プロローグ
暗闇の中、ぽっかりと輝く四角い窓。
そこに映された冒険劇を見て、俺はすぐに悟った。
――あ、これは夢だな。
地球にいた頃の記憶は年々薄れていく。
けれどクリアしたゲームのことはいつまでも覚えていた。どんな敵に苦戦して、どんなシナリオに涙して、どんな音楽に心奮わされたか……。
だから今俺の目の前にあるのが、かつてクリアしたゲームの画面であるとすぐに分かった。布団に潜り込んでこっそりゲームするなんてしょっちゅうだったから、これがいつの記憶かだけがピンとこない。
「耕助、いつまで起きてるの」
暗闇の外から聞こえてきた、懐かしい声。
「あんた、明日テストなんでしょ?」
扉越しにそう話しかけてきたのは、母さんだった。
その言葉で思い出す。
これは……俺が死ぬ前の晩だ。
明日は期末試験があるというのに、俺は夜更かししてゲームに興じていた。
どうしても、あと少しのところで倒せないボスがいたのだ。大人しくレベルを上げればいいのに、持ち前の手札で何とかクリアできないか躍起になっていた……気がする。
そんな俺の気配を察して、母さんが釘を刺しに来たのだ。
ごめん、すぐ寝るよ――と返そうとして、口が動かなかった。
夢の中の俺は、正確に過去をなぞる。
「…………」
すなわち無視だ。反抗期だったのかもしれない。
悪いのは俺なのに、どうして素直に謝れなかったんだろう。
「はぁ……」
結局母さんは記憶通り、部屋の前からいなくなった。
邪魔者がいなくなって再びゲームに集中する俺。
「耕助」
次の来訪者は一段と声が低い。親父だ。
親父は母さんと違って無遠慮に扉を開け、布団の中に隠れている俺へ話しかけてきた。
「あまり母さんに……心配かけるんじゃないぞ」
親父は寡黙な人だった。よく喋る母さんと対照的に。
いつも母さんが長々話しているのを、にこりともせず聞いていた。
分かった、母さんにもごめんって言っといて――そう答えようとして口が動かない。
またしても夢の中の俺は、息を殺して無視を決め込んでいた。
「…………」
呆れているのか、怒っているのか。
親父もまた無言で部屋を去っていった。
この時の俺は分かっていなかった。
明日が誰にでも平等に訪れるわけではない、ということを。
俺に明日は来たけれど、明後日は来なかった。
一時の娯楽にかまけて、俺を心配してくれる人たちの気持ちを無下にした。
もし明日死ぬと分かっていれば――
きっと親父も母さんも、俺がいなくなってせいせいしたろう。
大事な試験をほっぽって遊び惚けるようなドラ息子だ。
やっぱりあの時、龍二じゃなくて俺が死んでよかった。
あいつはさすがに泣いてくれただろうか。
俺と龍二で進めてたあのゲーム、あいつはクリアしてくれたかな……。




