表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
つながる世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/103

昨日の敵は今日の飯・上(三津橋京)

 ()()(はし)(きょう)はソロの探索者だ。

 週に二三日、片道一時間かけてダンジョンへ通っている。


「ここはいつ来ても、風が気持ちいいなぁ……」


 東京摩天楼・第六層。

 今日も今日とてこの場所へ足を踏み入れた彼は、大きく伸びをした。


 洞窟型の第五層までと違って、四方どこを見渡しても草原が続いている。目を凝らせば、ちらほらと他の探索者の姿が目に入った。


(パーティ、か)


 まだ年若い、十代と思しき少年少女らがモンスター相手に苦戦している。

 その姿を見ていると、つい昔のことを思い出す。


 今から十年前、京は高校を卒業してすぐに郷里を飛び出した。

 東京で料理人になりたいという夢を抱き、上京して、がむしゃらに働いてきたのだ。その甲斐あって小さいながらも店を持ち、一国一城の主になることが出来たが、経営はお世辞にも上手くいっていない。


 今日日、暖簾分けでもない新規の小料理屋など、戦略もなしに流行るわけがなかったのだ。腕を磨くことばかりに熱中して、金勘定を疎かにしてきたのが仇となった。


(僕にもあんな頃が……って、やめやめ)


 ため息を堪えて首を振る。

 このままだと、店の帳簿を思い返して落ち込む一方だ。


「さー、今日も探索して行きますよっと」


 気を取り直すように言って、京は肩を回しながら歩き出した。


 何故、本業があるにも関わらずダンジョンへ通っているのか。


 一つは、小金稼ぎのためだ。

 火の車な経営状態の店を支えるため、金はいくらあったっていい。ただ、副業なら他にも沢山選択肢があるわけで……。



「何か面白い食材が手に入ればいいけど」



 とどのつまり、京が探索者をしている理由はこれに尽きる。

 彼に与えられた職業(クラス)が〈調理師〉であったことも、その動機を後押しした。


 低迷している自分の店に何とか梃入れが出来ないか。

 明日も見えない彼はダンジョンで光明を探し続けている。


「……いつも通り、僕はソロなので慎重に進んでいきますね」


 京の後ろから音もなくついて来ているライブカメラ。

 モノアイの球体へ向かって、ぽつりと言葉が投げられる。


 この不可思議な存在がダンジョンに現れるようになったのは、一週間ほど前のこと。初めこそ面食らったものの、今ではすっかり慣れてしまった。

 こうして無機物に挨拶するのもこれで四度目だ。


(まぁ、見てる人なんてほとんどいないけど)


 ちらりと確認した配信の同時接続者数は12人。


 今絶賛バブル期中の界隈であることを鑑みれば、あまりにも少ない数字だ。

 低層でゴブリン相手に四苦八苦しているニュービーたちの方がよっぽど見られている。


 一週間が経って、カメラや配信機能の使い方が熟知されたおかげで、視聴者数やコメントをホログラムで表示して常時確認できることが分かったものの、いっそ確認できない方が幸せだったかもしれない。

 少なくとも、京のような不人気探索者にとってはそうだ。


 それでも客商売をしている身の上として、苦い顔は見せない。

 もしかしたら配信をきっかけに来店してくれる人がいるかもしれないのだから。



「……グラスウルフが三体いますね。迂回しましょう」



 考え事をしている内にモンスターの姿を視界に捉えていた。


 大型犬よりも一回り大きな浅黄色の狼が三体固まって寝そべっている。一体は首を巡らせ辺りを警戒しているらしい。京のいる場所は草の丈が高くまだ発見されていないが、このまま進むとぶつかってしまう。


 その様子を見て、十数分ぶりにコメント欄が動く。


 “戦わないの?”


 純粋な疑問の言葉。それに対し、京は小さく首を振った。


「カテゴリ通り、僕は〈調理師〉なので。複数を相手にするのは厳しいです」


 もし〈剣士〉や〈槍士〉なら勇んで戦いにいったかもしれない。だが京は〈調理師〉だ。瞬時に複数のモンスターを屠るような攻撃的スキルを持っていない。道理から考えれば戦闘を避けるのが普通だった。


 “ふーん、つまんね”


 そしてまた、視聴者がそう考えるのも当然で。

 12人いた視聴者は気がつけば8人に減っていた。


(はぁ……)


 声に出さず、心の中でため息を零す。

 これが京のダンジョン配信における黄金パターンだ。しかし怒ることもできない。京だって同じシチュエーションに遭遇すれば、似たような反応をするだろう。


(この残っている人たちは、むしろ僕のどこに期待してるんだろう)


