続!既知との遭遇・下(千導満)
一度ダンジョンから出たらカメラが消えてしまうかもしれない。
これが再現性のある異常かどうか分からない以上、第一攻略班としてはこのまま探索を継続したかったというのが本音だ。幸い浦梅総理からの許しもあり、一同はいつも以上に周囲を警戒しながら進んでいた。
目的地は第一層のボス部屋。といってもそこへ向かって直進はせず、できるだけ寄り道していく。今回は視察に来ているのだ。ダンジョン内の雰囲気を出来るだけ味わってもらうため、最短経路を取らない。
「……で、あれは本当に撮れてるんだろうな?」
頭上に浮かんで、ふよふよとついてくるライブカメラ。
それを部隊の最後列から見上げて、小手瓦隊長が呟いた。
「たぶん撮れている、はずです。まぁどこで配信されているのかは知りませんが。DotubeかWhichかなぁ……」
千導が挙げたのは、いずれも大手の動画または配信サイトの名だ。
あのライブカメラが「配信を開始しますか」と聞いてきて、「はい」を押した以上、どこかしらに映像が流れていると考えるのが自然だ。
ただ現時点だとそれがどのサイトかまでは分からない。
(もしかして神様の余興に付き合わされている、とかないよな? そういうのもありそうなんだよなぁ……)
千導の脳裏に、これまで読んできた作品とテンプレートの数々がよぎる。
総理に説明した手前、せめて同じ人間が見ているものであって欲しいと願う。
(あんま詳しくないけど、こういうのってアナリティクス? とかコメントとかが見れるもんだけど、どうなんだ?)
配信と言えば、それを見ている視聴者もセットだ。
そもそも今視聴している人間がいるのかどうか。確かめる術があるとすればあのカメラを調べることくらいだろうが……。
「前方、ゴブ3」
思案する千導の耳に緊迫感のある声が届く。
先行していた〈斥候〉の蝉谷が索敵を終え、戻ってきたのだ。
「総理、この先にゴブリンが3体待ち構えているようです」
「う、うむ」
「すぐに片づけますので、ご安心を。蝉谷、山越、行けるか?」
問われて、まずは蝉谷が、それから〈弓士〉の山越が頷く。
「はい」
「……行けます」
第一層は明かりがなくとも探索できるとはいえ、少し薄暗い。
さすがに遠くの方だと輪郭がぼやけてしまう。
だから一分ほど歩き続けて、ようやく敵影が見えてきた。
「あれが噂のゴブリンか……」
初めて資料ではなく、自分の目でそれを視認した浦梅総理が、思わず呟く。
粗末な腰布をつけただけの緑の小鬼――ゴブリンが三体、道の先でチャンバラごっこに興じていた。そこへ〈斥候〉の蝉谷がナイフを抜き放ち、滑るように駆けていく。
「ギ!?」
小細工など一切しない真正面からの特攻。
迫り来る人間にゴブリンたちが慌てて身構えるも、一手遅かった。
あっという間に距離を縮めた蝉谷のナイフは正確にゴブリンの首筋をなぞる。
まず一体、ポリゴンが四散した。
「――しっ」
そのまま独楽のように回転した蝉谷がナイフを投げる。
鈍色の刃は真っすぐ飛んで、惑うゴブリンの眉間に突き刺さった。
これで二体目。再びポリゴンが舞う。
されど武器を手放してしまった。すかさず最後のゴブリンが襲いかかろうとするが、その頭に一本の矢が刺さる。
「……的中」
戦闘が始まる前から密かに弓を引き絞っていた、〈弓士〉の山越による援護射撃だった。見事小鬼の頭を打ちぬいてなお、彼は構えを解かない。
三体目のゴブリンも消失したのを確認してから、ゆったりと弓を倒す。
全てが片付くまでに十秒とかからなかった。
「は、早いな」
思わず感嘆のため息を漏らす浦梅総理に、小手瓦が小さく頭を下げる。彼は部下の動きを見守りつつも、独り後方を警戒していた。
「恐縮です。ご覧の通り、ダンジョンでは自分の身を武器にして戦います。銃火器の類が奴らに一切効かないからです」
「……恐ろしくないのかね?」
「怖くないと言ったら噓になりますが、モンスターを倒せば倒すだけ『レベル』が上がり、身体能力も強靭になっていきます。少なくともダンジョンの中でなら我々は超人になれる――そういう自信の元、戦っております」
「な、なるほど」
