わる直前で上書いていく。〈祈祷師〉のスキルは最大三つまで同時に付与することができるため、祈は細心の注意を払ってスキル回しをしていた。

 もし途中で解除されてしまえば、勇の感覚が狂ってしまう。そうなればミスを誘発するのが目に見えているだけに、バフ更新は緊張の瞬間だ。


 基本的に、ダンジョンのボスは人数に応じて強化される。

 だから勇と祈の二人だけで挑んでいても、絶対にボスが突破できないわけではない。


 けれど数は力だ。多ければそれだけ持てる戦術も幅広くなる。

 高い物理防御を持つロックゴーレムと、物理攻撃主体の〈見習い勇者〉では、明らかに後者の分が悪いと言えた。


 祈も何度か「烈火の杖」と名付けた魔道具で火弾を打ち込んでいるが、もう燃料の魔石が尽きてしまった。

 それゆえ〈祈祷師〉らしく祈ることに徹している。


(……小浪さんの足が鈍ってきた)


 もう戦闘を開始して、かれこれ30分は経っただろうか。

 いかに能力を底上げしているとはいえ、ほぼ一人で戦っているようなものだ。

 勇の体力に陰りが見え始めた、その時。



『――――――!!!!』



 びりびりと、空気が()()()


 ロックゴーレムに声帯はない。

 けれど、まるで咆哮をあげたかのようだ。


 気がつけば、ボスを中心に地面が溶けだしていた。

 どろりとした沼が急速に広がって勇とロックゴーレムを飲み込む。岩巨人はその巨体ゆえ、つま先しか沈んでいないが、勇は膝まで泥沼に捕らわれてしまっている。


(来た……!)


 あらかじめ配信で予習してきたため、祈に驚きはない。

 五層の番人(ゴブリンキング)十層の番人(レッドグリズリー)も、後少しというところまで追い詰めたら大技を放ってきた。

 つまり、終わりは近い。


 機動力を失った〈見習い勇者〉に向かって、ロックゴーレムが拳を振り下ろす。

 先ほどまで何とか躱すか捌いてきたが、今度ばかりは逃げ場がない。

 けれど勇は絶望していなかった。後方をちらりと一瞥する。


 信頼の籠った眼差し。

 祈は小さく頷いて、覚えたばかりのスキルを発動するため諸手を組んだ。



「――【拒絶の祈り(ふれないで)】」



 果たして、祈りは成就する。


 天から落ちる巨岩。

 それが勇に当たる直前で半透明の蒼い膜に遮られる。

 急造の防御膜(バリアー)は衝撃で壊れてしまったが、代わりにロックゴーレムの右手を跳ね上げた。


 思わずほっと一息つく祈。

 しかし脅威はまだ去っていなかった。


『――――!』


 ロックゴーレムが体勢を崩したまま、残る左手で掬い上げるような一撃を放ったのだ。


 唸りをあげながら迫る岩の拳を、勇はじっと睨みつける。

 そして軌道上に剣を置くと、ぎりぎりまで引き付けてから、



「……【埋火(アシェライト)】」



 衝撃の瞬間に合わせてスキルを発動した。


 赤く光る刀身がロックゴーレムの拳にぶつかる。

 質量差からして、普通に考えれば勝つのはロックゴーレムの方だ。


 けれど勝ったのは――――どちらでもなかった。


 互いが互いの攻撃を打ち消し合い、相殺される。

 その光景を見て、祈は以前、勇がいっていた言葉を思い出していた。


『え、新しいスキル? うーん、猶予時間2F(フレ)のジャストガード……って感じかなぁ。連発できたら強いと思うけど、人間卒業だよね……』


 祈には半分くらいしか意味が分からなかったが、とにかくタイミングが難しいそのスキルをこの土壇場で成功させたことに驚愕する。


 ただ、驚いたままではいられない。

 泥沼に足をとられながらも、勇がぐっと膝を曲げるのが見えたからだ。


「明日原さん!」

「……合わせ、ます」


 ロックゴーレムと勇。

 仕切り直しになったなら、動き出しが速いのは小柄な方だ。


「【戦神(せんじん)の祈り】」


 物理、魔術問わず、仲間の攻撃力を上げるスキル。

 それまでにかけていた防御的なバフを一つ上書きして、祈りが結実する。


 その願いを背に受けて、勇は泥沼から跳び上がった。


「いい加減――」


 ロックゴーレムの膝を蹴り、上へ上へと登っていく。

 そして岩巨人の右手の付け根、人間でいえば肩のところに向かって、渾身の力で剣を振り下ろした。



「壊れろデカブツ!!」


『――――――!!??』



 虚仮の一念岩をも通す。

 執拗に関節部を狙ってつけた傷。その上を完璧になぞった一撃は、ついにロックゴーレムの体から()()()を一つ切り離した。


 拳の役割を果たしていた岩の塊。

 それが泥沼に沈み込む。

 勇は足場代わりにそこへ着地して、沼の外まで逃れ出た。


(やった……!)