 一応〈調理師〉という、全体で見れば珍しい職業が気になっているのか。

 それでこの程度しか人が集まらないのであれば、いっそ『転職』したいものだ。


 ――東京摩天楼の第零層・安全圏(セーフティエリア)には「転職の間」と呼ばれる部屋がある。


 そこでは文字通り今就いているのとは別の職業(クラス)へ転職出来るのだ。

 あくまで候補の中から選ぶ形だが、間違いなく〈調理師〉以外の何かになれる。


 そこまで考えて、京はカメラに映らないよう自嘲した。


 仮に戦闘職になって、ダンジョン配信も上手くいくようになって、人気が出たとして。その知名度を生かせば自分の店も活気づくかもしれない。だがそれでは「有名人の店」になるだけだ。俳優や芸人が名前だけ貸すような飲食店と大して違わない。


(……同接とか、あんまり気にしないようにしよう。目の毒だ)


 なまじっか見えるから落ち込むのだ。

 完全に意識しないようにするのは難しいが、表示を消したり、視界から外すことは出来る。さすがにコメント欄は出したままにして――出したところで大して書き込みがあるわけでもないが――索敵を続ける京。


 ほどなくして、一匹だけで彷徨くグラスウルフを発見した。


「見つけました。今からアイツを狩りたいと思います」


 そう言って、腰から鉈を引き抜く。

 ダンジョンの中であるにも関わらず、刀身が陽光を受け、鈍い光を放つ。

 不幸にも、その光のせいで相手に気付かれてしまった。


「グァウッ!!」


 ダンッ――と地を蹴り疾駆する狼。

 あっという間に大きくなる影へ、京はスキルを発動した。


「っ、【鑑定(アナライズ)】!」


 アナライズは生産職が共通して持つ基本スキルだ。

 〈調理師〉以外の生産職も覚え、使うことができる。


 ただし、職業によって微妙に専門性が異なる。〈調理師〉なら食品、〈鍛冶師〉なら鉱物といったように、それぞれの専門にあったものに使用すると、対象の情報を(つまび)らかに開示してくれる一方で、専門外のものに使うと漠然とした情報しか得られない。

 そしてまた、モンスターに使用すると相手の残り体力(ヒットポイント)が分かる。


 京にとってグラスウルフは初見の相手じゃない。

 過去に何度も倒したことがある。


 それにも関わらず【鑑定】を発動した理由は――



「……見えた」



 足の腱を躍動させ、ぐんぐんと進む浅黄色の狼。

 京の目は、その体に走るいくつもの『線』を捉えていた。



「ガルァア!」


「ぐっ」



 グラスウルフが飛び掛かる。


 爪と、遅れて牙による攻撃を、鉈の面で何とか受け止める。そのままグラスウルフの腹を蹴って突き飛ばした。伏せるように四つ足で着地する獣。僅かに生まれた距離を、京は自ら踏み出してかき消した。



「そ……こォ!」



 身をかがめ、薙ぎ払うように鉈を振るう。

 その刃は『線』を正確になぞり――グラスウルフの横っ腹を切り裂いた。



「ギャイン!?」



 悲痛な叫びが木霊する。


 その悲鳴を聞きながら、京は振り抜いた勢いのまま地面を転がっていた。反転し、膝立ちになってグラスウルフの方を振り返る。すると、ちょうどポリゴンエフェクトが弾けるのが見えた。

 視線の先、ドロップ品――魔石と葉にくるまれた包みがぽとりと落ちてくる。


 そこまで見届けて、京は大きく息を吐いた。

 集中により狭まっていた視野がじんわりと広がっていく。


 “一撃!?”

 “え、強くね”

 “グラスウルフってこんなに脆かったか?”

 “最初から弱ってたとか”

 “そんな風には見えなかったけどなぁ”

 “アナライズ……なんのスキル?”

 “攻撃スキルには見えなかったけど……”

 “どんなカラクリだ?”


 気がつけば、配信のコメント欄が珍しく活気づいていた。


「わっ」


 これまでなかった事態に、思わず目を丸くしてしまう。

 驚きは、同時に疑問も運んできた。


(……なんでこんな、急に?)