レベルが適用されるのはダンジョンの中だけだと言うが、最近の研究で、外に出ても身体能力の向上が僅かに維持されているのではないか、という説も浮上している。そうなればダンジョンでレベルを上げることが自衛隊の訓練課目として正式に採用される日が来るかもしれない。
千導からしてみればその方がありがたい。重たい装備を持って登山したり演習したりするより万倍楽だ。
最もまだ一説に過ぎず、単純にダンジョン内での運動効果が反映されているだけだとか、ただのプラシーボだろうと言われているが。この先もっと高レベルの人間が現れれば自ずと分かってくるだろう。
(今の戦闘シーン、どんな風に撮れてるんだろうな)
それはそれとして、頭上のカメラが気になる千導だった。
ナイフを拾った蝉谷が、ドロップ品の魔石もきっちり回収して戻ってくる。彼は部隊に合流するなり、談話中の小手瓦に向かって右手を上げながら声をかけた。
「隊長、ちょっといいですか」
「おう。どうした」
「……先ほどから、どうも変なんです」
蝉谷は〈斥候〉として部隊の誰よりも早く敵に気付き、先んじて危機を仲間に伝えるのが仕事だ。自分の目や耳でなく、スキルも利用して索敵を行っている。
だからこそ、真っ先に異変に気がつくことができた。
「少ないんですよ、モンスターが。自分は別に、敵を避けてたわけじゃありません。むしろ感知次第こちらから向かおうと思ってました。それなのに20分経ってようやくゴブリンに出くわした。他の探索者の気配がないのも気になります。平日ですけど、普通ゼロってことはないじゃないですか」
横で聞いていた千導も、そういえば変だなと思った。
ライブカメラや総理の護衛ですっかり気を取られていたが、確かに蝉谷の言う状況はおかしい。普通ならもっと鬱陶しいくらいゴブリンに遭遇しているはずだ。
人影がないのはまだ分かる。第一層を探索する旨味はもはや初心者のレベル上げ以外ほとんどないからだ。
けれど二つの偶然が揃えば、それはもう間違いなく異変となる。
「……今日は次から次へと一体何なんだ。厄日かァ?」
小手瓦が顎をさすりながら、ため息を吐く。
「まぁいい。現時点じゃなんとも言えんな。蝉谷、何かあったらすぐに報告しろ」
「はい」
それからほどなく、総理を守りながらの探索が再開された。
隊列は相変わらず小手瓦を殿にし、〈斥候〉の蝉谷を先頭にした1:3:1の形だ。
右や左へ地図――第一層の地図は探索者協会が無料で配布している――を見ながら進んでいくも、不気味なほど静寂に包まれている。
(……空気が重い)
千導は人知れず唾を飲み込んだ。
時折、総理の質問に小手瓦が答える以外、誰も言葉を発さない。
ぴん、と緊張の糸が張られているのを肌で感じられる。
気がつけば第一層のボス部屋がもうすぐそこまで迫っていた。
目的地が近づき、ほんの僅かに空気が弛緩する、その刹那――
「……来る!」
――弾かれたように〈斥候〉が声を上げた。
「【敵感知】に反応がありました。数は5、10、20……な、なんだこれ!? とにかく大量のモンスターが来ます!!」
【敵感知】は〈斥候〉が覚えるスキルの一つだ。発動している間、自分を中心に半径200m以内のモンスターを探知する。
ただし分かるのは方角と距離だけだ。どのモンスターかということまでは視認するまで分からない。それでも不意打ちに対処できるだけ上等だ。
「戦闘準備!」
小手瓦の号令に従って、千導は左手にライオットシールドを、右手に短槍を構える。以前は銃剣を使っていたが、銃部分が完全に遊んでいたので槍に変えた形だ。ただしなるべく重心が近いものを揃えた。
横で〈弓士〉の山越が静かに矢を番えている。〈土術師〉の伏見もまた、スキルを発動するため密かに精神を集中させていた。
やがて前方の曲がり角から人が飛び出してきた。
全身黒ずくめで男か女かも分からない。
そんな不審人物が真っすぐこちらへ向かって走ってくる。
その背に続く、数えるのも馬鹿らしくなるほどのゴブリンたち。
「止まれ!」
モンスターも気になるが、それより気になるのは先頭の黒ずくめだ。蝉谷が両手を広げ、静止するよう道の真ん中に立ちはだかる。
