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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
つながる世界

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39/103

パーティーの黄金比・上(胡条実夏子)

 東京摩天楼、第零層。


 ダンジョンの玄関口にあたるこの場所に事務所を構える「探索者協会」は、新造されたダンジョン省の下部組織だ。いってしまえば国営施設のようなもの。日夜やってくる探索者たちを捌きながら、ドロップ品の買取や、採取依頼の整理、探索者間トラブルの仲裁など、ダンジョンにまつわる多種多様な仕事をこなしている。


 ()(じょう)()()()はそんな探索者協会で働くパートタイム職員だ。


 主に受付カウンターに座って、施設の案内をしたり、現在の素材の買取相場やオススメの依頼を紹介したり、探索者たちの話し相手になるのが仕事である。ダンジョンに何らかの異常が起きていれば周知し、そのための聞き取り調査をすることも業務の一つだ。


 ダンジョンが24時間、年中無休で開いている以上、協会にも休みはない。

 必然的に職員はシフト制で流動的(フレキシブル)に働いている。


 毎日フルタイムでなく、子どもが学校に行っている間だけ働きたい実夏子のような人間にとって、協会の業務形態は渡りに船だった。新設省目玉の組織だけあって金払いもよく、転職して良かったとしみじみ思う。


「はぁ……」


 だから、実夏子が客に見えないよう物憂げに溜め息をついたのは、仕事とまったく関係がないプライベートな事情によるものだった。


「ミカさん、ため息ばっかしてると小じわが増えちゃいますよ~」


 隣のカウンターから、ささやくような声でそう諭される。

 思わず目をやれば、そこには同僚で女子大生の(みや)(ふじ)()()が座っていた。明るい髪色が目を引く活発そうな少女だ。本人曰く、染めているのでなく地毛らしい。


「あら、ごめんなさいね、宮藤さん」

「だからネコでいいですってば! せっかく『受付嬢』になれたんですし、ニッコリしないと! ほらスマイルスマイル!」

「ううん……。いくらなんでも私みたいなオバサンに『嬢』はキツくないかしら。結婚だってしてるし……」


 そう言って、実夏子は苦笑いしながら頬に手を当てた。

 薬指にはめられた指輪がきらりと光る。


 ごく一部の探索者たちの間では、実夏子や音子のような職員を「受付嬢」と呼ぶ文化があるらしい。実夏子は待遇でこの仕事を選んだが、音子はまさにその受付嬢に憧れがあって応募した――という話をつい先日、本人から聞かされた。


 御年三十五歳。小学二年生の息子がいる実夏子からしてみれば、自分に「嬢」なんて言葉は似つかわしくないと思うのも当然だった。


「えー! そんなことないですよ! ミカさんとっても綺麗ですもん!」

「ふふ、ありがとう」

「信じてなさそ~……。ま、ため息の一つも出したくなりますよね。だってこの時間、すっごく暇なんですもん」


 協会が混みあう時間は大体決まっている。

 24時間開いているとはいえ、まず朝方に大量の探索者がやってきて、昼前に一旦落ち着く。それから昼過ぎにまた塊がやってきて、少しすると波が引き……。日が落ちる頃になって夜型の探索者がどさどさとやって来る。そんな塩梅だ。


 ダンジョンへ潜る人間を管理するのはもちろん、出てきた探索者たちの戦利品を預かり、査定班へ回すのも彼女たちの仕事で、混雑時はひっきりなしに番号札を出すはめになるのだが。


