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天使さま、かく語る

 唐突だが、俺は一度死んでいる。


 かつて、俺は普通のどこにでもいるような男子高校生だった。


 友達はそれなりにいるけど、親友と呼べるようなヤツは一人だけ。お試しで入った運動部についていけず、すぐに辞めてからは帰宅部のまま……。

 田舎というほどでもないこの町で、将来は親の家業を継いで農家でもするんだろう。

 なんて、漠然と思いながら生きていた。


 ところが、そんな未来が来ることはなかった。

 ある日、俺の住む町を巨大地震が襲ったのだ。


 あの時のことは今でもよく覚えてる。

 ちょうど17歳の誕生日を迎えた日のこと。

 学期末の試験を終えて、俺は親友の火見(ひみ)龍二(りゅうじ)と帰宅の途にあった。


「なぁ、なんか食ってかね?」


 と言い出したのは、俺だったかアイツだったか。


 午前で試験が済み、まだ昼前ということで俺たちはハラペコだった。

 何せ育ち盛りの食べ盛りだ。ここは一つハンバーガーでも食べていこうぜ、という話になったんだが……。


「げ、結構混んでんじゃん」

「テイクアウトにすっか?」

「なら、負けた方が買い出しな」


 じゃんけんぽん――掛け声一回、勝ったのは俺だった。


「っし。じゃ俺は照り焼きとポテトで」

「へいへい」

「せっかくだから大池のとこで食おうぜ。桜を見るにゃ早いが」

「そうだな、先いっててくれ」


 俺たちの町に観光名所はない。ただ地元民が「大池」と呼ぶ大きな公園があって、春になるとちょっとしたお花見ができるのだ。

 年がら年中深い緑をたたえた大きな池があるから、大池。

 安直なネーミングである。


 ともあれ、そこで友を待つことに決めた俺は、後ろ手に手を振った。

 そして、これが今生の別れになった。


 道すがら、この町も空き家が増えてきたなぁ、なんてぼんやり建物を眺めていたら、そのタイミングで地震が起こり……。



「あっ」



 俺は見ていた家屋とは別の、苔生した古い商業ビルに押しつぶされて、運悪く死んでしまったのである。


 なんともあっけない人生だ。


 まさかじゃんけんの勝ち負けで生死が決まるなんて。

 しかも勝った方がくたばったんだから、皮肉が効きすぎている。


 もっとも、コインに裏表があるように、俺と龍二、あの時どちらかが必ず死ぬ運命にあったというのなら、悪い目を引いたのが俺でよかったのかもしれない。

 俺はこの日も朝から親と喧嘩するくらいの不孝者で、アイツは母親思いの良いヤツだったから、日ごろの行いを神様が見てたんだろう。



 そんな風に達観しているのは、俺が今、()()()()()()を送っているからだ。


 改めて、俺は一度死んでいる。


 目の前に倒れてくる灰色の壁、次いで訪れた衝撃と痛みは、忘れようと思っても忘れ得ない。本来ならその光景が最後の場面になる――はずだった。


 ところが、俺の人生は続いていた。

 地続きではなく、途切れ、点となり、飛ぶような形で。


 気が付いたら俺は真っ新な赤ん坊として生まれ変わっていたのである。


 転生、とでもいえばいいのか。


 初めは視界がぼやけているし、音だってよく聞こえず、四肢も満足に動かせなかったから、てっきり寝たきりになってしまったんだと思った。なのに意識だけはっきりしているから、混乱したし、生き地獄に陥ってしまったのだと悲観していた。