「っ……!」
果たして、黒ずくめが選んだのは引き返すことだった。
当然その先にはゴブリンの大群が待っている。
あっという間に緑の波に呑まれて人が一人消えていった。
「何が……?」
困惑する浦梅総理を横目に、千導は叫んだ。
「トレイン――道理で敵がいないと……! 隊長!」
トレインとは、モンスタートレインのことだ。文字通りモンスターを電車のように連ねた状態を言う。通常、トレインは自然発生しない。三々五々に散らばるモンスターたちを意図的に倒さず、連れまわさなければ生まれないのだ。
初心者がモンスターを倒せずに、撤退して逃げる途中で小さなトレインが出来てしまうことは多々ある。けれど今、眼前に迫り来る大波は100体以上のゴブリンから出来ていた。普通、こうなるより前に追いつかれるか挟み撃ちに合うはずだ。
千導の頭にMPKという単語が浮かぶ。
モンスタープレイヤーキル。ゲーム用語だが現状にこれほど合う言葉もない。
「これは計画的な襲撃です!」
モンスターの群れを第一攻略班――浦梅総理にぶつけて、事故を装い、自らの手を汚さずにダンジョンから排除する。愉快犯にしては手が込みすぎだ。
狙いは視察の妨害か、警告か、あるいはダンジョンに対するネガティブキャンペーンか。
いずれにしても、先ほどの黒ずくめが第一層を徘徊してゴブリンをかき集め、人為的にトレインを作り上げたのは間違いない。その過程で他の探索者は飲み込まれて犠牲になったか、逃げだしたのだろう。
自らもトレインに身を投げることで証拠を隠滅するという徹底ぶりだ。
「舐めた真似してくれるじゃねェか。たかがゴブリンごときで俺たちを潰せると? 安く見られたもんだなァ……!」
東京摩天楼の第一層にはゴブリンしかモンスターがいない。
方々から集められた小鬼の群れが、次なる獲物を求めてうねり出す。
地響きを立てながら押し寄せるゴブリンたちを前に、小手瓦は大きく息を吸った。
「お前らァ! 護衛は俺に任せて、存分に暴れてこい。一攻の意地を見せる時だぞ!」
激励は開戦の合図となった。
真っ先に〈戦士〉の千導が飛び出す。これまで総理の傍で気を張り続けていた彼は、ようやく出番が来たと勇んでいた。盾を構えて突き進みながら雄叫びを上げる。
「――【戦士の咆哮】!」
スキルを発動したことによって千導の体が黄色く光る。
するとその光に寄せられたかのように、ゴブリンたちの視線がぐりん、と盾持つ〈戦士〉に吸い寄せられる。まるで誘蛾灯のようだ。ただ前へ突き進むだけだった集団が、明確に狙いを定めて動き出した。
「俺が時間を稼ぎますんでフォローを――っく、【盾打撃】!」
大波の先端が、ついに千導の元へ到達する。
彼は飛び掛かってくるゴブリンたちを盾で薙ぎ払うものの、数が多い。どうしても発生した打ち漏らしが、ボロボロの武器や爪を伸ばして襲いかかろうとするのを、
「やらせるかよっ」
〈斥候〉の刃が押し止め、返り討ちにする。
気がつけば〈斥候〉の蝉谷が影のようにぴったりと背についていた。第一攻略班が結成されて約三か月。彼らの連携は既に阿吽の呼吸に達している。
「まるで無双ゲー、みたいだ……な!」
「先輩、ああいう系のゲーム……っと、やるんすねっ」
「ああ、ガキの頃なぁ!」
ゴブリンは、少なくとも東京摩天楼において最弱のモンスターだ。【盾打撃】や〈斥候〉の狙いすました一撃で簡単に倒せてしまう。しかも開けた場所でなく一本道というのが幸いした。
千導と蝉谷。二人で一つになって、トレインを押し留めることに成功する。
けれど、如何せん数が多かった。
膠着したのも束の間、緑の波に二人が埋もれそうになる。その時だ。
「横、失礼しますよ――【地精槍】!」
「……【貫きの矢】」
一抱えもある岩石の槍が回転しながら打ち出され、その横を青く輝く矢が高速で追い抜いていった。〈土術師〉と〈弓士〉のスキルだ。
渾身の双撃はあっという間に前線へ辿り着き、進路上に存在するゴブリンを消し飛ばしてしまう。千導から見て、右と左の両サイドにぽっかりと空白が生まれた。
「肩、借りるぞ!」
蝉谷が千導の肩を蹴って躍り出る。
