天使さま、前世を想う
「ふんふふ~ん♪」
その日、俺はすこぶる機嫌が良かった。
理由は単純で、とうとう地球で自由に使えるお金が手に入ったからだ。
後はもう寝るだけという状態で、自室のベッドに転がりながらネットサーフィン。
こんなに幸せなことはない。
どうでもいいことだが、ハーヴェン族は寝る時に羽を折り畳む。
「……あれ、この続きは何でしたっけ」
鼻歌を止める。
昔よく遊んだゲームのBGMを思い出そうとして、微妙に再現しきれない。浮かんできても別の作品だったり、ちょっと違ったり、中間を飛ばしてサビだけ出てきたり……。まぁ俺が地球で男子高校生をやっていたのは、もう17年以上前のことだ。
あの頃はサントラまで買ってる余裕もなかったしなぁ。
「まぁいいでしょう」
ともかく、つい独り言が出てしまうくらい、今日の俺はご機嫌だ。
日本のダンジョン――東京摩天楼に配信機能を追加して、早ひと月。
国民性に合っていたのか「D-Live」を通して探索者へ投げ銭をする人はそれなりにいた。けれど、それで俺の手元にすぐお金が来たわけじゃない。資金洗浄……というと人聞きが悪いが、地球の経済活動に乗っかりつつ、かつ俺の元へ辿られないようサイトの収益を得るには、いくつも迂回路を通らないといけないらしかった。
その辺りのことはフクレに任せっきりなので、本当に頭が上がらない。
今度こっそりコンビニスイーツでも差し入れるか。
いや、糖質が多すぎるとか言われそうだな……。
「……この通販サイト、こんなごちゃっとしてましたっけ」
ダンジョン配信をだらっと見るため、最近よく使っている携帯端末。
手に持つのが面倒なので、空中にホログラムを展開するフリーハンドモードに切り替えて、昔よく利用していた地球の通販サイトを開いてみたら、だいぶ記憶と違う。
細部が、なんてレベルじゃなく、何というか全体的に見づらくなっていた。
情報が多すぎるっていうか……今はこれがスタンダートなのか?
まぁ、買い物が出来るんだったら何でもいいか。
えーと、今の最新機種は――
「高ぁ!?」
え、嘘だろ!? 今ゲーム機ってこんな値段するのか!?
衝撃的過ぎて、思わず体を起こしてしまった。
これじゃお年玉で買えなくないか? 俺が知らん間にこんなにもインフレが……? 今の子はこんな値段のものを親にねだるのか。ハードル高すぎだろ。
もちろん今の俺なら十分買える金額なんだが、それは財布に余裕があるから言えるわけで。かつてお小遣いをやりくりし、夏休みにせっせとバイトした金から少しずつ削って、ソフトを厳選していた立場から言わせてもらうと、本当に高い。
……いや、まぁハードが高くなるのは仕方ないか。
技術だって日々進歩してるしな。
「ソ、ソフトも高い……。ほぼ一万円じゃないですか、こんなの」
9,980円にして微妙にお安い感を出そうとしているのが嫌だ。
「あ。でも、面白そう……」
悔しいがどのゲームもサンプル画像を見ているだけでワクワクしてくる。
昔散々パケ買いして痛い目を見てきたというのに、つい衝動買いしそうになる。
積みゲーしない派閥の俺としては、じっくり一品だけ選んでいきたいところなのだ。
「ふんふーん♪」
お、あの会社の正統派アクションか。いいねぇ。
え、もうこんなにナンバリング出てるのか!?
なんでこのゲームこんなに評価が荒れてるんだ……?