 その勘違いも五感が発達するにつれ薄れていったが……。


 驚いたことに、俺が転生したのは人間じゃなかった。

 正確には人類ではあるのだ。

 ただ、享年17歳の人生で見てきたどの人間とも姿形が違っていた。


 俺の背に一対の真っ白な『翼』が生えていたのである。


 俺だけに限らず、周りの誰もが翼を持っていた。

 思いがけず得た二度の目の人生で、俺は有翼人種へと生まれ変わっていたのだ。


 明らかにそれまでの常識を覆す、異種族への転生。

 俺の趣味はもっぱらゲームだったが、漫画やアニメも流行を追うくらいには嗜んでいた。だから、すわ『異世界転生』か! と思った。


 ところが――



「フィズルタ銀河……? 惑星ハーヴェン……?」



 自分が住む世界の名前を調べた時、想像とかけ離れていることを知った。

 三歳になり、情報端末を支給された日のことだ。


 そもそも生まれからしておかしかった。

 二度目の人生において、俺に親はいない。

 強いていえば、物々しい培養槽が生みの親といえる。


 俺は悲しき試験管ベイビーだったのだ。


 ただ、これは種族特性によるものだった。


 俺が転生した有翼人種は母星の名にちなみ『ハーヴェン』と呼ばれている。この星で人類といえばそれはハーヴェン族のことを指す。


 ハーヴェンにはそもそも性別がない。誰も彼もが無性だ。

 大昔には性別があったらしいが、文明が進むにつれて生殖機能が退化し、やがて男女の別さえ消えてしまった。だから今では毎年決まった数だけ新生児を生産ポッドで産み落としている。

 俺はそうして生まれた赤ん坊の一人だった。


 そして、ハーヴェン族は他の人類とは一線を画す、ある種族特性を持っていた。



 ――『霊子(エーテル)』の感応器官である。



 人の目で見ることが叶わない、けれど宇宙に遍く偏在するこの粒子を、ハーヴェン族は背中の翼で感じ、自在に操ることができた。

 一見すれば無から有を生み出し、世界の理さえも捻じ曲げるこの術法で、かつて七つの銀河を平定したハーヴェン族は、時に『神族』と呼ばれることさえあったという。


 地球という星からやってきた俺にとって、ハーヴェン族の御業は魔法のようだった。

 思わずファンタジーの世界にやってきたんだと誤解してしまうくらいに。


 けれどそこには確かに科学があって。

 ハーヴェン族の精神性と、進みすぎた文明は、平凡な男子高校生だった俺の心を蝕むことになる。


 ハーヴェン族は学校に通わない。

 生まれたコロニーの中で集団生活を送りながら、ある程度の年齢になった時、学習カプセルと呼ばれる機械に入って、脳に直接知識を()()()()()。そうしてあっという間に全知全能の神族が誕生するというわけだ。

 これを彼らの文化で『天恵』と呼ぶ。


 勉強なんて必要ない。

 かつて試験勉強に苦しんだ俺からすれば天国のような環境だ。


 しかし昨日まで子どもらしい笑顔を見せていた同族が、次の日、その幼い(かんばせ)に醒めた大人の冷笑を浮かべるようになったのを見て、俺はカプセルに入ることを拒んだ。


 あの機械は俺が第二の人生でつくった友達をたやすく奪ってしまった。



 ――ひと度『大人』になった人間は、もう二度と『子ども』の世界へ戻ってこない。



 そうして大人になったハーヴェン族は、大抵、知的好奇心を失う。

 知ろうとする欲求は知らないから起きるものだ。


 高等技術のインストールを拒否し、自主学習の道を選んだことにより、霊子を自在に操ることができず常識さえおぼつかない俺は、あっという間に落ちこぼれた。

 周りの誰とも話が合わなくなり、次第に孤立していくこととなる。


 はじめこそ、SFさながらの状況にワクワクした。


 ハーヴェン族は進んだ文明のおかげで働かなくても生きていけるし、娯楽は過去の遺物が山ほどある。神族と呼ばれるのは伊達じゃなく、出来ないことなどないと思えるほどだった。けれどすぐ俺の胸に去来したのは、狂おしいほどの郷愁だった。


「地球って知りませんか?」


 こう聞いて帰ってきたのは大抵次の三パターン。


「知らないよ」

「辺境にそんな惑星があったかな」

「該当する名前は1万3679個あるけれど」


 多いだけであるにはあるのか!

