今はまだ、トップクラン・上(真久利瑛太)
――ダンジョンという名の『異界』は、明らかに遊戯らしくされている。
それが探索者クラン「サンライト」のリーダー、真久利瑛太が導き出した結論だ。
日々ダンジョンに潜るたび、その思いを強くさせられる。
元々彼は「LUNA/luna」というゲーム会社でディレクターを勤めていた。
何故そんな人間が探索者になり、あまつさえ一大クランのリーダーになってしまったのか。
きっかけは、上司の三原による命令だった。
『これも勉強と思ってさぁ、ちょっとダンジョン行ってきてよw』
そんな鶴の一声で、ただでさえ修羅場にあった開発チームから何人か引き連れて、突然ダンジョンへ行かされるハメになったのだ。といっても、先に探索者ライセンスを発行してもらう必要はあったが。
何でもゲーム開発のヒントをダンジョンで探してこいとのことだったが、タイミングからして嫌がらせであることは明白だった。パワハラ・モラハラ・セクハラの常習犯である三原は陰で「三ハラ」と毒づかれるほど。
開発チームのメンバーを彼から庇ったことで、恨みを買ってしまったのだろうとすぐに感づいた。
とはいえ、表向き研修と言われてしまえば断るのも難しい。
三原からすれば、ダンジョンでちょっと痛い目にあってしまえ、くらいの考えだったのだろう。だが、瑛太が率いるパーティーはダンジョンに叩きのめされるどころか、目覚ましい戦果を挙げて帰還した。
ダンジョンに入ってすぐ、瑛太たちはゲームの攻略法が適用できることに気がついた。
そこに本人たちの才覚と職業が上手く嚙み合って、化学反応を起こしたのである。
『今度は僕も連れてってよw』
と、三原は懲りずに言った。
今話題のダンジョンへ行って、無事に帰って来たらしい――そんな噂で瑛太たちが持ち上げられるのを看過できるほど、彼は大人でなかった。
『君らでどうにかなるなら、僕がついてけば楽勝でしょw』
その結果、三原は仲間を見捨てて逃亡した。
モンスターを呼び寄せる警報罠を踏み抜き、パーティーメンバーを囮に逃げ出したのだ。
道中、女性社員へのセクハラ発言や、部下をもののように扱う態度に都度苦言を呈していた瑛太が、思わず呆気に取られてしまうほどの逃げっぷりだった。
社に戻ると、何故か瑛太たちが三原を突き飛ばして逃走したということになっており、三原の友人である社長もこの説を支持。
堪忍袋の緒が切れた瑛太は辞表を叩きつけ、「LUNA/luna」を退社した。
さぁこれからどうしようと途方に暮れていたところ、同じく辞めたメンバーたちが彼を慕い集まってきたため、とりあえず、日銭を稼ぐために「サンライト」というクランを立ち上げたのである。
瑛太は普段から、自身の開発チームに細かく目をかけ、三原の魔の手から守ってきた。
そこで「LUNA/luna」は櫛の歯が欠けるようにぽろぽろと人が辞めていって、中には瑛太を追いかけてくる者もいた。気がつけば「サンライト」は駆け込み寺のようになり、段々と規模を拡大させていったのである。
――つまり、クラン「サンライト」はゲームクリエイターから成る集団だ。
ゆえにダンジョンへ潜れば潜るほど、彼らは一つの結論に辿り着いた。
それはダンジョンが明らかにゲームの法則に従って運営されている、ということだ。
モンスター、経験値、スキル、ドロップ、ボスやリスポーン。
全てがゲームらしいのはもちろんだが、何よりも顕著なのが『成長曲線』だ。
東京摩天楼は第一層から上へ登っていくほど、少しずつ敵が強くなっていく。いきなり人類に勝てないような強敵は出現しない。レベルを上げ、探索者を段階的に強くしていこうという明確な意思が感じられる。
この空間をつくった存在は、自分たちにダンジョンを攻略させたがっている。
それがゲーム開発者の目線からありありと伝わってきた。
罠が置かれている場所も何となく分かるし、宝箱を置くならどこというのも何となく察せられる。ボスの予想だってフロアのモンスター傾向から予測が立つ。
だからこそ――
「たぶん、俺たちは攻略法を間違えていたんだと思う」
東京摩天楼・第十層。
深緑の迷路を抜けた先、この階層のボスが待つ広場を前に、瑛太はパーティーメンバーたちの顔を見回してそう言った。
「そだね。じゃなきゃこんな低層でボクらが三回も躓くワケがない」
気だるげに答えたのは〈錬金術師〉の天裡。元々瑛太率いる開発チームではメインデザイナーを担当していた女性だ。サンライトの初期メンバーでもある。