跳躍によって、〈斥候〉は軽々とゴブリンの頭上を越えていった。
「【不意打ち】」
着地と同時に放たれた青い刃が、複数のゴブリンを背中からばっさり斬り倒す。
「ふっ!」
すかさず千導も攻撃に転じ、槍を繰り出した。
連鎖するポリゴンエフェクト。
辺り一面にドロップ品の魔石が転がり、碧い輝きを放つ。
(……これでようやく四分の一か)
かなりの数を削ったように思えるが、まだ一度攻勢を凌いだに過ぎない。
砂場に掘った穴へ水を流し込むように、後続のゴブリンたちが開いた隙間へなだれ込んでくる。
その僅かな時間で千導は息を整えた。
(でもまぁ、ゴブリンはゴブリンだな)
所詮、戦略など無い烏合の衆だ。
第一攻略班の最高到達階層は第十層。レベルがものを言うこの空間において、もはや第一層のモンスターなど敵にならない。鎧袖一触だ。
小手瓦の言う通り、自分たちも舐められたものだと思いながら、再び千導は盾を構える。
あるいはもっと別の狙いがあるのか――
「っと、集中集中。【戦士の咆哮】……!」
黄色く光る〈戦士〉を狙ってゴブリンの群れが殺到する。
そこからはもはや再放送と言って良かった。
前線を〈戦士〉と〈斥候〉で耐え、作り上げた時間で〈弓士〉と〈土術師〉が強力な攻撃を放つ。着実に、確実に、敵の数を減らしていく。
「…………」
その様子を小手瓦は最後方で見守っていた。
浦梅総理の背中を守るように立ち、部下たちの雄姿を冷静に観察する。
やがて、あれだけいたゴブリンたちがいよいよ消え失せ、最後の一体も倒された時。
――弛緩する空気を切り裂くように一本の矢が飛来した。
隊の裏から音もなく発射されたそれは、総理の頭めがけて突き進む。
誰も気が付けない、不意の一撃。
小手瓦もまた戦闘の終わりを見届けるため、つい前方を注視してしまっている。
しかし、
「……【回し受け】ってなァ」
気がつけば、振り返った小手瓦が腕で円を描いていた。
その軌道に入り込んだ矢が滑り、明後日の方向に逸れていく。
「勝手に体が動くのは好きじゃねェんだが……こういう時に便利だな」
〈拳闘士〉のスキル【回し受け】は、発動すると待機状態となり、その場から動くことができなくなってしまう。代わりに自身の手が届く範囲に攻撃が来た時、その攻撃を自動で無力化してくれるのだ。
連発もできず、躱しながら相手に反撃を入れるスタイルが好きな小手瓦としては、あまり活用機会のないスキルだったが、要人の護衛にこれほどぴったりな技もない。
通路の岩陰に潜んでいた射手が泡を食って逃げ出す。最初からそこに隠れていたわけではなく、戦闘の音を頼りに後からやって来たのだろう。この射手もまた薄闇に溶け込むような格好をしていた。
その背に指を突き付け、小手瓦が叫ぶ。
「伏見ィ! 拘束しろ!」
「へ……? あっ、【地縛腕】!」
戦闘が終わったと思ってすっかり気を抜いていた〈土術師〉は、慌ててスキルを発動させる。地面に手を突くと、そこから光が走り、射手の足元に到達した途端――土の手が現れて、がっしりと足首を掴んだ。
「う、べっ!?」
踏み出そうとした足が動かせない。その妨害によって前につんのめった射手は、地面へ思い切り顔をぶつけた。ごん、という鈍い音が響き渡る。
スキルによる拘束は一瞬で、すぐに土の手が消え失せたにも関わらず、顔を抑えてのたうち回ったあと、ぴくぴくと痙攣して立ち上がろうともしない。
(うへ、痛そう……)
歯の一本や二本くらい折れてるんじゃないか。
遠くから一部始終を見ていた千導は、思わず顔をしかめる。身近な痛みであるがゆえに想像出来てしまう。芋虫のように地面を這う襲撃者へ小手瓦が歩み寄っていくのを眺めつつ、大きく息を吐いた。
「……は~。さすがに疲れた」
「おう、お疲れ」
蝉谷と二人、こつんと拳を合わせる。
いかに最弱のモンスターとて、さすがに連戦は応える。体力の限界を迎えて、千導はつい地べたへ座り込んだ。倒れ込みたくなる衝動を我慢して、代わりに首を後ろへ倒す。
必然、彼の視界にライブカメラの姿が映り込んだ。
(そういやあったなぁ、こんなの。すっかり忘れてたけど……ちょっとは格好良く撮れてたか?)