 そう思って調べてみたところで、俺が探し求める地球はついぞ見つからなかった。



 帰りたい。



 将来に不安はあるけれど、両親がいて、友達がいて、しょうもないことで笑ったり泣いたりすることができた、故郷に帰りたい。

 いつしかそればかり考えるようになったのは自然なことだった。


 でも見つからないのだから、俺はやはり異世界に来てしまったのだろう。


 この星を出て、外の世界を旅することも考えた。

 だがハーヴェンという種族は背に翼を――特別な感応器官を持っている。

 大枚をはたいても手に入れることができない、希少な()()()()を持っている。


 ごく一般的なハーヴェン族なら操霊術(エーテリア)――霊子を操る技能に精通し、どんな相手であっても瞬きの間に消し去ることができるが、俺はそうじゃない。

 落ちこぼれのみそっかすだ。


 気に食わないが、学習カプセルを使うことは、幼い有翼人種の子どもたちを悪意から守るためでもあった。


 地球が存在しないのなら、せめて、ここではないどこかに行きたい。

 なのに怖くて一歩が踏み出せない。

 そんな風に悩みながら、惑星ハーヴェンの人類として16年の時を過ごした頃だった。



 すっかり無いものだと思っていた故郷――地球が、存在していることを知ったのは。



   ◇ ◇ ◇



 惑星ハーヴェンに生を享け、早16年。

 その日も俺は、情報端末を見ながら自室のベッドに寝ころんでいた。


 日がな一日、やることといえばこればかり。

 ハーヴェン族はみんな働かなくても生きていけるから、大抵ぼーっとしたり、瞑想したりしていることが多い。悟り世代を飛び越えてもはや哲学世代だ。


 一方、大して思考することもない俺は、完全栄養食のゼリー飲料――この星にはこれしか食うものがない――をパックから吸いながら、刺激を求め、星間インターネットを漂っていた。


 長年、隷属階級にあった犬人種(コボルト)族が解放宣言をしただの。

 飢饉を救うため開発された増殖粘液生物(スライム)が増えすぎて生態系を壊しているだの。

 勤勉な小鬼種(ゴブリン)族が悲願の星間ワープを成功させ文明レベルを3に上げただの。


 かつては空想としか思えなかったニュースを全てながら見で読み飛ばしていく。

 この宇宙は広すぎて、毎日何かしらの種族が滅んだり生まれたりしている。

 そこに一喜一憂していてもキリがない。


「はぁ……」


 粗方、今日のトップニュースを見終えて一息吐く。

 初めのころはSF小説を読むみたいで面白かったニュースも、慣れてしまえば三文小説と変わらない。銀河スケールでは今日も天下泰平、世はおしなべて事もなしだ。


 しかしふと、一つの記事が目に留まる。



「辺境惑星の開拓……もうそんな時期ですか」



 飛び込んできたのは、未開の星を導く開拓事業者の募集だった。


 惑星ハーヴェンも所属している、というか盟主の一角である銀河連邦では「文明レベル」という区分が設けられていて、知的生命体が暮らす星、あるいは種族に対して0~5のレベルを当てはめている。


 かつて、連邦は文明レベル0の星に対して、いかなる接触も禁止していた。

 その星固有の文化を守るためである。


 しかしこの法を悪用して、秘密裏に未開の星へ侵食し、支配下に置いたり、生産拠点にして、軍事力を高めようとする試みが後を絶たなかった。


 文明レベルは0と1で大きな隔たりがある。

 どんな手段を持ってしても侵略に抗うことは出来ない。

 これは絶対不変の真実だ。


 銀河を巻き込む戦争を経て、連邦は学んだ。

 文明レベル0の未開惑星は、最低でも文明レベル1に上げて自衛手段を持たせなければならないと。

 そこで公金を投入しての開拓事業が行われるようになったのである。


 ――流れはこうだ。

 数年に一回、新しく発見された未開の星のリストを公開。

 星ごとに開拓事業者を募集して、事業者が決まると補助金が交付されるので、このお金を活用して文明レベルを引き上げていく。


 この事業にはきちんと監査が入るので、正直、慈善事業に近い。

 だが大企業であれば自社の宣伝になるし、開拓した惑星から恩義も得られる。ゆくゆくはその星の住人が自社の門戸を叩いてくれるかもしれないとあれば、手を挙げる事業者もそれなりにいる。


 さて、今年はどんな星が発見されたのやら……。


 名前もつけられず、番号だけが振られた星々。その立体映像を次から次へと再生していく途中で、ぴたりと、俺の目が釘付けになった。



「……これ、ユーラシア大陸?」



 どくん、と心臓が跳ねる。

 勉学に秀でていなかった俺でも、その大陸の形は覚えていた。


「いえ、そんな、でも――」


 落ち着け、と何度も頭の中で唱えながら、投影された星を拡大していく。


 表面の七割が青い海に覆われた美しい星。

 その中に、かつて何度も見た、見慣れすぎた大地がある。


 思わずあふれ出した涙をぬぐいもせず、俺はつぶやいた。



()()()……。あ、あぁぁ……」



 目の前の星――立体映像をかき抱こうとした手が宙を惑う。

 体勢を崩して、ベッドの下へと転がり落ちた。

 その痛みが夢じゃないと教えてくれる。


 まるでかさぶたが開いたように、底からあふれ出してくる涙が止まらなくて、それからしばらく俺は一人で泣き続けていた。


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