 現在の時刻は午後二時。

 昼のピークタイムを乗り越え、協会のロビーは閑散としていた。

 来客がない時は、ダンジョン省に提出する統計データの整理や、正規職員から振られる事務作業をこなすこともあるが、今はそれも落ち着いていた。


 ぽっかりと空いた時間を埋めるように会話に花が咲く。


「あー、でもちょうどよかったかも」

「……?」

「ほら、今日の配信台は『サンライト』が映ってますよ!」


 配信台というのは、最近気がついたら協会のロビーに増えていたディスプレイだ。

 職員の誰かが持ってきて、壁にかけたというわけではない。


 この建物は摩訶不思議なダンジョンの中に作られているだけあって、ある日突然部屋が増えたり、設備が増設されることがあるのだ。配信台もそうして増えたものの一つだった。

 実夏子からしてみればそんな現象、恐怖でしかないが、「ダンジョンだから」で済ませて気にしない人間の方が多数派を占めている。


 何故、配信台という名前が付けられたのかといえば、文字通り、常に誰かしらのダンジョン配信が映されているからだ。


「サンライト?」

「今すっごく勢いがあるクランですよ! あ、クランっていうのは探索者の寄合みたいなもので……」


 画面の中では、五人の男女が深緑の森をゆっくり進んでいた。

 枝を払い、足元を取られないよう慎重に歩いている。


「寄合というには数が少ないような」

「ふふふ……それはダンジョンの仕様のせいなんですよ」


 はっきり言って、実夏子はダンジョンへの関心が薄い。

 仕事に関係のあること――魔石の平均査定額やモンスターの分布情報ならば真っ先に覚えたが、それ以外の枝葉末節になると、ほとんど何も知らなかった。


「モンスターを倒すと経験値がもらえて、レベルが上がるっていうのはミカさんも知ってますよね?」

「ええ、さすがにそれは研修で習ったわ」

「じゃあ複数人でモンスターを倒すと、その経験値はどうなると思います?」


 正直、経験値と言われても実夏子にはピンと来ないのが本音だ。

 何せ彼女はゲーム文化に触れずに育ってきたため、モンスター=経験値=レベルの図式が知識としてはあっても、体感として身についていない。


 それでも話についていくため、何とか身近なものに置き換えて考えてみた。


(もしホールケーキだとするなら……)


 一人だと丸々一個食べられる。

 けれど、たとえば五人なら。


「……頭割りになる?」

「正解!」


 音子がにやりと笑って、人差し指の腹を見せる。


「そりゃあいっぱい人がいた方がモンスターを楽に倒せますよ? でもその分、一人あたりの経験値量も少なくなっちゃいます。それじゃレベルが上がらないので、結局先に進めません。かといって人が少なすぎると戦うのも一苦労……! というわけで、その間をとった丁度いい人数がだいたい5人くらいなんだそうです」

「……なるほど、そういうこと」


 実夏子は思わず感嘆の声を漏らしていた。

 言われてみれば、今画面に映っているパーティーは五人組だ。それにいつも受付に来る探索者たちも、五人組が多かったように思う。



「だから日本が一番進んでるのね」


「え?」



 他国のダンジョン踏破率は、日本に比べると圧倒的に遅れている。

 まだ第五層も突破できていないところがほとんどだ。


 実夏子はその理由が、軍隊――個の力ではなく数の力に頼っているせいだと気がついた。


 日本は、()()()()()早期にダンジョンを開放した。だが他国はそうもいかない。腰が重かったり、法整備に時間がかかって、一部を除き、まだまだ民間人は立ち入れそうにない。その差が踏破率に出ているのだろうと。


「……なんでもないわ」


 あれこれ考えた結果、実夏子は首を振って話を打ち切った。


 軍がどうとか、ダンジョン施策がどうとか、そんな会話を探索者協会――国の一機関に勤める者が公然とすべきでない。少しでも政治的スタンスを示すとクレームの電話がかかってくるような時代だ。

 今は閑散としているが、誰が聞いているとも分からない。


「とにかく! 本当はサンライトのメンバーはもっとたくさんいるんですけど、今日はあの5人で探索している……というわけですね!」

「ありがとう、宮藤さん。いつも勉強になるわ」

「だからー、ネコでいいですってば!」


 そんな話をしている内に、配信台では変化が起きていた。


 森の中を進んでいた探索者たちの前に立ちはだかる影。

 全長二メートルはありそうな巨大な猪が、木立の裏からのっそりと姿を現す。


「わお、ファングボアだ」


 そのモンスターの名前は実夏子も知っている。

 協会では新種のモンスターが発見されると、ドロップ品の情報とともに職員へ回覧が回ってくるのだ。


 しかし、映像越しとはいえ聞くのと見るのとではまったく印象が違う。


「……凄い迫力ね」

「私、あんなのと遭遇したらちびっちゃいそうー」


 苛立たしげに枯葉を踏み鳴らすファングボアの姿は、見ているだけで震えが走る。口元から伸びた巨大な牙に貫かれたら、どんな人間だってひとたまりもないだろう。

 知らない内に実夏子は体を強張らせていた。


 一方で、そんな巨体に対するサンライトの面々は、落ち着いて武器を構える。

 ダンジョンの外に出れば彼らも普通の一般人に過ぎないというのに、そんな事実をおくびにも感じさせないほど堂々としていた。


(いい歳した大人があんな恰好をして……)


