天使さま、配信道を説く
俺が思うに、ダンジョン管理者としての生活は健康によろしくない。
何故って、外に出ることがないからだ。
第一、普段生活しているロゼリア号の船内――地球の衛星軌道上には、朝と夜の区別がない。寝ようと思えばいつでも寝られるし、その逆もまたしかりだ。意識して生活リズムを作らないと、すぐに破綻してしまう。
保存食中心の生活も不健康だ。ハーヴェン族が常食しているゼリー飲料は、さすがというべきか栄養バランスが取れていて、太りもしなければ痩せもしない。文字通りの完全食品なのだが、さすがに食べ飽きた。それでつい別のものに手を伸ばしてしまう。
ゼル爺にはもっと肉をつけろと言われたが……。
俺の中にある理想の天使像はスレンダーな姿なのだ。
そういうわけで、ロゼリア号の食堂兼リビングにマットを引いて、
「よっ……ほっ……」
俺は簡単なエクササイズを行っていた。
せっかくゼル爺が鍛えてくれたのに鈍らせるのも勿体ないし、なんだかんだ体を動かすのは気持ちいい。それが分かっているのに、どうしていつも運動を始めるまではあんなに気が重いんだろうな?
不思議に思いながらも手足の動きを止めない。
ちなみに、こう見えてちゃんとダンジョン管理者としての仕事も行っている。
まぁ仕事というか、半分趣味みたいなもんだが……。食堂の壁に四窓でダンジョン配信を映して、それを見ながら体を動かしているのだ。
一週間とちょっと前、日本の総理大臣と自衛隊――第一攻略班による世界初の「ダンジョン配信」は、一部ハプニングがありつつも好評を博した。アーカイブは日本に限らず世界各国から閲覧されている。
それから今俺が見ているように、一般探索者による配信も雨後の筍のように生えてきて、結構人気になっているみたいだ。
世はまさに大配信時代!……なんて、言い過ぎか。
コメントはしないが、俺もこうしてちょこちょこ見ている。
――全ての責任を取り、政界を去る。
そう豪語した総理のおっちゃんも、無事辞めずに済んだ。
いろんな探索者が配信することで、図らずも「開かれたダンジョン」が実現されたからだ。もし俺が配信機能を実装しなかったら、一体どうしていたのかは気になるところ。まぁたぶん、何とかしたんだろうけど。
一方でダンジョン反対派閥の人間は逆風に襲われている。
総理襲撃の嫌疑がかけられているからだ。
意図的なモンスタートレインによって総理が襲われ、さらに射かけられたことは、俺の気まぐれで全世界に公開されてしまった。当然、世間は犯人探しを始める。「割のいいバイトに応募した」と供述する実行犯の指示役が誰なのか、あるいはどの組織なのか、日夜あることないこと囁かれている。
一応名誉のために言っておくと、俺はこの件にまったく関与していない。
本当にたまたま、首相の政敵が罠を仕込んできたんだ。
おかげで見ている俺からしてもハラハラドキドキだった。
「ふぅ……」
今日はこんなところにしとこうか。
息が上がってきたので、エクササイズを止めて椅子に座り込む。すると横合いから水の入った容器を差し出された。
『お疲れさまデス』
こんなことをするのは一人しかいない。
相変わらずよく気の利く従者だ。
「フクレ、ありがとうございます。……っぷは」
案の定、気がついたら傍にクラゲ姿の妖精種がいた。
お礼を言いつつ、一気に水を流し込む。俺が思うに、この世で一番美味い飲み物は運動した後の水だと思う。異論は認めない。
ちなみに飲み物といえば、ハーヴェン族に成人の概念はないので、俺は酒を呑もうと思えばいつでも呑むことが出来る。実際、ゼル爺との旅先で呑んでみたこともある。前世は普通の男子高校生だったし、憧れの気持ちもあって、ウキウキしながら杯を呷ったんだが――そこから先の記憶がない。
ただ、かなり暴れたというか、奔放になったらしく、ゼル爺から『禁酒の誓い』を結ばされて今日に至る。……まぁ別にいいんだけどさ。
閑話休題。
『今日も配信を見られていたんデスか?』
「ええ。目下、今一番気になることと言えばこれですから」
俺が企画した配信サイト「D-live」は地球の文明レベルだとオーバーテクノロジーな機能がいくつも搭載されているが、弱点もないわけじゃない。
それは、得体が知れないということだ。
どこの誰が作り出したかも分からないサイトを利用するのは勇気がいる。
大多数の人は、俺か、俺の後ろにいるだろう神サマのような何か、とにかく超常的存在が作り出したと考えているようだ。少なくとも、地球の一個人、一企業が運営しているとは思っていない。
おかげでちょっとアングラ感が醸し出されてしまっている。