じ、っと見つめていたからだろうか。
モノアイの球体が滑るように千導の前へ降りてくる。
(……なんだ?)
しばし、大きなレンズと見つめあう。まるで語りたいことでもあるかのごとく、眼前で浮かんでいる球体を前に、千導は何となく居住まいを正した。
「これ、本当に配信されてるならコメントとか見れたり――」
そう呟いた瞬間だった。
千導とカメラの間に薄い光の板が現れる。そこへわっと文字が流れ出した。
“さっきの凄かった”
“これ映ってるって知らないんじゃね?”
“それにしてもコメント見ないな”
“一攻ってマジで強いんだなぁ…”
“そりゃ最前線で攻略してる人たちだし”
“は? 俺でもあれくらい余裕なんだが?”
“正直終わったと思った”
“早くドロップ集めてくれぇ! A型の血がががが”
“てか総理暗殺されそうだったくね?”
きょとんとする千導を前に、文字の勢いが更に加速する。
“あ”
“あ”
“お”
“え”
“あ、気づいた”
“イエーイみってるー?”
“ぽかんとしてて草”
“何 か 書 い と け”
“いい加減説明してくれよ!”
“ナイスファイト”
固まったのも一瞬のこと。
すぐにその文字たちが何なのか見当がついた千導は、苦笑いを浮かべた。
「は、はは……どうもどうも」
独特の空気感。
時に自分も『書く側』に回ることがあるから、直感で理解できた。
今目の前に投影されているのは『視聴者』からの『コメント』だと。
(やっぱり配信されてたんじゃん……)
いつからかは分からない。だが自分たちの奮闘を、ライブカメラ越しに見守っていた人たちがいたらしい。
(とりあえず事情を、いやまずは気の利いた言葉? あー、えー……そうだ!)
カメラの前に立つ、という経験をしたことがなかった千導は、口をもごもごとさせてしまう。二の句が見つからず、さてどうしようかと困り果てた彼の頭に、ほどなくして天啓が舞い降りた。
おもむろにライブカメラを掴んだ。
(総理なら、たぶんカメラ慣れしてるよな)
話すということに関して、この場で彼の右に出る者はいまい。
そんな思惑の元、千導は浦梅総理の元へ駆け寄った。
総理は戦闘が始まった時から、一歩もその場所から動いていなかった。初めてのダンジョン、初めての危機にも関わらず、泰然自若とした振る舞いに感動してしまう。
護衛する者として、これほど助かることはない。
直立不動で構えるその姿に敬意を持って声をかけると、
「総理!」
「――はっ」
びくり、と総理の肩が上がった。
(あれ、いま白目向いて……? さすがに気のせいか?)
まさか今の今まで気絶していたなんて。
そんなこと、あるはずがない。
なにせ、あれだけ自分たちを信じていると豪語したのだから。
「お、おお。すごいな、あんなにいたゴブリンたちが一瞬で……」
「いやいや、一瞬ってそんな、持ち上げすぎですよ! それより総理! これなんですけど……せっかくですからカメラの前の視聴者に、総理から一言いただけませんか?」
「え゛」
ずい、と千導がライブカメラを押し出す。
どこか瞳のようにも見えるレンズと総理の目とがぱっちり合う。
見つめあう一人と一機。
僅かな沈黙の後、満を持して口にされた言葉は。
「――チャンネルはそのままで……?」
総理渾身のボケとして、電子の海でネタにされたとか、されなかったとか。