 と、実夏子などは思ってしまうのだが、何となく目が離せない。

 ほどなくして両雄のぶつかり合いが始まった。


 大地を震わせ爆走するファングボア。その気を引くように男が一人前に出て、剣と盾をがんがん打ち鳴らす。見事誘導に成功し、男はぶつかる直前で猪の突撃をひらりと躱してみせた。

 その隙を狙い仲間たちが武器を繰り出す――が、傷は浅い。


 かすり傷でも傷は傷だ。

 外傷を負わされたファングボアが怒り狂い、やたらめったらに牙を振り回す。

 木の葉が舞う。視界が悪い中、無軌道な暴力に襲われながらも、サンライトのメンバーたちは致命傷をもらわないよう上手く立ち回っていた。


 そうして稼いだ時間が勝機に繋がる。

 後方で待機していた〈氷術師〉。彼女のスキルが発動し、九つの氷柱(つらら)がファングボアの臀部を突き刺す。さらに〈錬金術師〉が瓶を投擲――頭部に命中するとともに小さな爆発を巻き起こした。


「さっすが、サンライトは遠近のバランスがいいですね!」

「そう……なの?」

「はい! 今日の組み合わせはー……〈冒険者〉〈槍士〉〈斥候〉&〈氷術師〉〈錬金術師〉! 前の三人がモンスターを引き付けて、後ろの二人がその補助をするって感じでしょうか。層が厚いクランだからこそ出来る強みですよねー」


 気分は実況席の隣に座らされた素人芸人だ。

 聞き手として、実夏子は素直に続きを促した。


「前衛だけのパーティーって案外多いですから」

「ああ……」


 実夏子の脳裏に今まで相手にしてきた探索者たちの姿が蘇る。

 つい「筋肉同好会」だの「シン選組」だの「アックス部」だのといった()()()()が浮かんでしまったが、ごく一般的なパーティーも音子の言う通り、前衛に比重が偏っているような気がした。


「前衛と後衛のバランスが大事なんですよ。つなぎなし、お肉100%のハンバーグなんて、あんまり美味しくないでしょ?」

「その例えはよく分からないしビーフ100%のハンバーグは美味しいと思うけれど……そうね、バランスは大事だわ」


 実夏子が知る限り、モンスターはモンスターごとに様々な特色を持っているらしい。

 火に強い種があれば、逆に火に弱い種もある。衝撃には強いが、斬撃には弱いというものもいる。それに対抗する探索者もまた一辺倒ではいられない。



「あっ――」



 形勢逆転し、一気呵成にファングボアを攻め立てていたサンライトたち。

 勝負はもう決まったかのように思えたが、ファングボアが最期の意地を見せた。

 苦し紛れに振るった牙がメンバーの一人に命中し、吹き飛ばす。


 思わず口を押えた実夏子に対し、音子は冷静だった。



「わぁ、さすがは最前線」



 かちあげられ、宙を舞う〈冒険者〉の男。

 よく見れば彼の持つ小盾がへこんでいる。

 咄嗟に防御が間に合った証拠だった。


(凄い……)


 探索者なんて野蛮な職業だ。

 少なくとも、自分の子どもには就いてほしくない。

 そう考えている実夏子であっても、その戦闘には釘付けだった。


 知らない内に拳を握りこんでいたことに気付き、はっとなって緩める。


「おっきな牙ですねー! あんなのカウンター(ここ)に載せられたら、へこんじゃいそう」


 画面の中、ファングボアからドロップした象牙色の牙を、サンライトのメンバーたちが嬉しそうに掲げている。

 確かにあの大きさなら、質量もそれなりにあるだろう。


 実夏子もまた所感を述べようとしたところで、


「あのー……。帰還手続き、お願いします」


 受付カウンター越しに探索者から声をかけられた。

 配信台を見るのに熱中しすぎていたらしい。


「っ、すみません。今準備しますね! 今日は売却希望のものなど――」


 仕事が終わるまで、まだ三十分もある。

 業務を疎かにしてしまったことを実夏子は強く恥じた。


(お話に夢中になるなんて……実夏子、あなた、しっかりなさい!)


 もしこんなところを母親に見られたら何と言われるか。

 既に実家と縁を切って十年以上経つが、染みついた癖は抜けきらない。


 隣に座る音子に目で軽く謝ると、実夏子は姿勢を正し、頭を仕事モードに切り替えていくのだった。


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