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天使さま、旅立つ

 時は移ろいで行き、地球を見つけてから1年が経った。


「レグ、忘れ物はないかな? 向こうについたらちゃんと連絡するんだよ。君は〈姿うつし〉が使えないんだから。あと現地の食べ物を無暗に食べたりしないこと。この間も出先でお腹を壊したでしょ。あと――」

「もう! わかりましたってば!」


 俺こと有翼人種(ハーヴェン)のレグ・ナは17歳になり、いよいよ地球へ向けて旅立とうとしていた。今はゼル爺から借りた、というか実質譲り受けた宇宙船に乗り込むべく、空港で搭乗準備をしているところだ。


 空港といっても前世のそれとは違い、惑星ハーヴェンに造られた軌道エレベーターの天辺、文字通り空に浮かんだ施設にいる。

 荷物の積み込みも終わり、あとは乗るだけなのだが、今生の別れでもないのにゼル爺の話はいちいち長かった。


「子どもじゃないんですから、そんなに心配しないでください」

「ふぅん」

「……なんですか、その顔は」

「この一年、君のおかげで退屈しなくてすんだなぁと思い返している顔だよ」


 ゼル爺による職業訓練は、一応半年で区切りがついた。

 ゼル爺が言った通り、未開拓惑星・地球(ア・リステラ)の開拓者としてエントリーしたところ、他の応募者がいたかどうかはわからないが、特に選考も経ず採用された。ただ事業の開始日と補助金の交付を待つ関係で、結局さらに半年間ゼル爺に連れられて銀河を巡った。


「君のお尻があやうく丸焦げになるところだった火蜥蜴(サラマンダー)事件とか」

「うっ」

「知らない内にお酒を呑んでいて、お店を吹き飛ばしそうになったこととか」

「ううっ」

「あとなんでも口にしてすぐ体調を崩すところとかね」

「……ごめんなさい、私が悪かったです」


 この一年間無数に積み上げてきた失敗を数えてみれば、そりゃ心配されるのも無理ないよな、と思う次第だった。



「でも、それが君なんだよ、レグ」


「……どうせ落ちこぼれですよ、私は」



 元々転生した時から、自分が周囲についていけず浮いた存在であることは自覚していた。特別なんかじゃない、劣っている存在なんだと。


 地球にいたころでさえこんな感覚は常にあった。

 だがそれは思春期を終え、自分が特別な人間になれないことを自覚してしまったことからくる、ほろ苦い自認のようなものだった。


 今俺が感じているのは、それとは別の感情だ。

 疎外感といってもいい。ゼル爺という本物を見せつけられて、いかに自分が紛い物であるかを認識してしまった。ハーヴェンという器の中に、地球人の魂を入れこんだ混ぜ物なんだと。


 普段抑え込んでいた気持ちがほんのり外へ出てきてしまう。

 それを隠すように、少しだけ俯いた。


「確かに、他の子たちなら()()はならなかったろうね」

「…………」

「でも、君じゃなければ外界に出ようとも思わなかった」


 一度言葉を切って、ゼル爺は続ける。



「僕が見てきた中で君は一番落ち着きがなくて、落ち込み屋で、失敗も多かったけれど。誰よりも頑張って、もがいて、人間らしかった」



 いつも穏やかで笑みを絶やさない人。

 そんな印象しかない老天使の瞳に憂いが見えるのは気のせいだろうか。



「君は僕たちが背負った業の外にいてくれた。僕たちが忘れてしまったものを思い出させてくれた。僕も同族の中では変わり者で売っていたから、君の気持ちが少しだけわかる気がするんだ。その立場からもう一度いわせてもらうけど、レグ、君は君なんだよ」