――そんな風に、地球のゲーム事情を通販サイトから読み解いていた時。
ある作品が目に飛び込んできて、俺は動きを止めた。
「これ、龍二と遊んでいた……。そう、リメイクしたんですね」
火見龍二――かつて、まだ俺が「レグ・ナ」でなく「山戸耕助」だった頃の親友。
あいつも俺ほどじゃないがゲーマーだった。
対戦ゲームや協力ゲームはもちろん、時々RPGも一緒にプレイすることがあった。どちらかがプレイしている横から、無責任にやいのやいのと口を挟むのである。
今俺の目に留まったゲームは、そんな作品の一つだ。
そしてあいつと最後に遊んだゲームでもある。
名前は「蒼海迷宮録」。海の中に現れたダンジョンを、プレイヤーが自由に組み上げた冒険者たちの一党で攻略していく、そんな内容だった。龍二と一緒にキャラを作って、確か三面まではクリアしたんだっけ。
気になって調べると、いくつも続編が出ているらしい。
コアな人気があって、少し前にリメイクまで漕ぎ着けたようだ。
「…………」
体を倒し、ぽふっと枕に頭を預ける。
それからしばらく、ぼんやり天井を見上げていた。
地球へ還ってきて、ダンジョンを作り、もうすぐ半年になるだろうか。
その間、基本見ているだけとはいえ忙しい日々を送ってきた。
けれど、暇な時間がなかったわけじゃない。現に今もこうしてくつろいでいる。
そんな時、努めて考えないようにしてきたことがある。
意識しないと、つい思いを巡らせてしまいそうになること。
それは――
俺の前世を知る人たちは、今どこで何をしているんだろう。
――という疑問だ。
……はっきり言おう。
怖いんだ。
あの日、俺は建物の倒壊に巻き込まれて死んだ。
そんな規模の地震が起きて、他にも犠牲者が出ていないはずがない。
勝手に龍二のやつは助かったと思っているけど、もし違っていたら。
あいつだけじゃない、親父も母さんも、亡くなっていたら?
確定させなければ、全ては“可能性”のままだ。
今は開拓計画に集中しなくちゃいけないからとか、調べるならいつだって出来るからとか、動かない理由はいくらでも作ることができた。
昔から俺はそういう理由づくりばかり得意だった。
歯医者に行くのだって、いつも虫歯が出来てから。
何故って、歯医者に行けば最後、虫歯が見つかって痛い目にあうかもしれない。行かなければ、見つかる可能性はゼロだ。心穏やかに過ごせる。
……もちろんそれは問題の先送りだ。
常識で考えれば正しくない。
でもついつい、そんな選択をしてしまう人間だった。
――それに、調べたところで何になる?
今の姿を見て、誰が前世の俺だと分かるのか。
よしんば説明したとして、信じてもらえなかったらどうする。
あれから17年も経ってるんだぞ。
親父も母さんも俺みたいなドラ息子のことは忘れたに決まってる。
何なら頑張って子どもなんか作ってたりして……。
「…………」
知らなければ、傷つかずに済む。
今の人生を――レグ・ナとしての生を全うする方が正しいはずだ。
フクレはもちろん、遠いけれどゼル爺だっている。
もう俺は一人じゃない。
「……配送先」
気がつけば俺は体を起こし、リメイクされた「蒼海迷宮録」をカートに入れていた。
支払方法などを選択し終え、最後に配送先を決めるところで指が止まる。
普通に考えればコンビニ受け取りにでもしておけばいい。
変装なり、操霊術で認識を歪めれば、取りに行くくらい簡単だ。
だが俺は別タブを開き、「宴龍」という中華料理屋を検索した。
その店は龍二のお母さんが、旦那さん亡き後も一人で切り盛りしていた店だ。よく学校帰りに上がらせてもらった。もしまだ続いているとしたら――
「やっぱり、継いだんですね」
目当ての店がヒットする。
思い出の場所が潰れていなかったことに安堵しながら、俺は店の住所をコピーした。そして通販サイトへ戻り、入力途中だった配送先の欄に、その住所をペーストする。
これで、「山戸耕助」宛の荷物が店のポストに届くだろう。
大体二日も見れば確実か。
龍二のやつは常日頃から、自分が店を継ぐんだと言って憚らなかった。
少しでも家族の支えになりたいと修行して、よくゲテモノを食らわされたもんだ。もしアイツの夢が変わっていないんだったら、今もまだあの店で腕を振るっているはずだ。
果たして、旧友宛の荷物を、アイツはただのイタズラだと思うだろうか。
あるいは――
「……もう寝ましょう」
自分に言い聞かせるよう呟いて、電気を消す。
目を瞑り、眠ろうと強く意識するものの、余計に目が冴える。
結局、羊を千匹数えてみたところで、眠気はやって来ないのだった。