瑛太と天裡は昔から同じチームで動くことが多かった。ゆえに、お互い少しの言葉で意図を察してしまう。
そこに待ったをかけるように〈癒術師〉の一之瀬が手を挙げた。
「あ、あの! 私にも分かるように説明していただけると……」
彼女もまた元「LUNA/luna」所属の新人デザイナーだ。
見方によっては瑛太と天裡の会話を遮ったように見えなくもない。当の天裡は可愛い後輩とクランリーダーの顔を見比べ、ニヤリと笑った。
「敵の強さと経験値量から算出するに、ボクらはもうとっくに第十層の適正レベルに到達してる。なのに、ボスを突破できてない。それも一回や二回じゃない、三回だ」
「つまり俺たちは必要な何かを見落としているんじゃないか、ってこと」
レベルデザインが崩壊して、序盤から明らかに敵が硬すぎたり、攻撃が痛すぎるような『クソゲー』はこの世にごまんと存在している。こと現実に現れたダンジョンも、瑛太的には職業間のバランスがあまり取れていないように感じているが、レベルデザインまで狂っているように思えない。
だから適正レベル――ゆとりを持ってその階層を攻略出来るレベルに達しているはずなのに、未だ次の階層へ進めていないのはおかしな話だった。
横で聞いていた〈斧士〉の大門司と〈槍士〉の小木も口を開く。
「……なるほど」
「それで急に装備を新調したんスね」
寡黙な大門司と、おしゃべりな小木。
二人は「LUNA/luna」でプログラマーを勤めていた。入社時期も年齢も同じで、古巣では大小コンビと呼ばれていた。時に「大小コンビの小の方」と呼ばれ小木が怒っていたのも、瑛太からしてみれば懐かしい。
そんな二人が掲げた武器は真新しく、輝きを放っていた。
「ああ。なんせ、日本社会じゃ武器なんて売ってないからな。今まではドロップ産の武器を使い回してた。けど今回配ったのは〈鍛冶師〉が打った一品だ。ダンジョン産の素材を使ってな」
「ボクとイッチーは平和主義者だけど、大クンと小クンはぶんぶん丸だから、いつもと違いが分かったんでない?」
問われて、大小コンビはおずおずと頷いた。
「言われてみれば、スキルの通りがなーんか調子良かったッス」
「……切れ味、抜群」
その答えに、瑛太が我が意を得たりと笑う。
「レベルは足りてるはずなのに、いつもじり貧になって全滅してたろ? 何故、火力が足らないのか。ギミックか、弱点属性でもあるのか。みんなさんざん議論したけど、もしかしたら装備更新が追いついてなかったんじゃないか……って思ったんだ」
最近、ダンジョン配信専用サイト「D-Live」では、生産職ブームなるものが起きている。まだまだ戦闘職――瑛太にとっては手前味噌だがサンライトのような大手クランの攻略配信――に比べると、同接数は少ないものの、確実に伸びてきているのだ。
元がクリエイター集団だからか、サンライトには生産職もそれなりに所属している。そこで瑛太はリーダーとして、何か役に立つ知見が得られないか漠然と配信を漁っていたところ、とある〈鍛冶師〉へ辿り着いた。
そして〈鍛冶師〉が作る武器はスキルという望外の力に耐えうる耐久力や、下手なドロップ品以上の攻撃力があることが分かったのである。
「もしこの考察が当たってたら、俺たちはずっと『ひのきのぼう』で戦ってたことになるよなぁ」
「あれは大してお金を持たせてくれない王サマが悪いと、ボクは思うけどね」
腐ってもサンライトは名の売れているクランだ。
交渉の結果、〈鍛冶師〉謹製の武器を譲ってもらうことができ、今に至る。
ただし、タダというわけではない。
「んで……この武器でボスを倒せたら、ぜひ宣伝してくれってよ」
いわばスポンサーのようなものだ。
「いやはや、ちゃっかりしてるねぇ」
「責任重大だ……」
のほほんとしている天裡と、ガチガチに緊張している一之瀬。
二人の性格の違いがよく分かる。
瑛太は安心させるよう、一之瀬の肩を叩こうとして、
(……あかん。今はこういうのもセクハラだったな)
その手を大門司と小木の肩へスライドさせた。
男ならいいのか、という問題はひとまず置いておくことにする。
何故か残念そうな表情を浮かべる一之瀬。
「まぁ気負わずにいこうや。でも勝てたら、そうだな……高い焼肉つれてっちゃるよ」
古巣にいた頃から変わらない発破の言葉をかけ、後ろ手に手を振りながら。
瑛太はボスの待つ広間へ、一歩足を踏み入れた――