 確かに配信的には盛り上がるシーンだったかもしれない。

 だが先ほど見た時、同時接続者数は8人だった。


 ともかく、話題を振られているのに答えないのは失礼だろう。


「あー、えーと、コメントありがとう……ございます。【鑑定】っていうのは、食材に使うと賞味期限とか成分が分かるスキル、なんですけど、お肉に使うと筋が光って見えるんです。なのでさっきはその筋を切ったって感じ……ですね」


 何とか説明しようにも、その口調はたどたどしく頼りなかった。

 普段からカメラ――見えない視聴者に向かって話しかける生活などしていないから、当然だ。


 “??????”

 “な、なんの話だ?”

 “日本語で頼む!”

 “お料理教室始まった?”


 案の定、上手く意図が伝わらない。

 それでもこの一週間、視聴者たちもまた数々の新参配信者を見守ってきたのだ。難解なパズルを解きほぐし、正解に導く者が現れる。



 “つまりグラスウルフにアナライズのスキルを使うと、筋(?)が光って見えて、そこを切ったら倒せたってことか?”



 そのコメントに、京は我が意を得たりと手を叩いた。


「そう! 最初は肉の筋取りに便利なスキルだなーって思ったんですけど、モンスターに使っても有効なことが分かって……。あれですかね、弱点攻撃みたいな」


 戦闘職と違い、生産職のスキルは一部ダンジョンの外でも使える。

 京としてはむしろダンジョンよりも本業の方でばかり【鑑定】を使っているのではないかと思うぐらいだ。


 “えぇ……”

 “そんなことある?”

 “なんかバグ技じみてて草”

 “それ絶対使い方間違ってるだろw”

 “能力バトル漫画で探したらこういうのありそう”

 “生きてるうちから下処理していくのか(ドン引き)”

 “食べることは、生きることなんやなぁ……知らんけど”


 一つ言葉を出せば、それに対しいくつものコメントが返ってくる。

 今までなかった経験に、京はふわふわとした気持ちのまま頬をかいた。



「そんな変、ですかね? ほかの〈調理師〉の人もやってるんじゃないかなー……って、そうだ! ドロップ品拾わなきゃ!」



 グラスウルフを倒したことでドロップした魔石と、葉でくるまれた何か。

 地面に放置したままだったそれらを、京は慌てて拾い上げる。そのまま魔石は腰のポーチに入れ、もう一つのドロップ品はカメラに見えるよう突き出した。包みを解き、葉っぱに覆われていたものが姿を現す。


「あー、良かった。落ちないこともあるんですよね。ほらこれ、グラスウルフの肉。サシが入ってないし筋ばってるから硬いんですけど、肉自体に香草の風味があって結構イケるんですよ! さ、腐らないうちにしまっときましょう――【保管庫(クーラーボックス)】!」


 【保管庫】もまたアナライズに並ぶ生産職の基本スキルだ。

 四次元から箱を呼び出し、その中に荷物をしまうことができる。ただし収納できるものは職業によって異なり、〈調理師〉の場合は食材しか入れられない。その代わり冷蔵機能のおまけつきだ。

 これが〈鍛冶師〉なら【保管庫(ウェポンケース)】になるし〈裁縫師〉なら【保管庫(クローゼット)】となる。


 今はまだレベルが低いため、ミカン箱くらいの大きさしかないが、本人のレベルが上がっていくにつれ箱も拡張されていく。数少ない成長するスキルだ。


 そんな箱の中へ、慣れた手つきでグラスウルフの肉がしまわれる。


「これでよし、と」


 ぱたん――【保管庫】の蓋を閉じると、箱は独りでに消え去った。

 満足げに京が頷く一方で。


 “何の何の何!?”

 “なんか出てきたと思ったら消えたんだけど”

 “いろいろツッコミどころが多すぎる!”

 “いやあれは知ってるスキルだ。でも武器しかしまえなかったような……?”

 “いやいや薬品がしまえる箱でしょ?”

 “そもそもグラスウルフって肉ドロップしたっけ?”

 “俺も見たことないんだけど、レアドロ?”


 コメント欄は落ち着きなくざわめいていた。


(あー……たぶん、みんな〈調理師〉のことをよく知らないんだろうなぁ。それにしても、なんか流れが速くないか……?)


 本当に珍しいこともあるものだ。そういえばと、京は同時接続者数を非表示にしていたことを思い出す。気を取られるから、見えないようにしていたのだった。


 恐る恐る、怖いもの見たさで確認してみると、



「514人……!?」



 そこには普段の50倍もの数が、煌々と輝いていた――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
料理人でゴブリンキング単独撃破ってヤバない!?と思ったら 「月姫」のシキ君だったでござる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