といっても、まだ東京摩天楼にしかライブカメラを実装していないにも関わらず、全世界から「D-live」へのアクセスがあるから、定着するのも時間の問題な気はするが。
「よかったら、フクレも一緒に見ませんか?」
『……少しだけでしたら』
ちょっと間があったな。フクレ的にはサボリ判定になるのかもしれない。
まぁ俺の話に付き合うのも仕事だと思って諦めてくれ。
マットを片付け、いそいそと座り直す一人と一匹。
『日本国は確か今、お昼でしたよね。日が高い内からこんなに見ている人がいるなんて、彼らは普段何をしているんデスか?』
「……海外の視聴者もいますから」
初手から火力が高すぎる。
あとその質問は俺にも刺さるから止めてくれ。
「ほ、ほらフクレ! あれを見てください」
話題を断ち切るように俺が指さしたのは、四分割した画面の内の一つ。
くたびれた男が率いる五人パーティーの配信だ。彼らがいるのは東京摩天楼の第十層、現在の攻略最前線に当たる。必然的に同時接続者数――配信を今見ている人の数も五万人と飛びぬけていた。
だが、俺が言いたいのはそんな数のことでなく……。
「以前と比べたら、探索者たちの装備もすっかりらしくなったと思いませんか?」
未だ低層ではジャージやスポーツウェアにバットやゴルフクラブなど、日常からそのまま飛び出してきたような恰好が目立つ。だが最前線となれば、もう頭からつま先までファンタジーだ。
あんな風に鎧姿で剣を下げて街中を歩いたら職質じゃ済まないだろうな……。
後衛の術師風の人は、ぎりぎりコスプレで通せるかもしれない。
『確かに、洗練されたような気がします』
「今はまだ宝箱から出た装備やドロップ品をメインにしているみたいです。それも今だけで、その内、生産職の作り出した装備が主流になっていくでしょう」
『生産職というと……』
「ちょうど今左下に映っているのがそうですね」
ソロの探索者が周囲の様子を伺いながら、慎重に草原を歩いている。
比較的軽装で、腰にぶら下げた鉈が目を引く。
「彼は〈調理師〉という職業です。バフ……あー、味方の能力を強化させる料理が作れたり、食品の加工や保存に役立つスキルを覚えます。パーティーを支える縁の下の力持ち、といったところでしょうか」
『でも、一人デスよ?』
「……そうなんですよねぇ」
あまりにも真っ当な指摘に、思わず額を抑えてしまう。
「どうも今のダンジョンは生産職が軽視される方向にあるようで、彼のようにソロで探索している人がほとんどなんです」
『何故、そんなことに?』
「一つは戦闘能力が低いから、ですね。それと、日本のダンジョンでさえ十層までしか攻略が進んでいないというのもあります。階層が深くなればなるほど彼らの重要性は高まっていきますから」
生産職はダンジョン攻略に役立つものを生み出すだけでなく、継戦能力も高めてくれる。傷んだ装備の修繕や、回復アイテムの補充・作成、安全に休息するための環境づくりなど、ダンジョンの奥地を目指すうえで欠かせない存在となっていく。
目端の利くパーティーは既に生産職の囲い込みを始めている。だが、大部分は戦う力をあまり持たない彼らを「ハズレ」と公言して止まない。
「せめて配信を見てもらえれば、生産職の強みが分かってもっと地位も向上すると思うんですが……」
『よく見たら、あれだけ視聴者数がとても少ないんデスね』
他のダンジョン配信が当たり前に四桁五桁の同時接続者数を記録している中で、〈調理師〉の配信は現在十数人しか見ていない。
どうしたって華のある戦闘職の方へ人が集まりがちなのだ。
このままだと、ダンジョン攻略の形が歪んでしまう。
今はまだモンスターもそんなに強くないから、戦闘職だけの力でもごり押しで進めているが、いずれ詰まる時が来る。
「……こっそり宣伝しておきますか」
たまに覗いてる匿名掲示板でアピールしておこう。
後、「D-live」で生産職の配信がソートされやすくするとか、小細工も少し。
――クリアできないゲームはゲームでないように。
ダンジョンもまた、攻略されて初めてダンジョン足りうる。踏破もされず、人の来ないダンジョンなんて、ただの積み木遊びと同じだ。
『レグ様、レグ様』
「……ん。どうかしましたか、フクレ」
『見てください。あれ、とってもカラフルデスよ』
「ああ……。強敵に勝ったみたいですね」
最初に見ていた第十層の攻略配信。そのコメント欄が、赤や青の塗りつぶしで囲われたカラフルなコメントたちで彩られている。合間に普通のコメントが差し込まれ、しま模様を形成していた。
とてもよく目立つそれらは「エールチャット」だ。視聴者が配信者へ投げ銭する時、一緒にコメントもつけられる機能で、使用するとあんな風に色がついて投稿される。