 喝采をあげたいところだが、まだ勝負は終わっていない。

 勇はあくまで慎重に、剣を構えて様子を伺っている。


(……油断、ダメ、絶対)


 細い糸を手繰り寄せてここまで来たのだ。

 せめて最後まで彼の足を引っ張らないようにしなくては。

 そう考えて、手持ちのスキルを確認する。



 自分に出来るのは、ただ祈ることだけなのだからと――



 そんな少女を他所に、ロックゴーレムが一歩足を踏み出す。

 一時たりとも気の抜けない戦場は、今、最終局面を迎えようとしていた。



   ◇ ◇ ◇



 十五層の番人(ロックゴーレム)がドロップした大きな魔石は、換金した結果それなりの金額になった。何でも今、高負荷実験に耐えられるほどの質量を持った魔石が、エネルギー研究のためにとても重宝されているのだという。


 おかげで山分けしても、三か月は遊んで暮らせそうなお金が祈の手元に転がり込んできた。今回の探索で消耗した物資――主に魔道具用の魔石を仕入れたり、装備更新のために積立金を残しておく必要はある。それに内10%は“ダンジョン税”行きだ。

 それでも大金は大金。思わず頭の中で使い道を描いていく。


 ちなみに祈は報酬の分配について、今まで何度となく文句を言ってきた。

 少ないからではない。

 その真逆――自分の取り分が多すぎやしないかと。


 いつだって戦っているのは勇だ。自分は後ろで見ているだけ。だから等分ではなく、勇がもっと貰うべきだと主張しても、彼は頑として頷かなかった。

 お互いがお互いに譲り合う不毛な言い争いを経て、結局二等分することに落ち着いた。


 普段はどこか頼りないのに、一本芯が通っていて、これと決めたら譲らない。

 出会った頃と比べ、少し逞しくなった背中。

 それを祈がぽーっと見つめていると、唐突に勇が振り返った。


「明日原さん? どうかした?」

「……何でも、ないです」

「そう?」


 追及する視線から逃れるよう、祈は俯く。


「うーん……。新しい転移陣も起動して、キリがいいといえばいいし、明日からちょっとお休みにしようか」

「えっ」

「一週間くらい。どう?」

「わ、わたし、まだ、いけます」


 むん、と拳を握る祈。

 だがその虚勢は逆効果だった。


「ごめんね、俺がお休みしたいんだ。連日連夜で疲れちゃって。もう歳かなぁ……」


 そう言って勇が頬をかく。

 苦笑して、いかにも最もらしい理由をあげるが、彼がこういう顔をする時は大抵嘘をついている時だ。昔から大人の顔色を伺って生きてきた祈には、それが伝わってきた。


「わかり、ました」


 気を遣ってくれることは嬉しい。

 けれど悔しさも覚える。


 祈はまだ十六歳だ。

 勇からしてみれば守るべき『子ども』なんだろう。

 どんなに背伸びしてみたところで、彼の目線が変わることはない。


「ありがとう、明日原さん」

「……い、え」


 本当は苗字じゃなくて名前で呼んで欲しい。それを口にしてしまったらこの関係が終わってしまうんじゃないか。

 だから祈は今日もぬるま湯に浸かることを選ぶ。


「じゃあ帰ろうか」


 探索者協会のロビーを後にし、ダンジョンの外に出ると、現実世界はちょうど日が暮れ始めたところだった。

 秋になり、すっかり夜が来るのが早くなった。


 秋風の中にふわりと香る金木犀の匂い。

 それを楽しむ間もなく、ポケットの中でスマートフォンが震えた。


「……うわ、めちゃくちゃ通知きてる」


 ダンジョンの中は通信が途絶されている。例外は「D-Live」だけ。

 だから探索を終えて外に出ると、いつも一気に通知が来るのだ。


 特に勇は祈の代わりに他の探索者と渡りをつけて、装備のやり取りや、臨時パーティーの交渉を受け持ってくれている。だからメッセージが溜まりがちだ。


 一方、祈は学友もいない――そもそもまともに登校していない――し、こまめに連絡を取り合うような相手も勇ぐらいしかいないので、大人しいものだ。

 けれど、今日は様子が違った。


 100件以上もの通知が溜まっている。

 差出人は全て同一人物で、「母親」と表示されていた。


「これ、全部返さないといけないのかぁ。定型文でも考えて――……明日原さん?」

「っ!」

「あの、大丈夫? なんだか顔色が悪いような気がするけど」

「……なんで、も、ありません。ちょっと、つかれちゃった、みたい、で」

「本当に? 辛かったらちゃんと言うんだよ」


 ばくばくと心臓が鳴って、頭に血が上ってしまったように目がぼやける。


 何とか誤魔化さなくては。

 その一心で祈は言葉を紡ぐ。


「かえり、ます」


 そう言って脱兎のごとく駆けだした。

 後ろから勇が自分の名を呼んでいるような気がしたが、ただひたすらこの場から逃げ出したい祈の耳には届かなかった。


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