 ハーヴェン族は内向的な人間が多い。

 生まれ持っての性質が穏やかというのもあるが、幼少期に使用する教育カプセルの影響で関心が既知のもの――周囲よりも、自身へ向きやすいんだろう。


 俺はついぞ彼らと同じになることができなかった。

 つまらない前世に引っ張られて、地球のことが忘れられなくて、変わってしまうことが怖くて……。


 ――そうか、俺は。


「このままで、いいんでしょうか」

「それを決めるの僕じゃないよ」

「……はい」


 周囲に馴染めなくて、孤独になって、だから故郷が恋しくなったんじゃない。


 周りに合わせて自分を変えてしまったら、前世の自分が消えてしまうんじゃないか。


 レグ・ナという生に塗りつぶされて、普通の男子高校生だった頃の人生が――「山戸(やまと)耕助(こうすけ)」として生きてきた17年を思い出せなくなってしまうことが。

 怖くてたまらないから、独りでいることを選んでいたんだ。


 いくら完璧な種族に転生したとしても、自分の心がわからず戸惑い迷う弱さを「人間らしい」というのなら。

 俺はそれを、捨てずにいたい。


「ま、失敗してばかりじゃ困るんだけどね。君は僕らを代表して事業に参加するようなものなんだから」

「善処します」


 おどけて肩をすくめるゼル爺の言葉に、くすりと笑う。

 素直に心から出てきた笑いだった。


「それじゃ門出を祝って、これをプレゼントしよう」

「頭飾り、ですか?」


 黄金の冠、とでもいえばいいのか。

 被るというより載せるというのが正しいくらい小さいサイズで、ティアラのイメージに近いかもしれない。これをつけたところで威厳は増さないが可愛くはなるだろう。


 そんなアクセサリーがちょこんと頭の上に載せられる。

 ……というか今、どこから出した?


「お守りだよ」

「はぁ……」

「つくづく贈り甲斐の無い子だね、君は。いいからつけておきなさい」

「まぁ、そういうことなら」


 着飾るという文化が廃れて久しいハーヴェン族だが、ゼル爺はちょっと変わっているから餞別をくれたんだろう。

 特に断る理由もないので、大人しく受け取っておくことにした。



「よしよし。それじゃあ忘れ物は――」


「だから、それはもういいですってば!!」



 ボケているのか真面目にいっているのか。

 いまいち判別がつきづらい言葉を叩き切るように大声を出した。


 空港が閑散としていて悪目立ちしなかったのが幸いだ。

 閑散というか、俺たちしか利用者がいないが……。

 つくづくハーヴェンというのは引きこもり種族である。


 そんな中、唯一こちらに近づいてくる影があった。



『そろそろお時間デス』



 妙に可愛らしい声音。地球人の感覚でいえばアニメ声のようなそれ。

 見ればそこに薄緑色のクラゲが浮かんでいた。大きさは50cmくらい。半透明で傘の中に金平糖のようなものが泳いでいる。


 彼、あるいは彼女は妖精種(シルキー)のフクレ。

 ハーヴェン族が造り出した人工生命体だ。


 進んだ文明によりハーヴェンたちはあらゆる労働から解放された。働かずとも生活していけるだけの物質を生み出す技術を持っている。ただそのライフラインを運営する誰かは必要で、結果ものぐさな彼らが生み出したのが、自分たちに仕える小間使い専用の種族――シルキーなのであった。


 フクレはクラゲの姿をしているが、彼らに決まった姿はない。

 鳥だったり、犬だったり、イルカだったり、何かしら愛玩動物の形をしていることが多いだろうか。

 ただひとつ、明確に人の姿を取ることだけは禁止されていた。


「おや、もうそんな時間かい。フクレ、くれぐれもこの子から目を離さないように」

『ハイ。恐れ多いデスが、拝命いたしました』


 まるでカーテシーをするように、フクレが傘の縁を少しだけ持ち上げてお辞儀する。


 本当は一人旅の予定だったのだ。

 ただゼル爺に待ったをかけられて、サポートにシルキーを一体連れていくことになった。そこでデータバンクに登録されている妖精種の中から、俺自身が判断してフクレを選ばせてもらった。


 何故か雇用主である俺よりゼル爺の言葉に従っているような気もするが……。


 そんな思いをよそに、フクレは俺の足元に置いてあった鞄を触腕で持ち上げて、先に船へ乗り込んでいった。

 後にはまた二人だけが残される。


「え、と」


 この星と地球は離れているが、譲り受けた宇宙船を使えば、せいぜい一週間程度で向こうにつく。だから帰ってこようと思えばいつでも帰ってこられる。元より連邦への定期的な報告は必要だし、何度か戻ってくる予定ではあるんだが。


 思うに、俺は別れの言葉を口にしたことがあまりなかったかもしれない。


 ハーヴェンに生まれ変わってからはもちろんのこと、前世でも死は突然にやってきた。別れなんていう暇もなかった。



『――耕助、お弁当忘れてるわよ』


『……いらね。今日試験だから』



 もし、戻ることができたなら。

 俺はきっとあんなこと、口になんてしなかったのに。


 寂しそうに「そっか、ごめんね」と笑っていた母さんの顔が、ふと脳裏に浮かんだ。


 苦い思い出に押しつぶされて、上手く声が出てこない。

 そんな俺にゼル爺はあっさりと魔法の言葉を教えてくれた。



()()()()()()()()、レグ」



 そうだ、あの時俺がいいたかったのは――



「はいっ、いってきます!」



 時を巻き戻すことはできない。

 それでも出かけよう、懐かしい故郷へ。


 今はただ郷愁と、偶然しかないけれど。

 突然与えられたこの生を惰性でなく、今度こそ全力で楽しむために。


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