エールチャットが送られるタイミングは大体決まっていて、大抵、山場を越えた瞬間か配信を閉じる時の二択だ。今回だと前者に当たる。
どうやら、苦戦していたモンスターに勝利したらしい。もしかしたら、前に一度敗れているのかもしれない。そんなパーティーを祝ってエールが飛び交う。
「この調子なら、無事に外貨を獲得できそうです」
この間みたニュースだと、財務省なんかは「D-live」にお金が落ちると、そのお金がどこへ消えるか分からない――つまり経済の循環に繋がらないから控えるよう会見していた。そう言われてしまうと弱いので、何か投資でもした方がいいんだろうか。
まぁ金回りのことはフクレか電算機に任せよう。
俺はゲームが買えればとりあえずそれでいいのだ。
『レグ様も配信すれば、あれの比にならないほど稼げるのでは?』
「……いやぁ」
確かに俺が配信すればとんでもない人数が集まるだろう。
超絶美少女顔だし――というのは冗談で、世間から「神の使い」だの「天使」だの言われている俺がカメラに映れば、話題性抜群だ。一躍トップストリーマーの座に躍り出るだろう。ただしその人気が持続するかというと、疑問が残る。
「私が思うに、今のダンジョン配信はほとんどが『成長型コンテンツ』ですから、難しいと思いますよ」
『……? 始まって間もないんデスから、当然では?』
「いえ、期間のことでなく」
なんと説明したものか。
俺の悪い癖だが、ぱっとゲームを軸にした例えが思いつく。
何でもそうだが、ゲームにだって腕前が存在する。上手い人のスーパープレイは見ているだけで爽快感があるものだ。大なり小なり、プロやそれに匹敵する腕前を持ったプレイヤーのゲーム配信は需要がある。
ならば、下手なプレイヤーの配信は需要がないのだろうか。
答えは否である。
成長型コンテンツ――下手な人が少しずつ上手になっていく軌跡を楽しんだり、普通は起きないトンチキなプレイを笑って楽しんだり、そういった需要も存在する。まぁ指示コメやマウント合戦で地獄になりがちだが……。
ダンジョン配信もそれと同じだ。
「時間が経てば経つほど、探索者にも上位層と下位層――上級者と初心者の別が生まれてきます。けれど今はまだ全員初心者のようなもの。誰もが手探りでダンジョンに潜り、戦い、日々の糧を得て成長しています。その様子を視聴者たちも恐る恐る楽しんでいる」
探索者も視聴者も一体になって攻略に頭を悩ませている。
こんな状態は黎明期の今だからこそ起きていると言って良い。
「そこへ私が大人気なく乱入したらどうでしょう。ダンジョンも、モンスターも、私が設計していますから、苦戦なんてするはずありません。全て瞬殺です。……そんな映像、見ていて楽しいですか?」
子ども用の砂場に大人が押し掛けるようなものだ。
俺だったら興ざめして顔をしかめる。
「一回目は面白いかもしれません。ですが二回三回と繰り返していけば、すぐに飽きられてしまうでしょう。何故ならそこには成長――変化がないのだから」
『……今のダンジョン配信は、その変化が核ということデスか』
「もちろん、物珍しさで見ている人がほとんどだと思いますけどね。そういうわけで私が配信することはないでしょう。特別な用がない限りは。それに…………いえ、やっぱり何でもありません」
危ない危ない。つい口が滑りそうになった。
あれこれ理由をつけたが、俺が配信をしたくない一番の理由、それは――
黒歴史が想起されて、死にたくなるからだ。
かつて地球にいた頃、あれはまだ中学生の時分。
俺は唐突にゲーム実況者になりたいと思った時期があった。まぁ、ゲーマーなら何割かはかぶれる“はしか”だ。龍二も巻き込んで台本まで書いたけれど、結果はお察しだった。投稿した動画は鳴かず飛ばず。少しの間ネットの海に漂わせ、気恥ずかしくなって消した。
黒歴史も後から思い返せばいい思い出になるという人もいるが、俺にとって黒歴史は黒歴史だ。何年寝かせても反転などしない。見る拷問だ。
気取った挨拶だのハンドルネームだの、昔の俺は何を考えてあんな……。
駄目だ。これ以上思い返すと枕に顔を埋めたくなる。
忘れよう。忘れるんだ。
忘れ……あ゛あ゛あ゛あ゛――
『なるほど、さすがはレグ様! 深謀遠慮、恐れ入るばかりデス。ワタクシはそこまで考えることが出来ておりませんでした』
「……どうも」
まぁ、種は撒いた。後は寝て待つだけだ。
もちろんダンジョンの監視や改良は変わらず続けていくが。
さて、一番初めは何のゲームを買うべきか。
フクレの持ち上げを適当に捌きつつ、俺は頭の中で皮算用するのだった。




